旅立ちの章
俺達は森の中を進む。
森は森でも……
「此処が大森林か」
「なんだか不思議な感じ」
大森林の中。
不思議な苔が出す光を頼りに、俺達は奥に進んだ。
「なんか、方向感覚見失いそうだな」
「…………」
「桔梗?どうした、疲れたか?」
ボンヤリと前を見詰める桔梗。
「……あっち」
「?」
桔梗が指差した先。
何故かその方向は光が一直線に出ており、道の様になっている。
「あっちで、合ってる」
「!待て、桔梗!」
迷いなく歩き出す桔梗を慌てて追い掛けた。
「桔梗、一体どうした?」
「……僕も分からない。でも、此方だって分かるんだ」
「……分かった。桔梗の言う通りに進もう。だが、逸れるといけないから、手を繋がないか?」
「うん」
差し出した手をしっかりと握る桔梗。
そんな俺達の後に続く椿桔達。
「……!待て」
そんな中、桔梗の手を引いて止める。
「……何だ、ありゃ」
俺達の先に居たのは……大きな体と角を持つ鹿の様な魔物。
魔物……なのか?
凄い神聖な雰囲気を持ってるな。
「……──」
「!」
桔梗が呟いた言葉に思わず彼を見詰めた。
声を掛けようとした時……
スッ
鹿の魔物が角で更に奥を指す。
そして、そのまま何処かへ消えた。
「月冴、行こう?」
「……ああ、そうだな」
手を引かれ、再び歩き出す。
桔梗……今、“お母さん”って言わなかったか?
桔梗の言う通りに奥への進み続けた。
「「「「あ」」」」
「!ぁ……」
その時、俺達の前に現れたのは……深く帽子を被っている一人の少女。
「君は……まりー?」
「あの時の騎士様?」
あの日、王都で保護した不思議な名前の少女だった。
「もう騎士じゃない」
「…………」
「!セオ様?」
「「「「「!」」」」」
桔梗を見ながら言った言葉に、俺達は視線を交わす。
当の桔梗は首を傾げていた。
「居なくなっちゃったから……心配したよ」
「えっと」
「マリー、何処に行ったんだい」
奥から声がし、少しするとフードを被った男が現れる。
「貴方は……あの時の騎士様」
「元、だな」
「どうしてこの様な地に……」
「色々あって追い出されたんだ。一先ずリリックという街を目指してる」
「追い出された??えっと、リリックでしたら私達の街ですが……」
思わず俺達は顔を見合わせた。
「……セオ様!?」
「!」
と、男が桔梗の姿に驚き、桔梗も声に驚いて俺の後ろに隠れる。
「セオ様、今まで何処に……」
「桔梗、知ってるか?」
俺の言葉に隠れたまま桔梗は首を横に振った。
「覚えていらっしゃらないのも無理はありません……一先ず、街へ案内しましょう」
その言葉に甘え、俺達は彼の後をついて行く。
「ようこそ、リリックへ」
永久の街、リリック。
木材で作られた家々。
確かに最近では見ない風景に、懐かしい感じのする街だ。
「エリック、帰ったのか」
「ああ、戻ったよ」
「マリーもお帰り……セオ様?」
彼を出迎えた青年が桔梗を見て目を丸くした。
「セオ様?」
「お戻りになったのですね」
「ご無事で良かった」
其からぞろぞろと人が集まって来る。
其れに戸惑った桔梗がまた俺の後ろに隠れて、出て来なくなってしまった。
「そのセオ、というのは桔梗の事だと思うんだが」
「ええっと……貴方達は桔梗と呼んでいらっしゃるのですね」
「ああ。名前が無かったから、俺が名前を決めたんだ」
「そうでしたか……娘の事といい、セオ様の事といい、騎士様には感謝する事ばかりですね」
「だから騎士じゃないって」
話しながら皆に振り返れば、珍しそうにキョロキョロと周りを見渡している。
「そのセオ様とやらについて詳しく聞けるだろうか」
「ええ、構いません……お連れ様はどうしますか?」
「桔梗はどうしたい?」
「……行く」
「私は月冴様のお側に」
「俺はちょっと抜ける。見て回りてぇ」
「私は……お兄ちゃんと一緒に行こう、かな……」
「僕も其方に同行する」
という事で、一旦翡翠達と別れてえりっくと呼ばれた彼について行った。
「改めて、エリックという者です。この子は娘のマリー」
「月冴……湊月冴だ」
「椿桔、と申します」
「桔梗、です」
「どうぞ、自由にお掛けください」
彼等の家らしい所に案内され、俺達はテーブルを挟んで座る。
「……さて、我々がこのリリックに住み着いたのは数千年前になります」
「?先祖が?」
「ええ、先祖であり……私の父です」
「「「!」」」
父が数千年前に……其が本当なら、一つだけ該当する種族がある。
「魔族…………いや、エルフか」
「!本来の種族名をご存知でしたか」
えりっくがフードを取った。
その耳は尖っており、色の違う両目をしている。
今でこそ魔族として伝わっているが、本来はエルフという種族だ。
彼等エルフは闇の弟側に付いたとされ、其が後々に魔族と呼ばれる所以になったとされている。
俺が知ったのは偶々だった。
桔梗と出会った街で購入した本。
其処に、そう書かれているメモが挟まれていたのだ。
「つまり、貴方達はエルフなのか」
「はい……ツバキさんは恐らく、ハーフエルフなのでしょう」
「え」
椿桔が戸惑う様に視線を泳がせる。
「失礼ながら、ご両親は?」
「……母は物心付く前に……父は知りません。母は生まれの村の者です」
「では、父君……恐らく、カールという者でしょう」
「知り合いか?」
「ええ……私の弟です」
「「!?」」
つまり、目の前のえりっく殿は椿桔の叔父なのか?
「弟はある事情で街と森を出て行き、貴方の母君と結ばれた後に居なくなったのでしょう」
「…………私は…………望まれていたのでしょうか」
「私では推測する事しか出来ませんが……あの子なら、誰よりも子を愛したでしょう」
俯く椿桔の手を握った。
そんな俺達を見て、桔梗も俺とは反対の手を握る。
「貴方は……恐らく、厳しい環境下に居たのでしょう」
「!」
「ハーフエルフといえど、成長期は純粋な人よりも長くゆっくりとしたものです。ですが、騎士様とさほど変わらない様子。あくまで推測ですが、貴方が生きる為にその力が使われていたのでしょう」
「…………ハーフエルフだから、両目の色が違うのでしょうか」
「そうですね……我々の特徴の一つですから」
「……正直、椿桔がハーフエルフだとか、俺は其処まで興味ない」
「「「!」」」
「椿桔が何処の誰だろうと俺の家族だ。其れだけで十分だ」
「……はい」
椿桔の心からの笑顔に、俺も微笑み返した。
「勿論、其れは桔梗も同じだ」
「!」
「お前が桔梗である以上、俺の大事な家族だ」
「……うん!」
俺達は互いに微笑む。
そんな俺達をえりっく殿は微笑ましそうに見詰めていた。
「さて、セオ様の話をしましょう」
「ああ、頼む」
「セオ様は数百年前……セイアッド様のご友人であり、この地で初めて育てられた人の子です」
「数百年前……!?」
「セイアッド様、というのは?」
「ああ、人の世界では闇の弟と呼ばれている方です」
「「!?」」
思わず椿桔と顔を見合わせる。
闇の弟……いや、確かに名前があっておかしくないが……まさか、こんな所でその名前を知る事になるなんて。
「セイアッド……ですか」
「……セイ」
椿桔が繰り返した名前も、桔梗が呟いた名も、何故か俺には聞き慣れた名に聞こえた。
「セオ様は元々この森に捨てられており、我等が面倒を見ておりました。やがて……彼は自らセイアッド様の器になる事を選んだのです」
「器に?」
「はい。そして、自分からセイアッド様が抜けた後、再び巡り合う為にと自らの時間を戻す魔法を自らに施し、長い眠りに就きました」
「……?魔法?魔術では無いのか?」
「魔術は光の兄が人々に与えた魔。我等が扱うのは魔法です」
魔術とは異なる……魔法。
ザザ……
『魔術は……だ。だから、魔法を……方がいい』
『そうなんだ。どう違うんだ?』
『魔術は術式を組み……を使い……を貯め……んでしまう。魔法は陣を描き……を使い……』
『確かに……を使った方がいいな。教えてくれ……』
「……月冴様?」
「あ、いや……何でも無い。多分まだ、上手く整理出来ていないだけだ」
今の記憶……誰が、誰に教えて貰ってたんだ?
「長い間眠っていたセオ様ですが、ある時に目覚められました。しかし、長い眠りだった為、暫く半覚醒状態で我等がお世話をしておりましたが……ある日、その日の世話係当番と共に姿を消されてしまい……ずっと探しておりました。弟も捜しに行く為にこの地を出たのです」
「……そして、流れ着いてあの領主に利用された訳か」
チラッと桔梗を見れば、彼は不安そうに俺を見上げる。
手を伸ばし、そんな桔梗に頭を撫でた。
「大丈夫だ」
「うん……僕はセオ、としての事を覚えてない。だから桔梗だよ」
「そう……ですね。キキョウさん」
「うん」
それにしても……この地は桔梗にとっても、椿桔にとっても大事な場所なのかもしれないな。
「この地に来れて良かった……そう言えば、森の中で大きな魔物の様なのを見掛けたが」
「ああ、彼女は魔物ではなく聖獣と呼ばれる者です」
「聖獣……」
「魔物は魔術を使い過ぎ、負を抱え過ぎた事で制御し切れなくなった果てに変じた姿。聖獣は自ら覚悟と決意と共に変じた姿になります」
……つまり、あの聖獣も元は人だったのか。
「…………」
目を閉じて深く深呼吸する。
情報が多すぎて頭が痛くなりそうだ。
「……月冴様、一先ず今は桔梗様の事だけ整理しましょう。闇の弟の件や魔術等の事はまた後日。少しずつ整理していきましょう」
「ああ、そうだな」
今は桔梗の事だけでいい。
「ねぇ、月冴」
「ん?」
「闇の弟ってなあに?」
「「…………え」」
桔梗は神話を知らないのか。
「ちょっと待ってろ……ああ、この本だ」
桔梗にあの神話の本を渡した。
ペラペラと桔梗が本を捲ると……例のメモが落ちる。
「あ」
「其れは……カールの字!?」
「!という事は、かーる殿は桔梗の元まで行き着いていたのか?そして、偶々其処で俺がその本を買った」
まるで……そうなる様に仕組まれた様で気味が悪いな。
「んと、この闇の弟さんの器だったって事だよね?」
「ああ、そうだな」
「闇の弟さんって、壊す者なの?」
「!それは…「そうとは限らない」…!」
「確かに世間的にはそうなっている」
何度も読み返した神話。
「だが、はっきりとそう書かれてるものは何も無い。其れに、俺は如何しても闇の弟と壊す者が一緒だとは思えない」
「確かに闇の弟には制する者としての役割は与えられていますが……制するのと破壊するのを一緒にしてはいけませんね」
「そっか……光の兄が、壊す者の可能性もあるんだね」
「…………」
そう言えば、光の兄は慈しむ事を与えられたんだったな。
確か闇の弟は人を制そうとした時、人に利用されたと……
ザザ……
『止め……ろ!!そんな事をすれば……』
「……貴方達の考察は当たっています」
「!という事はまさか……」
「セイアッド様は……」
《見 つ け た》
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