旅立ちの章


街を出て、俺達は更に次の街を目指す事に。

「……あのね」
「ん?」
「もしも……次の目的地が決まってないなら、永久の街はどうかな」

と言う鈴芽の提案で、俺達は永久の街──リリックへ向かう事にした。

リリックの街は、大森林の中にある街で、まるで其処だけが取り残されたかの様に感じると言われている。

……が、その街は本当に存在しているか分からないとも言われている。

騎士の巡視には入っていない街であり、大森林の中では特殊な力が働いているらしく、魔術もろくに発動しないという事で魔術師も行かない。

そして、大森林には遠い昔に封じられた魔物が居るという噂まであり、滅多に人が寄り付かないと言われていた。

一応隠れている身、そして監視されているかもしれない事を踏まえると……魔術が発動しない、人目が利き辛い大森林というのは丁度良さそうだ。

其れに、個人的にあるかどうか分からない幻の街の探索をしてみたいというのもある。

ある程度まで乗り合いバスで近付き、其処からは歩いて向かう予定だ。

其れで、バスを降りたんだが……

「どうしたものか」
「魔術師め……」

岩の裏に隠れる俺達の視界の先には……複数の魔術師らしき者達。

そんな奴等に指示を出しているのが、誕生祭で会った最高魔術師補佐の莉奈という女性だ。

「検問のつもりか?」
「転移する?」
「止めた方がいいと思う。向こうは王都の魔術師に、最高魔術師の補佐をしている女性だ」
「下手に転移しようとすればバレて」
「最悪妨害されるでしょうね」

其れにしても、態々最高魔術師補佐まで出て来るとは……此処まで来ると。俺に何の用があるのか知りたくなってきたな。

「例の街に行くには、此処を突破するしか無さそうだよな」
「……ちょっと危ない事をしてもいいか?」
「「「え」」」
「もしかして、制圧なされるおつもりですか?」
「ああ」

笑顔で頷けば、皆が何処か引いた様な顔で俺の顔を見て来た。

失礼な。

「そもそも彼奴等に俺を拘束する権利は無い。騎士ですら無い俺はな」

そもそも魔術師は王族への口出……助言や、魔物に対して魔術を使う権利はあるが、拘束したり通行の妨害をしたりする権利は無い。

もし、その権利を超えた場合……抵抗していい事になっている。

特に一般人は。

「お前達、俺の後ろに居ろ」
「え、けど……」
「問題無い」

桔梗の頭を撫で、俺は堂々と魔術師達の前に姿を見せた。

「!湊月冴!!」
「呼び捨てにされる間柄では無い筈だが?」
「其れは失礼。貴殿を最高魔術師様の元へお連れする」
「断る、と言ったら?」
「強硬手段に出るまで」

その言葉に、部下らしい魔術師達が俺に向かって魔術を放って来る。

「……先に手を出したのは其方だ」
「「「!?」」」

その魔術を俺はあっさり避けた。

そして、黒刀を抜く。

「正当防衛として、抵抗させて貰う」

一気に魔術師との距離を詰めた。

「っ!」

そのまま次の魔術を放つ前に首に手刀を落として気絶させる。

「な、何故……魔力の欠片も無い、騎士如きが魔術師に勝てるの!?」
「元、騎士だ。俺はお前達のお陰でその騎士の立場を追われたんだからな……まぁ、其れでも元隊長を舐めるな、という事だ」

他の魔術師を同じ様に気絶させ、残ったのは最高魔術師補佐のみ。

「此れ以上俺の妨害をしないと言うなら、俺も此れ以上は何もしない」
「っ女だからと馬鹿にしているの!?」
「いや、降参して早く通して欲しいだけだ。正直女性どうこうとか、そういうのは無い。騎士団の百合部隊を見れば、性別なんて油断すれば簡単に抜かされてしまう」

螢を見ていて、特にそう思った。

彼女は隊長では無いが、何れその域に行く者だ。

「だから、お前がまだ俺の邪魔をするなら、女性だろうと攻撃する」
「……っどうして、貴方が最高魔術師に求められるのよ!!私だって、私の方があの器より才能があるのに!!」
「器……?」

 《余計な事を。もういい……負も十分溜まってる様だしな》

また、あの声……!!

「「!?」」

俺が声に動揺した直後、最高魔術師補佐がサークレットに嵌められている誕生石から黒い光が放たれる。

……駄目だ……壊される……!

「制御石を渡せ!!」

 パキィイン

「白い光……加護を下さるのですね!!」
「駄目だ!逃げろ!!」
「あ……ぁあああああ!!」

何かが壊れる音がした後、最高魔術師補佐が白い光に包まれた。

そして……シルエットが大きく変わる。

 キィイイイイ

「…………!?」

なん、だ……此れ……

白い光が消えると、其処に居たのは魔物だった。

上半身は女性の形をし、下半身は蜘蛛の形をしている大型の魔物。

女性の形をしている部分は……補佐に似た銅像。

「…………」
「月冴様!!」
「っ……!」

椿桔が俺に突っ込み、共に地面を転がる。

直後、俺が居た所に銀色の糸が突き刺さった。

「月冴!!」
「一体何が起きてんだよ!?」
「人が……魔物になった?」
「こんな事が……」

皆が俺の元に駆け寄って来る。

まさか……魔物は人から出来ている、のか?

もし、そうなら……人に戻せるのか?

 《戻れない。人は魔物に落ちれば戻れない……だから世界を穢すのに最適だ》

「戻れな、い…………っ」
「!月冴様?」

俺は武器を構える椿桔の肩を掴んで下がらせた。

「皆……下がっていてくれ」
「え?」
「背負うのは俺だけでいい」
「!駄目です!!背負うならば私も……!」
「此れは隊長の騎士だった俺の成すべき事だ」
「…………」

一度目を閉じ、もう一度目の前の魔物・・を見る。

あの魔物は以前に対峙した事がある……弱点は上の女部分。

「椿桔、皆を護れ」
「……っはい」

俺は再び地面を強く蹴った。

同時にまた刃の糸が迫って来るのを避け、そのまま糸の上を駆け抜ける。

「…………恨んでいい。俺を許すな」

 キャァアアアア

女の部分に黒刀を突き刺せば、悲鳴が響いた。

そのまま黒刀を払う。

「ァ……し……り……さ、ま」
「…………」

蜘蛛の下半身から飛び降りる。

同時に魔物が崩れた。

「…………」
「月冴!」
「っ!」

駆け寄って来た桔梗が手を伸ばして来るのを咄嗟に避けてしまう。

「月冴?」
「…………すまない、少し一人にしてくれ」

俺は歩き出した。

……俺、今……笑えていたか?






 ザン ズゥン

「…………」

少し進んだ所にあった河原。

其処にあった岩を斬る。

「人が魔物になった……つまり、俺が今まで魔物だと思って斬り倒して来たのは……人……っ」

 ザザン

斬った岩を更に斬る……が、気持ちが晴れる事は無い。

 《いいや、お前斬って来たのは魔物だ》

「だが、彼女は確かに人だった」

 《嫉妬に塗れた醜い、な……お前の嫌いな存在だったろう?》

「其れは……だが、魔物に成り果て、俺に殺、される様な……」

 《そうだな。だが、お前が倒した多くの魔物もまた同じだろう》

「っっ!!」

俺は……沢山の……

「月冴様!!」
「……椿桔……」

俺の手を強く掴む椿桔。

「月冴様、アレは仕方の無い事です」
「……だが」
「ああなってしまった以上、恐らく戻す手立ては無かったです。試す時間も無かった」
「だが、俺は沢山の人を斬り殺して……」
「魔物を!沢山の人を護る為に倒したんです!」
「其れでも!俺が斬った事には変わらない!!」
「……っ」

俺が斬った時の魔物の悲鳴は、人の断末魔……

「月冴様!……一人で……背負わないで下さい」
「椿桔……?」
「一人にならないで下さい……置いて行かないで」
「椿桔?」

俯く椿桔の表情が分からない。

「私は……魔物が人だった事よりも、その魔物を倒した事よりも、貴方が一人で背負い込んで、私から離れてしまう事の方が怖い」
「椿桔……」
「貴方が罪として背負い込むなら……私も背負います。貴方を一人にはしません。貴方の側に居たいから」
「椿桔…………すまない」

椿桔の肩に額を当てた。

駄目だと分かっている……だが、今は俺と同じ罪を背負ってくれるというお前に、依存させてくれ。

どれだけそうしていただろう。

「月冴!」
「……桔梗」

俺の後を追い掛けて来たらしい桔梗が駆け寄り、そのまま俺の腕に抱きついて来る。

「僕、怖くないからね」
「…………」
「僕は月冴の事、大好きだから……大丈夫だからね」
「……ああ……ありがとな」

それから少しして、翡翠達もやって来た。

一先ず俺達は予定通り永久の街を目指して歩き出す。

道中は何も話さなかった。

次の街に着いて直ぐに宿に入る。

「……月冴、ちょっといいか」
「翡翠?……ああ、分かった」

部屋に引き籠っていると、翡翠が厳しい表情で入って来た。

「制御石って何だ」
「……?」
「お前、あの時制御石を渡せっつってただろ」

制御石……そう言えば、あの時そんな言葉を言っていた気がする。

だが……

「……その顔、今気ぃ付いたのか。つーか、知らなさそうだな」
「……分からない……制御石が何かも、何故渡せと言ったのかも」
「……分かった。悪ぃな」
「……?」
「すげぇ顔色が悪ぃ。追い詰めるつもりはねぇんだ」

言いながら翡翠は俺の頭をガシガシと撫でてきた。

「あんま抱え込み過ぎんなよ」
「……ああ、ありがとう」

俺が何をしたのか見て、知ってるというのに……励ましてくれるのか。

「……?」

翡翠の顔を見上げた時、彼の表情に違和感を感じる。

一瞬見せた、迷う様な表情が。

「おう、気にすんな」

そして、その表情は何時もの頼れる笑顔に変わった。

「失礼致し……あ、お邪魔でしたか」
「いや、気にするな」
「おう。俺も行く」

部屋に入って来た椿桔と入れ替える様に翡翠が部屋を出ていった。

椿桔は彼に頭を下げ、俺の元に歩み寄って来る。

「温かい飲み物を用意しました」
「ああ、ありがとう」

椿桔が持って来てくれたホットミルクを口に含んだ。

「……今回の事実。まだ確証は無い。だからこの事は父上にだけ伝えてくれ」
「畏まりました」




『旦那様へ

 今回、異変が起きました。
 最高魔術師補佐の誕生石から黒い光が溢れたかと思うと、白い光が彼の者を包み、魔物へと変貌させました。
 この事は公言したくないという月冴様の願いもある為、どうか内密にお願い致します』

「……魔物の正体が魔術師の成れの果てだと言うのか」
「兄者!緊急だ!」
「どうした」
「最高魔術師が消えた!側近の話だと、誰かを迎えに行くと……」
「!!直ぐに月を集めろ!」
「!?」
「奴の狙いは月冴だ!!今、奴と接触させてはならん!椿桔にも伝令を!!」
「しょ、承知!」

「月冴……私の愛しい息子…………あの子を護ってくれ……有咲……月咲」




end.
16/18ページ
スキ