旅立ちの章
数分後。
目覚めた翡翠に軽く説明し、完全に復活した辺りで俺達は脱出の準備をする。
念の為、俺が桔梗を抱え、椿桔が鈴芽を背負い、翡翠が螢の手を掴む事にした。
『もしバラけても、件の洞窟前で落ち合うぞ』
俺の言葉に皆が頷く。
そして、鈴芽を見れば発動準備に取り掛かった。
その時
「何をしている!!」
「螢!」
「ああ!」
村人が飛び込んで来る。
其れに俺が呼んだ事で、螢が煙を放った。
「うわっ!」
「何だこれ!?」
その煙に村人が怯んだ隙に鈴芽が魔術を発動させる。
直ぐに景色が森へと変わり、俺達は駆け出した。
「此方じゃ」
「!」
途中、あの老婆と出会う。
「この小道を進めば、あの洞窟に出る」
「……いいのか。俺達に協力して」
「……お前にその子を託して良かった」
「「!」」
「どんなに言われても、あの子はその子を産み、慈しむと決めた。だが、あの子は無念のままその子を残して逝った。私に出来るのは此くらいじゃ」
この村の人間だからと警戒していたが……この老婆
も複雑な立場に居たんだな。
「この村で魔術を使えるのは私くらいじゃ。下手な事はせんじゃろ」
「……そうか。感謝する」
森の小道を進むと、件の洞窟らしき物を見付けた。
どうやら、洞窟の入口を覆うように大きな木の根を張っている状態らしい。
「……行こう」
俺達はその洞窟を進む。
「この洞窟……人工物ですね」
「そうみたいだな」
壁は土で覆われてはいるが、触れれば固い壁の感触がした。
遺跡……とは、また違う……
「……椿桔」
「!はい」
「お前は椿桔だ。俺の大事な家族の」
「……はい」
やっと見れた椿桔の微笑みに、俺も微笑み返す。
「月冴、僕歩ける」
「ああ、そうだな」
桔梗を下ろし、手を繋いで洞窟を進んだ。
「……翡翠」
「ん?何だよ」
「その……ありがとう」
「え、ああ……おう。どういたしまして?」
螢の言葉に少し戸惑いながらも、翡翠は笑顔で頷く。
何処か照れた様な笑顔に鈴芽がハッとした様な顔をした。
「お兄ちゃん……」
「ん?どうした?疲れたか?」
「……ううん。何でもない」
「そうか?疲れたら言えよ」
「うん」
そのまま彼女は首を横に振った事で、俺は視線を前に戻す。
「!」
軈て、彼等は広い空間に出た。
「……綺麗……」
「此れは……結晶?」
中央に置かれている大きな結晶が置かれている。
「桔梗?」
その結晶に桔梗が手を伸ばした。
「?」
が、何も起きない。
其れに首を傾げ、俺も手を伸ばす。
『駄目よ』《さあ、触れてごらん》
「!」
『此れに触れれば戻れなくなる』《本来の──を思い出せ》
頭の中を二つの声が響いた。
『本当なら目覚めないで欲しかった』《さあ、目覚めるんだ》
響く声に頭を抱えた時……
「月冴!」
「!」
桔梗に腕を引かれた事でハッとなる。
「どうしたの?頭、痛い?」
「ぁ……いや、大丈夫だ」
心配そうな顔をする桔梗に微笑んで頭を撫でた。
あの声は聞こえない。
一人は……母上?
だが、もう一人は……
「……そうだ」
「?」
最高魔術師の声だ。
だが、雰囲気が大分違う様に感じた。
一体何なんだ?
「月冴様、あまり無理をなされない方が……」
「……いや、取り敢えず進もう」
俺は頭を軽く振ってから前へ進む。
結局、俺は結晶に触らなかった。
洞窟を抜けた先は、何処かの小道に繋がった場所だった。
「月冴様、少し休みませんか?」
「そう、だな。少し疲れた。翡翠達もいいか?」
「おう。構わねぇよ」
「うん」
「ああ」
という事で俺達は少し休む事に。
テキトーな所に座れば、桔梗が俺の隣に座る。
トン、トンと一定の速さで彼の背を撫でれば、うとうとし始め……
「!」
そのまま俺の膝の上に頭を置いて眠ってしまった。
まあ、朝早い上にゴタゴタで二度寝も満足にさせてやれなかったしな。
翡翠も疲れたらしく、ゴロンと横になっている。
そんな翡翠の側に座った鈴芽と螢が談笑していた。
「月冴様、何かありましたか」
「ん、ああ……」
俺の側に腰を下ろした椿桔が心配そうな瞳で俺に問い掛けて来る。
「……頭の中で声がするんだ」
「声、ですか?」
翡翠達に聞こえない程の声で話した。
「一人は母上だ……もう一人、恐らく最高魔術師の声が頭の中で響いた」
「奥様と最高魔術師の声……奥様は既に」
「ああ。椿桔と出会う前に……」
「其れに引き換え、最高魔術師は未だにトップに君臨している……一体どういう事なんでしょう」
「分からない。母上の声は神殿で結晶に触れた時。最高魔術師はあの村で村人と対立した時。そして、先程の結晶に触れようとした時に同時に聞こえ、反対の事を言っていた」
俺がそう言うと、椿桔は何か考える仕草をする。
「どうした?」
「いえ……あの村に居た頃、ある話を聞いた様な……確か、近くに神聖な場所があって、其処にある輝石にある者が触れると本来の力を取り戻し、世界があるべき姿になると……」
「言い伝えの様なものか」
「恐らく……」
「…………」
桔梗が触れた時は何も起きらず、俺が触れようとした際に響いた声。
其れに、言い伝え……
『まだ私達の子供で居て』
一体どういう意味なんだ、母上……!
「……申し訳ありません。私がもう少し詳しく覚えておりましたら」
「あの頃を忘れろと言ったのは俺だ。お前が気にする必要は無い」
「ありがとうございます」
それにしても、正直不快だな。
まるで監視され、誘導されている様な……
「……月冴様、螢様ですが……」
「多分凛音の……いや、王族の差し金だろうな」
「やはり気付いておいででしたか」
「これでも、元隊長だからな」
それも少数精鋭の。
ある程度察知する能力と観る能力がないとな。
まぁ、分かり易く警戒する椿桔のお陰で、ゆっくり観察出来たんだが。
「螢に関しては放置して構わない。問題は最高魔術師がどうやって俺を監視してるかだ」
「いかに媒体無しでこの距離を覗けるとは思いませんしね」
「……考えたくは無いが」
翡翠達の方を見た。
彼等は其々リラックスしている。
そして、眠る桔梗を見た。
「俺達の中に“目”がいるかもしれない」
暫く休憩を取ってから、俺達は先へ進む。
「あのね、月冴」
「ん?」
「夢を見たんだ」
「夢?」
「うん。凄く辛そうな人が居て、誰かがその人にもう止めていいって言ってるんだ。でも、その人は首を横に振って……黒い光で何も見えなくなるの」
「其れは……不思議な夢だな」
「うん」
黒い光……か。
確か闇の弟も黒い光を纏っていたという文献があったっけ。
「……もしかしたら、桔梗の前世だったりしてな」
「そうかな?(あの人、月冴に似てた。じゃあ、僕は前世から月冴と一緒だったのかな)」
嬉しそうな顔をする桔梗。
そんな彼と手を繋いで先に進んだ。
と、視線を感じて振り返る。
「どうした?」
「いや、仲良しだなって思ってよ」
「うん……本当に兄弟みたい」
「姉妹にしか……」
「螢?」
微笑みながら螢を見れば、彼女は顔ごと目を逸らした。
「……僕、月冴の家族になれるかな」
「ああ、勿論……椿桔」
「はい」
最後尾の椿桔を呼び寄せる。
「椿桔は俺にとって大切な家族だ」
「じゃあ、椿桔も家族になってくれる……?」
「……私で良ければ喜んで」
その言葉に桔梗は嬉しそうに笑った。
其の笑みに目を瞠った後、椿桔も少し困った様に微笑む。
……椿桔も、桔梗も俺の大切な家族だ。
だから──
「月冴?どうした?」
「……ん?ああ、いや……何でもない」
翡翠の言葉に首を横に振った。
「……今尚邪魔してくるか」
何処かの部屋。
其処に居るのは……
「命と引き換えに──を封じた……本当に惜しかったな。私の元に来れば早死にしなかったろうに」
赤い瞳の慎理。
彼の前に置かれた鏡に写し出されているのは、月冴の後ろ姿。
「だが、もう止まる事は出来ない……もう直ぐ目覚める」
その後ろ姿を彼の指が撫でる。
「今度こそ……今度こそ、人の──を……叶えよう」
コンコンコン
「最高魔術師様、お時間です」
「ええ、分かっています」
そう返した彼の目が一度閉じられると……
「…………?」
その目は緑色になっていた。
軈て、俺達は何とか近隣の街へと辿り着く。
「流石に疲れたな」
宿に着いた頃にはすっかり暗くなっていた。
全員疲れてるという事で、俺達は直ぐに部屋で横になる。
因みに編成は男部屋と女部屋だ。
俺がベッドに横になれば、桔梗がモゾモゾと入って来た。
「一緒に寝てもいい?」
「入る前に言おうな?構わないが」
「えへへ」
嬉しそうに笑う桔梗。
そんな桔梗の頭を撫でていると、椿桔が布団を掛けて来る。
「……椿桔とも、出会った頃はこうして一緒に寝たな」
「お恥ずかしながら、月冴様と共に眠る事で安心し、先に寝てしまいましたね」
「ふふ、そんな顔を見ながら寝ると俺も安心出来たな」
二人で布団に入れば、その温かさが眠気を誘った。
桔梗を抱き寄せれば、彼も擦り寄って来る。
そのまま目を閉じれば、俺達は深い眠りに就いた。
「……本当に兄弟みてぇだ」
「ええ、本当に……翡翠様もお休みになられては?治したとはいえ、お怪我されていますし」
「ん?ああ、そうさせて貰うわ。桔梗も休めよ」
「はい」
『月の皆様へ
今回皆様には今回、お願いがあって一筆致しました。
不確定ではありますが、最高魔術師が月冴様を監視している可能性があります。
月の皆様には、どうか魔術師側を探って欲しいと思っています。
月冴様は、私が命を懸けて御守りいたします』
「最高魔術師が、か……」
「「一体何を考えているんだ?」」
「……これ以上、あの人に迷惑は掛けさせない」
「うむ……我等もそろそろ動かねばならんかもな」
end.