旅立ちの章


乗り合いバスを降りた先。

「……!」

何処か見覚えのある場所だった。

この場所……

 『君、名前は?』

俺はハッとして椿桔に振り返る。

微かに椿桔の瞳が揺れていた。

「月冴?」
「いや、行こう」
「!」
「「「?」」」

キャスケットを椿桔の頭に乗せる。

出来ればあの村は回避したい。

俺が魔術師関連以外で嫌っている唯一の村。

「あ、彼処に村があるよ」
「お、本当だ。今日は彼処に泊まるか?」
「そうだね、バスで少し疲れちゃった」
「ああ、そうだ……月冴?どうした?」
「………………チッ」
「「「「(月冴が舌打ち!?)」」」」
「椿桔、無理するな」
「……いえ、もうあの頃の私ではありませんから」

という事で、俺達は近くの村に泊まる事にした。

「ん?余所者か?」
「あ、ああ。宿とかあるか?」
「あるにはある。向こうだ」

俺達は指された方に向かう。

その間、俺と椿桔は一言も話さなかった。

「──で?」
「「で?」」

宿に着いて直ぐ、俺達は同じ部屋に集まっている。

「随分と機嫌が悪そうだな、月冴」
「ああ、嫌いだからな」
「…………」

椿桔は視線を落としていた。

そんな椿桔の頭を抱き寄せる。

「お前は休め。寝ていろ」
「……はい、申し訳ありません」

椿桔が目を閉じて少しすると……彼の体から力が抜けた。

「らしくないな、椿桔」
「椿桔も此処に来て、気を張り続けているんだろう…………この村は、俺と椿桔が出会った村だ」
「!」
「椿桔は此処の生まれなのか」
「厳密な所は分からん。唯、気付いた時には母親とこの村に居たらしい。というか、村外れだな」

暗くなった外を見る。

遠くにある、小屋の様な物……彼処で俺達は出会った。

「母親は椿桔が小さい頃に亡くなったらしい。其れからは、この村から迫害されていた」
「「「「!」」」」
「椿桔は両目の色が違う。其れは……」
「魔族の証」

其れは所謂都市伝説的なものだ。

闇の弟が生み出した人……魔族。

両目の色が違い、膨大な魔力を持っている言われる……人間の敵とも言われている存在。

「んなの、都市伝説だろ」
「そうだ。だが、この村の奴等は椿桔を迫害した。一日一回食事を出す代わりに村の仕事を押し付けたり、ストレス発散に使ったり……俺と同い年の筈なのに、ボロボロのガリガリだった」
「っ……」
「偶々父上の巡視に同行していた俺が見付けた」

 『君、大丈夫か?』
 『ぁ……』
 『怪我してる。父上にお願いしよう……おいで』

「……そう言えば、最初の我が儘って言われたな」

父上に傷を癒して貰った後、村人を見て表情を無くした椿桔を見て……

 『お前達がこの子を虐めたのか!そんな人達の所には置いておけない!この子は俺が貰う!』

そう村人に宣言して、父上にこの子を引き取りたいたいと駄々こねたんだったな。

 『君、名前は?』
 『…………』
 『無いのか?なら……椿桔!椿桔はどうだ?』
 『つ、ばき?』
 『そうだ。宜しく、椿桔』

其れから話す様になった椿桔は俺と兄弟になるのでなく、使用人になる事を選んだ。

「椿桔も僕と一緒なんだね」
「ん?」
「月冴に見付けてもらって、名前を貰って、月冴が大好きになった」
「桔梗……」
「そーいう事なら、明日にでも出るか」
「「異議なし」」

……本当に優しい奴等だ。

「……お願いが……あります」
「!」
「椿桔……」

椿桔が体を起こす。

「発つ前に……見たい所があります」
「?」
「……ああ、分かった」

翌朝、早朝。

極力村人と関わらない様に、早い時間に宿を出て、あの小屋を訪れていた。

「桔梗、まだ寝てていいんだぞ?」
「むぅ……やだぁ」

眠そうな桔梗が、俺の服を掴んで船を漕いでいる。

一先ず彼を抱き上げ、黙祷している椿桔を見詰めた。

「其処で何をしておる」
「「!」」

声に振り返ると、老婆が俺達を睨んでいる。

「!まさか、其奴は……!」

あ、椿桔にキャスケット被せるの忘れてた。

椿桔は俯いている。

「俺の家族に文句でもあるのか」
「!そうか、あの子供か……!」
「椿桔、お前は気にしなくていい」
「……ありがとうございます。ですが、報告はもう終わりましたし、戻りましょう。翡翠様辺りがソワソワしていそうですし」
「ああ、そうだな。桔梗も二度寝させてやらないとな」

桔梗を抱え直し、椿桔の腕を引いて歩き出した。

「……早々にこの村を出よ」
「そのつもりだ」
「ならば良い……村人には気を付けよ。皆、その子を恨んでおる」
「……お前は?」
「…………娘の忘れ形見でなければな」
「「!」」

思わず椿桔と共に老婆に振り返る。

老婆は悲しみが籠った瞳で小屋を見詰めていた。

「月冴!」
「翡翠」
「部屋に居ねぇから、探しに行こうかと思ってた」

宿まで来ると、外に出ていた翡翠が俺達を待っており、姿を確認して安堵の息を吐く。

「桔梗はダウンしてんのか?」
「ああ、ちょっと二度寝させてくる」
「おう」

その時、視線を感じて窓の方を見た。

一瞬だったが、店主が俺達を見ていたのを確認する。

……嫌な予感がするな。

「翡翠、悪いが鈴芽達を起こしてくれ」
「!何があった」
「店主が俺達を見ていた……もし、彼が椿桔の事に気付いたなら、厄介な事になる」
「!直ぐ起こして連れて来るから、お前等は先に村の外に出ろ。荷物も料金も俺がやる」
「すまない」

俺は椿桔の腕を引いて村の外に向かう。

「月冴様、私の所為で……」
「お前の所為じゃない。其れに、家族なんだから当然だろう」
「……本当に貴方は……」
「?」

椿桔の呟きに振り返ろうとした時、俺達の足は止まった。

村の出口を村人達が塞いでいたからだ。

「チッ、遅かったか」
「貴様、あの異人だな!」

異人。

其れは魔族の証を持った人を差別する時に使われる言葉。

其れに椿桔の腕を掴む力が強くなってしまう。

「俺の家族を変な名で呼ぶな!」
「あの時のガキか!」
「お前達の所為で俺達は苦労したんだ!!」
「野菜が育たなくなった!」
「騎士団の巡視が来なくなって、食べ物が届かない!」
「その異人が生まれた所為だ!!」
「お前達の所為だ!!」

次々に叫び出す村人の言葉に思わずカッとなった。

「ふざけるな!元々この地は野菜が育て辛い土地だった!それこそ椿桔が生まれるずっと昔からだ!騎士団の巡視が来ないのはこの地では魔物の襲撃が無いと判断されたからだ!食料も他にも困っている土地に回しているだけだ!この地は野菜は育て辛くても絶対に育たない訳では無いし、直ぐ其処の森で十分に食料が調達出来ると分かっている!全てお前達の言い掛かりだ!」
「月冴……?」

思わず怒鳴り返した際に桔梗が目覚めたらしい。

俺の服を強く握っていた。

「桔梗、俺の後ろに居ろ」
「う、うん」

桔梗を降ろし、椿桔と共に後ろに庇う。

「煩い煩い!!お前に何が分かる!!」
「異人なんぞを庇うお前なんかに!」
「そもそもお前が、不幸を呼び寄せているんじゃないか!!」
「そうだ!」「そうだ!」
「お前が不幸そのものだ!」

俺を指差して言う村人達。

「俺が……」

 《そう。お前が生まれたから母親が死んだ》

「!?」

誰かの声が……

 《お前が父親から最愛の人を奪った》

 《お前が、仲間を苦しめる》

頭の中で誰かの声が響いた。

 《お前が消えれれば、彼が……》

「お前が悪いんだ!」
「!」
「月冴様!!」

頭の声に動揺し、村人が投げた石に気付くのが遅れてしまう。

目の前に石が迫ると同時に、体が引っ張られ傾いた。

「っ!!」
「椿桔!!」

石は俺を引っ張り庇った椿桔の顔に当たる。

倒れた椿桔の右目上辺りから血が出ていた。

「……ッ……!」

椿桔が……俺の大事な家族が……

俺の意識が黒く染まる。

「“……愚かな。其れがお前達の首を絞めるというのに”」
「!?」
「月冴……?」
「”……ごめんな。もう、止められそうにない”」
「(どうして……そんな悲しそうな顔をしているの?)」
「つ、月冴様」

手を掴まれると同時にハッとなった。

俺の手を掴んでいたのは椿桔だった。

彼は傷口を抑えながら、もう片方の手で俺の手を掴んでいる。

今、また、意識が……

「大人しくしろ!」
「「「!」」」
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「っ……卑怯な」

振り返ると、気絶した翡翠の蟀谷に店主が銃を向けていた。

他にも鈴芽と螢が後ろ手で縛られた状態で女将に捕まっている。

「抵抗したら此奴を殺すぞ!!」
「…………」

其れから俺達は縛られ、あの小屋に放り込まれた。

「翡翠!螢、何があった」
「翡翠に起こされて、荷物をまとめた後、料金を支払おうとした時、僕が店主に後ろから殴られそうになったんだ」
「其れをお兄ちゃんが庇って、店主さんがお兄ちゃんの武器を盗ったの」
「っ本当にこの村は……」

どうしてこうも簡単に人を傷付けられるんだ。

「僕達を捕まえて、どうする気なんだ」
「分からない。だが、いい事では無さそうだろ」

縄抜けくらいなら俺や椿桔、螢くらいは出来る。

桔梗と鈴芽なら魔術で縄を外れるだろう。

問題は翡翠。

頭を殴られて気絶した、となると心配だ。

桔梗と鈴芽が魔術で治せるだろうが、もし記憶の方に異常が起きれば魔術では治せない。

「……お前さん等」
「!」

小屋の外から声が聞こえた。

俺は壁に頭を付けて声を拾う。

「小屋の前で会った人か」
「そうじゃ。夜までに逃げるんじゃ。今はお前さんに皆慄いているから手は出さんじゃろう。じゃが、明日になれば魔術師が来る」
「!」
「村人の一人が近くの街に向かった。どんなに急いでも明日になろうが、夜までに逃げるんじゃ。森の奥の大きな根っこの洞窟を通れば撒けるじゃろう」

その言葉を最後に気配が遠退いた。

森の奥の大きな根っこの洞窟……

俺は縄抜けをし、周囲の気配に集中する。

入口に二人。

老婆が来たのは彼等とは真逆の裏。

窓は無いから、出入りは入口の扉だけ。

小屋から少し離れた所に複数の気配。

「……翡翠の様子は?」
「傷は治したから、直ぐに目を覚ますと思う」

……入口の奴等が俺達の様子を伺っているな。

「『椿桔、紙とペン』」
「!」

口パクで指示を出せば、彼は直ぐに出してくれた。

桔梗のお陰で傷は残らずに済みそうだな。

『見張りが俺達の様子を伺っている』
「!」

俺の書いた字を読んだ皆が入口に一度視線を向ける。

『翡翠が目覚め次第、小屋を脱出する。小屋の外、森まで転移出来るか?』
『森までなら、目視してるから出来る』
『螢、煙は持ってるか?』

書いた言葉に螢は荷物から一つの缶を出した。

此れは騎士団が時間稼ぎや撤退の際に使用する物で、ピンを抜く事で大量の煙を出す。

『邪魔されそうになったら、螢を呼ぶ。そうしたら、遠慮無く放て』
『了解』
『例の洞窟へ』
『一か八かだ。もし、何かあったら俺が全て斬る』

俺の言葉に、皆が少し笑った。

頭の中に響いた声の言葉は、正直俺の心を揺さぶる。

だが、今は皆と共に逃げる方が先だ。



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