旅立ちの章
「!!」
気配を感じて立ち上がる。
其れに翡翠あ訝し気な顔をした時……
「談笑中失礼致しますぞ」
「!」
此方に歩み寄って来る長い髭を生やした老人。
「……学園長」
「!鈴芽、何で……」
少し離れた木の裏から、鈴芽が飛び出した。
「学園長、どうして此処に……」
「其方の青年に用があってね」
「…………」
学園長と呼ばれた老人は俺に視線を向けてくる。
其れに俺は一歩前に出た。
「……俺に何の用だ」
「ふむ。貴方は湊月冴で間違いないか」
「ああ」
「少々気になる話を聞きましてね。貴方は王都に居る魔術師に追われている、と」
「…………」
「警戒されないで下さい。貴方を匿う為に来たのです」
「「「!!」」」
俺達は思わず学園長を見詰める。
「私は王都の魔術師とは違うのですよ」
「……分かった」
「!月冴!?」
「…………」
離れたと凝りに隠れている椿桔と桔梗を視線でそのまま待機する様に指示した。
「其方に従う」
「では、此方へ」
学園長が話した直後、彼の足元に大きな魔法陣が浮かぶ。
俺はその魔法陣の上に乗った。
「っ待て!!」
「!」
魔法陣が光ると同時に翡翠が突っ込んできた所為で、一緒に飛ばされる事に。
「……何で来たんだ」
「一人で行かせられるかよ」
「おまけがついて来てしまいましたが、まぁ良しとしましょう」
「……おまけで悪かったな」
俺達が飛ばされのは、何処かの大きな部屋。
学園長が長いソファに座る。
俺達はその正面に座った。
「まず、私は貴方を王都の魔術師に売るつもりはありませぬ」
「そうか」
「そもそも私と最高魔術師とは考えが違う様なので」
「……取り敢えず、用件は?俺を匿うとはどういう事だ」
「そのままの意味ですよ。貴方を学園で匿えば、王都の魔術師の目は届きませぬ。其れに、貴方が留まればあの特例の子も学園に通えるでしょう」
桔梗が欲しいから?
本当に其れだけなのか?
「──後は……知りたいのです」
「知りたい?」
「何故最高魔術師が貴方を求めるのか……何故、最愛の娘有咲の息子が魔力を一切持たぬのか」
その言葉に思わず思考が止まる。
「……まるで俺が貴方の孫の様な言葉だな」
「幼い頃にあの子は最高魔術師に才能を認められ、王都で暮らす事になりました」
……知らない。
学園長が母上の父君で、母上は最高魔術師に見初められて王都に住んでたなんて。
白百合の渾名や父上と馴れ初めは聞いているのに。
「そんなあの子の息子を、また最高魔術師が求めている。何より、僅かでも魔力を持って生まれる筈なのに一切魔力が無い……謂わば特例」
「…………」
目が、離せない。
「何故、お前には魔力が無い」
「っ!」
「月冴!!」
学園長が手を出した直後、頭の中を覗かれている感覚がした。
「……此れは……封じられているのか」
「や……め……」
「!!止めろ!!」
「「!」」
翡翠が学園長に殴りかかった事で、その感覚から解放される。
「ぐっ」
「翡翠!!」
が、今度は翡翠が見えない何かに弾き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
「名家空の生まれながら微量の魔力しか持たぬ者が邪魔をしないで頂きたい。貴方の様な搾取される者には用はない」
「っ……」
その言葉と翡翠の表情にカッとなり、頭が真っ白になる。
「“お前の様な考えの者が居るから、世界は滅びに向かう”」
「!?」
「月……冴……」
「“せめて身内を案じての事ならば良かったのに……知的好奇心を満たすだけのお前は、容認出来ないな”」
バァン
「「月冴(様)!!翡翠(様)!!」」
「何をしてるの、学園長……!」
勢いよく開かれた扉にハッとなった。
怒りで意識を飛ばすなんて……不覚っ。
「お兄ちゃん!」
鈴芽は未だ壁に打ち付けられた状態の翡翠に駆け寄る。
「お兄ちゃんを傷付けるなら……貴方でも許せない!」
「止め、ろ……鈴芽……!」
「下がりなさい!!」
「「「「!」」」」
椿桔が煙玉を床に叩き付けた。
直ぐに袖で口と鼻を覆い、俺の方に駆け寄っていた桔梗を抱き寄せる。
「口と鼻を覆え」
「うん!」
桔梗は直ぐに上着を使って覆った。
風の流れで不透明な視界でも出口は分かる。
桔梗を抱えて扉から飛び出せば、翡翠に肩を貸した状態の椿桔、翡翠の服を掴む鈴芽が続いた。
「こっち!」
鈴芽が駆け出せば、椿桔が躊躇い無く続く。
彼等を俺も桔梗を抱えたまま追い掛けた。
あの躊躇の無さから考えて、あの部屋にも鈴芽が案内したのだろう。
「校舎の外に出ないと、転移魔術が使えないの」
「ゲホッ……」
「翡翠様、もう少しの辛抱を」
「……すまない、俺が早計だった」
「月冴……」
大人しくついて行くべきではなかった。
一人なら巻き込まずに済むと……
「変な事、考えんなよ」
「!」
「俺が、勝手について、行ったんだ。お前に、責任はねぇ」
「……翡翠……すまない。ありがとう」
「謝罪は要らねぇっての」
やがて校外へと出ると同時に、鈴芽が着けている小鳥の髪飾りが光る。
「「「うわっ」」」
気付けば東さんの家に居た。
「……おや、お帰りなさいまし」
東は驚いた表情で俺達を出迎える。
「……一先ず翡翠の治癒を頼めるか?」
「うん!」
「治癒も出来るんだ、凄いね……私は出来ないの」
鈴芽は俯き、翡翠の手を握った。
そんな彼女に翡翠は苦笑し、その頭を撫でる。
「椿桔、向こうで此れからの事を話すぞ」
「はい」
「お茶を用意しましょう」
「あ、お手伝い、します」
何となく皆が兄妹二人きりにした。
「さて、と」
「直ぐに発ちますか?」
「出来ればその方がいいだろう……だが、この街を無事に抜けられるか……」
「其れならば、地下通路をお使いになられては?」
お茶を置いた東さんがそう提案する。
「地下通路?」
「ええ。この街が学園都市になる前……一部の微量の魔力を持つ方は非道な扱いを受けておりました。其れを受け、その方々が外へ逃げる為に作った通路があるのです」
「……思い出した。その通路を使って、俺は逃げ延びたんだ」
「「「「!」」」」
すっかり治った翡翠が顔を出しながら言ってきた。
「一応此処の出身なんだわ、俺」
「そうか」
「その通路を抜ければ街の外に出る」
「とは言え、直ぐに其処を離れなければなりませんね」
「あのね、転移魔術見たから使えるかもしれない」
「「マジか」」
桔梗って、マジで凄い天才なんじゃないか……?
「私も行く」
「!鈴芽!?」
やって来た鈴芽は東さんへと振り返る。
「お願いがあるの」
「はい、お嬢様。お洋服ですか?」
「ええ」
東さんは一度奥の部屋に行った。
「鈴芽」
「私は学園長と敵対してしまった」
「「「「!」」」」
あの部屋で学園長に対し、魔術を放とうとした鈴芽。
止めようと声を上げた翡翠と煙玉を放った椿桔が居なければ、魔術で攻撃していただろう。
「どの道、退学だと思うの。そうなってしまったら、お母様は私を追い出すと思うから」
そう言う鈴芽を見詰めた翡翠は、やがて俺に向き直り……頭を下げる。
「頼む。一緒に連れて行かせてくれ」
「ああ、分かった」
「お待たせ致しました」
其れから制服から着替えた鈴芽を連れ、地下通路を目指した。
この街に住む東さんから貰った地図と鈴芽の案内で、地下通路まではスムーズに進める。
トンッ
「……大丈夫そうです。暗いので気を付けてお降り下さい」
人気の無い路地裏に、道と同化する様に作られていた地下通路への扉。
其処を開ければ梯子があり、桔梗が灯りを落とした事で底が見え、椿桔が飛び降りた。
「っと」
「っよし」
俺が飛び降り、其れに翡翠が続く。
「みゅっ」
「ん」
其れから飛び降りた桔梗を俺が、鈴芽を翡翠が受け止めた。
「変な声出た」
「確かに。可愛かったな」
恥ずかしそうな桔梗の頭を撫で、地下通路の先を見詰める。
「灯りを……」
「待て」
「「「?」」」
魔術で扉を閉めた鈴芽が灯りを出すのを止めた。
「魔物の気配がする」
俺の言葉に皆が警戒する。
ビジョン ビジョン
「「うわぁ」」
「「気持ち悪い」」
「気持ちは分かるけど、油断するなよ」
奥から現れたのはスライムの様な魔物。
緑色の体を伸ばして進んで来る姿は正直気持ち悪い。
「…………アレって、刀が通じると思うか?」
「……微妙。俺のは通じると思うか?」
「微妙ですね。私の暗器も通じると思います?」
「「微妙」」
「僕、頑張るよ」
「私も」
俺の刀みたいな物理攻撃が通じると思えない。
其れに魔術師の二人が前に出て倒していった。
バンッ
「……やっぱ、駄目だな。俺の弾は貫通しちまう」
「私のナイフや苦無も貫通してしまいますね」
「俺のは……ん?」
「「あ」」
翡翠の銃と椿桔のナイフは貫通したのに、俺の刀だけは斬れる。
思わず揃って首を傾げた。
「……月冴って、魔力無い筈なのに何処かチートだよな」
「其れには同意します」
そんなトラブルを切り抜け、地下通路を進む。
「……大丈夫そうです」
地下通路を抜け、椿桔を筆頭に桔梗、鈴芽、翡翠、俺の順で上に出た。
「無事に抜けられたね」
「此処まで来れば、転移魔術が使える筈だよ」
「……鈴芽、本当にいいんだな?」
「うん」
「では、参りま……!」
椿桔が苦難を取り出して構える。
「どうした?」
「……いえ、視線を感じた様な気がして……気の所為でしょうか」
「……いや、椿桔のその感覚は確実だ。警戒しておこう」
視線、か……。
「急いで移動しよう」
という事で、俺達は直ぐに転移魔術で移動した。
休む筈が、結局ゴタゴタで休めなかったな……。
『旦那様へ
今回、新たに魔術師になる筈だった少女が仲間に入りました。
どうやら、翡翠様の妹様の様です。
所で、月冴様の母君は何処の生まれかご存知でしょうか。
学園長とやらが、祖父である様な物言いをしたそうです。
月冴様もお気にらしておられた様なので、戻った際にはお話しするべきかと思われます』
「……余計な事を言ったな。魔力以外で彼女に何の関心も示さなかった癖に」
「旦那様……あの事、月冴様にお伝えされますか」
「……出来る事ならば、気付かせたくはない」
「彼女は、月冴の魔力を封じる為に命と引き換えにした事は」
end.