旅立ちの章


「この先だ」

翡翠の案内で、俺達は獣道を抜ける。

「……にしても、おかしいな」
「「「?」」」
「この獣道は何時もなら魔物が出んのに……全然出ねぇ」

……言われてみればおかしい。

魔物の被害は各国で出てるのに……何で、俺達の旅には魔物が出ない?

俺が相手してるのは、基本的に人間なんだが。

「まぁ、邪魔されなくていいか」

翡翠は考えるのを止めたらしく、俺の肩を叩いて先に進んだ。

……やっぱり、面倒見がいいな。

「椿桔、疲れてないか」
「問題ありません」
「ご、ごめんなさい。あと、ありがとう」
「いえ」

桔梗を背負っている椿桔に振り返る。

獣道は流石に荒れてる為、桔梗には厳しい。

で、俺が背負おうとしたら、椿桔が先に背負った。

「もうちょいで街に着くからな」

そう翡翠が言って数分後。

「「抜けた……」」

獣道を抜け、街道に出る。

俺達はその街道を進み……

「着いた。ラフテルの街だ」
「ラフテル?学術都市のか」
「そ」

学術都市ラフテル……別名魔術師の街。

「灯台もと暗しってな」
「街に入るには手続きが必要と聞きましたが」
「そりゃ学園に入る予定の奴。俺達は学術都市には用があるけど、学園には用はない」
「……随分詳しいな」
「……言ったろ。知り合いがいるって」

此れも突っ込まれたくなさそうだな。

となると、あまり過去の事は聞かない方がいいか。

「ほら、さっさと行って休もうぜ」
「ああ」

という事で、俺達は学術都市に入った。

学生向けの商店街を素通りし、翡翠は路地裏に入る。

俺達は其れについて行った。

 コンコンコン

「はーい」

翡翠はある家の扉を叩く。

中から出て来たのは、一人の娘。

「あー……鹿江さんは居る?」
「お婆さん?居るよ。ちょっと待って下さいね」

彼女は一度中へ引っ込んだ。

扉の隙間から「鹿江さーん、お客さんだよー」という声が聞こえる。

「はいはい、お待たせしました……坊っちゃん?」
「えーと、久し振り。というか、その坊っちゃんは勘弁してくれ」

出てきた老婆の言葉に翡翠は苦笑した。

「ぼっちゃん?」

桔梗が首を傾げる。

「え、坊ちゃんってあの?」

中に戻った娘も少し首を傾げながら問い掛けて来た。

「まぁまぁ、一先ずどうぞ」

取り敢えず俺達は中に案内され、ソファに椿桔、俺、桔梗の順で座り、一人掛けのソファに翡翠が座る。

「改めて久し振り、鹿江さん」
「ええ、お久し振りです。其方の方々は初めましてですね。私は東鹿江と申します」

……東、鹿江……何処かで聞いたような……?

「もしや、冨様の幼馴染という方ですか?」
「冨……ああ、友ちゃんの事ね」

椿桔の言葉に俺も思い出した。

昔聞いた事ではあるが、冨が負けてばかりいたという女性の名前が彼女の名前と同じだ。

椿桔は冨に色々指導されていたから、覚えていたのかもしれない。

「友ちゃんの知り合いという事は……若しや、湊の?」
「名乗らず失礼しました。私は湊月冴と言います。此方は私の仕えてくれている椿桔。この子は桔梗」
「あらあら、大きくなりましたねぇ」
「……ぇ」
「覚えておらないかもしれませんが、一度パーティーで坊ちゃん達と一緒にお会いした事があるんですよ」

その言葉に思わず目を逸らしている翡翠を見る。

『初めまして。僕は……』

「……あ」
「思い出さなくて良かったのに」

困った様に笑う翡翠。

「空の……」
「今は帳だ」

そう言い、翡翠はそれ以上聞かれたくなさそうに眼を逸らした。

「お茶入れましたよー」

そのタイミングで娘がお茶を持って来る。

「えっと、鹿江さん。その子は?」
「ああ、この子は学園に通ってる子ですよ」
「初めまして、私は羨加奈って言います。学園の見習い魔術師で、実家が遠いので休みの間お婆さんの家でお世話になってます」

……つまり、下宿しているのか。

「今日は学園休みなのか」
「うん、何か王都の方であったらしくて、先生とかも召集されてるから」

加奈の言葉に椿桔は一瞬、翡翠はじっと俺の方に視線を送った。

……態々俺が逃げたから召集された?

流石に其れは無いと思うんだが……

「学園って何?」

と、桔梗が俺の服を引きながら聞いてくる。

あー、そうか……桔梗は軟禁されてたからな。

「魔術師養成学園。魔術師になるには、学園で学んで、課題をクリアする必要があるの。まぁ、中には先生や国に召し上がられる事で、その過程を飛ばす場合もあるけどね」

加奈は桔梗に簡単に説明した。

俺の友人の慎理は最高魔術師に召し上げられたパターン。

が、桔梗は……

「僕は?」
「え?」
「僕、学園に通ってないし、先生も居ない」
「……君、もしかして……大丈夫だよ。そういう子も学園に通えるし、学園を卒業出来れば魔術が使えない奴等なんかの言いなりにならずに済むから」

魔術が使えない奴等……か。

此処が魔術師の街だから仕方無いが……

「悪かったな、魔術が使えなくて。その魔術で住んでた村が壊されたもんで、使おうとも思わねぇんだ」
「……え」
「申し訳ありませんね、大した魔力が無いので大した魔術が使えなくて。其れで自分の身を盾にする騎士様の邪魔をする魔術師を制せなくて」

魔術師反対派の方が多いんだよな、このメンバー。

「椿桔」
「本当の事でしょう。詠唱時間を稼ぐ為に身を粉にし、自衛出来る筈の魔術師の為に民への守りを回したり、結界張るのをサボって騎士団が尻拭いしたり」
「あ。もしかして、祭りのアレって魔術師が原因だったのか?」
「え、え」
「加奈さん。確かに魔術師の方は凄いですが、その選民思考の様な考えはお止めなさいと言っているでしょう?」

鹿江さんは溜め息を吐きながら言う。

「……月冴は魔術師嫌い?」
「人によるな」

この娘、少し危ないな。

騎士団に嫌われるタイプだ。

「…………」
「桔梗?」
「僕……全然分かんなくて」
「興味あるのか?」
「うーん……よく分からない」

まぁ、桔梗は許されなかった場所に居たからな。

俺と一緒に旅をするより……

「興味がおありですか?」
「「え」」

鹿江さんに問われ、思わず桔梗と一緒に見た。

「加奈さん、確かこの後ご学友とお会いになられるのですよね?」
「は、はい!そうです!」

戸惑っていた加奈が慌てて頷く。

「興味がおありになるなら、会われてみてはどうです?」
「…………」

桔梗は俺と鹿江さん、そして床を見た。

「……会ってみたらどうだ?」
「え?」
「どうしても魔力が無い俺には共感出来ないからな。魔術師の知り合い作っておいて損はないかもしれない」
「……月冴が……言うなら」

そう言いながら、桔梗はぎゅっと俺の手を掴む。

それから数時間後。

俺は桔梗と共に公園に来ていた。

少し離れた所に椿桔と翡翠が居る。

「あ、お待たせ~」

そして、加奈が一人の娘の手を取ってやって来た。

「えっと、彼女は……」
「空鈴芽。貴方達は……誰?」

“空”の単語に思わず翡翠の方に視線を向ける。

「あ、っと、俺は月冴。湊月冴。この子は」
「……桔梗」

桔梗は俺の後ろに隠れながら言った。

「よろしく…………!」

鈴芽は視線を離れてる椿桔達を見る。

と、翡翠は困った様に笑って離れて行った。

視線で椿桔に追う様に頼めば、彼がその後に続く。

「魔術師について聞かせて欲しい」
「え……うん……いいよ」

桔梗を俺の後ろから出しながら頼めば、鈴芽はキョトンとしながらも頷いてくれた。







其れから俺達は公園のベンチで話を聞く。

と言っても主に桔梗が鈴芽の話を聞き、隣のベンチで俺が本を読み、加奈が落ち着かなそうにソワソワしてるだけだが。

「其れで、媒体を経由する事で発現させるの。魔術には属性があって、人によって属性に偏りが出来るの」
「僕のは何だろ」
「得意な魔術は?」
「うーん……言われた魔術を使ってたから……」
「……もしかして、貴方も特例なのかも」
「?」
「え?特例!?」
「おっと」
「あ、ごめんなさい」

加奈か突然立ち上がった事で本を落としかけた。

「気にしなくていい……その、特例というのは?」
「何かにおいて縛りを受けないタイプの魔術師の事」
「鈴芽は媒体を縛られない特例なんだよ」

特例……か。

「他にはどんなものがあるんだ?」
「例えば……最高魔術師は、其れこそどんな縛りも受けないって聞いた事ある」
「ああ、あの伝説。魔力での縛りさえないって話だよね」

……やっぱり桁違いなんだな。

「月冴」
「ん?」
「僕、特例なのかな」
「そうなのかもな」

俺の方にやって来た桔梗の頭を撫でる。

「本当に君が特例なら、魔術師養成学園に入った方がいいよ!」

加奈が少し興奮した様に桔梗に言った。

其れにビクリとし、桔梗は俺にくっ付く。

「加奈、驚かしちゃ駄目だよ」
「あ、ご、ごめんね?」
「……魔術師、か」
「……?」

桔梗の将来を考えれば……このまま学園に通わせるべきかもしれない。

だが……もし、其れで他の魔術師みたいになったら嫌だな。

「……月冴?」
「何でもない。桔梗はどうしたい?」
「え?」
「学園、通ってみたいか?」
「ううん」
「え」

俺の問い掛けにあっさりと桔梗は否定した。

「僕を見つけて、僕を連れ出してくれたのは月冴だもん。僕は月冴と一緒に行きたいんだ。僕は月冴が嫌じゃなかったら、一緒に居たい」
「……そうか。悪いな、学園には当分通わない」
「そっか。残念、同じ学生になれると思ったのに」
「えぇ、勿体ない……」

俺は桔梗を抱き上げ、膝の上に乗せる。

「もっと一緒に旅をするか」
「うん!」

額をお互いに付け、笑顔で話した。

其れから俺達は鈴芽達と別れ、翡翠達を探しに行く。

「あ、居たよ」
「月冴様」
「ありがとう、椿桔」
「……おう」

少し離れた庭園の様な所に彼等は居た。

「……桔梗様、喉は乾いておりませんか?」
「え?」
「向こうに飲み物を売っているカートを見掛けました。ご同行願えますか?」
「……うん、いいよ。月冴の分も買って来るね」
「ああ、ありがとう」

椿桔が桔梗を連れていく。

「……月冴」
「ん?」

俺は芝生に座り込んでいる翡翠の隣に腰掛けた。

「とっくに分かってるんだろ?俺が“空”の家の生まれで……鈴芽が俺の妹だって事に」
「やっぱりか」

“空”の一族は古い貴族の一族であり、多くの魔術師を輩出している一族だ。

「ああ……俺と鈴芽は所謂義母兄妹ってやつ。俺の母さんは普通の人だったんだけど、父さんとは恋愛結婚でさ。だから俺には魔術師の才が無かったんだ。で、母さんあんまり体が強い人じゃなくて、俺が小さい頃に病気で……」

『私の事は憎んでも構わない。それでも私は……』

「…………?」
「其れで、父さんが随分落ち込んでさ。其れから暫くして継母が来て、鈴芽を産んだ。初めは兄妹だったんだが……俺が鈴芽の面倒を見てる間に、継母は母さんを知ってる奴等を追い出してって……最後に俺を追い出した。其れから、漂ってる俺をあの村の人達に助けて貰って」
「……そうか、大変だったな」
「……今のお前に言われんのもなぁ」

苦笑する翡翠。

……少し調子が戻ったか?




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