旅立ちの章
「……詳しく聞かせて欲しいのですが」
「ああ、勿論。実は月冴も誘おうと思ってたんだ」
其れから詳しい事を海翔殿から聞き出す。
野盗討伐の予定は明後日。
それまでの滞在期間中、領主から補助が出され、好きに食べたり飲んだり泊まったりしていい。
その代わり、野盗は一人残らず捕まえるか殺す事。
海翔殿を潰した後、眠そうな桔梗を抱き抱えて店を出た。
「胸糞悪い」
「直ぐ領主の事を調べ、騎士団に通報します」
「頼む」
「あんたら、ちょっと」
「「!」」
振り返れば、酒場の店主が店裏から手招きをしている。
俺達は店に寄り掛かって休んでいるフリをしながら、然り気無く店長を隠した。
「察しが良くて助かる。あんた等、騎士団に伝手があるのか?」
「ええ、まぁ」
「なら、俺がこの辺の奴等に声を掛けて領主の悪事を集める。それを騎士団に伝えてくれ」
「!領主を告発するのか?」
「ああ……今の領主は魔術師なんだ。奴自身、抱えてる魔術師がいて、好き勝手しやがってる。それに、山の奴等は野盗なんかじゃねぇ。静かに暮らしてるし、よく山で採れた果物や肉を届けてくれるんだ」
……やっぱり、翡翠は悪い奴じゃない。
「ああ、分かった」
それにしても……本当に魔術師は余計な事ばかりしてくれるな。
その日はそのまま宿に泊まり……翌朝、俺は一旦椿結と別れてまた山の村へと戻る。
「は?何で戻ってきたんだ?」
翡翠には本当に驚いた顔で俺と桔梗を出迎えた。
「あの街の領主なんだが」
「関わんねぇ方がいいぞ」
「魔術師らしいな……で、この山に住み着いた野盗討伐を傭兵団に依頼したそうだ」
「!!あの野郎……!!」
俺の言葉に翡翠の顔が怒りで染まる。
「結構日は明日」
「くそっ、明日じゃ全員逃がす事は難しいな」
確かに。
この村に滞在している間に分かった事……この村には子供や老人は勿論、臨月に入っている妊婦もいる。
山を下りるのは厳しいだろう。
「という事で、明日一日桔梗を預かってくれ」
「……はぁ!?」
「桔梗、明日一日この村に結界張れるか?」
「出来るよ」
「流石だ」
やる気で頷いた桔梗の頭を撫でた。
「は?何考えて……」
「世話になった礼だ。返り討ちにする」
「は?返り討ち?」
「ああ」
訝し気な翡翠に笑って頷く。
今の俺は騎士じゃない。
なら……ちょっと魔術師を痛い目に遭わせてもいいよな?
その日の晩には椿結が合流し、悪事の報告を受けて騎士団に通報をした。
翌朝。
「おいおい、本当にやるのか?」
「ああ。というか、翡翠達は俺の後ろに居ろよ?」
刀片手に一人で麓近くまで来ると、翡翠や男達が何人かついて来ている。
「……来たな」
「!」
「あれ?月冴?」
やがて、狙った様に傭兵団が来た。
その先頭には海翔殿が居る。
「えーと、まさか……」
恐る恐る言って来る海翔殿にニコリと笑って返した。
「……ああ、マジかよ」
「マジです。お前達が野盗扱いしてる彼等には世話になっていまして……という事で返り討ちにします」
「……一抜けた」
そう言うと海翔殿は持っていた大剣を地面に突き刺す。
「月冴を敵に回すとかやってらんねぇ。俺は抜けた」
言いながら巻き込まれない様にだろう、海翔殿は少し離れた。
「他は?」
「…………」
他の傭兵は戸惑いつつも、降参する気はないらしい。
「翡翠、下がっていろよ」
「いや、けど相手は多勢……」
「……元はと言え、騎士団の隊長をしていた身だ。傭兵相手に遅れは取らない」
「!」
足に力入れて強く蹴り出す。
「……早っ」
「だよなー」
そして、駆け抜けると同時に傭兵達の意識を摘んでいく。
俺が通り過ぎた後、傭兵達が倒れていった。
「あー、月冴。一応別動隊いんだけど」
「椿結が殲滅してる頃だと思いますよ」
「だよなー」
一方、その頃。
「……弱いですね」
椿結の前に転がる傭兵達。
椿結はスッと縄鏢をしまう。
「さて、他に居ないのを確認して月冴様と合流しないと」
「えっと、何処向かってる?」
「んー、領主の所」
「え」
傭兵達を縛り付けた後、俺は街を進んだ。
そんな俺の後を戸惑いながら翡翠と海翔殿が付いて来る。
「領主とこ行ってどうするんだ?」
「痛い目に遭ってもらう」
「「痛い目に遭ってもらう?」」
話している内に領主の屋敷へと着いた。
「此処は領主様の屋敷だ。用の無い者は去れ」
「用があるから来た」
門番らしい男に止められるが、其れに普通に返す。
「……って、月冴さん?」
「やぁ……意識飛ばされなくなかったら、通してくれ」
「いっ……なんか怒ってます?」
「ん?」
「ドウゾオトオリクダサイ」
門番は騎士の一人だった。
俺が領主について怒ってるのを察したらしく、あっさりと通してくれる。
「「(怒ってるんだ……)」」
さっさと領主の屋敷を進んだ。
領主は国から任命された者がなり、屋敷が提供される。
その為、大体の屋敷は似た構造だ。
だから……
「失礼するぞ」
「「「「!?」」」」
領主の部屋は分かる。
「な、何だね君は」
「お前が野盗扱いした者達に世話になった者だ」
「!やれ!」
領主の言葉に周りの魔術師らしい奴等が魔術を放とうとしてきた。
「遅い」
「なっ」「「……えぇ」」
まぁ、魔術を放つ前に手刀を落として意識を摘む。
後ろでドン引きされてる様な気がするが、取り敢えず無視した。
「さて、ちょっとお話しようか?」
「くっ!」
「だから遅いって」
「ぎゃっ!」
領主が媒体だろう杖を構えると同時に叩き落とす。
そのまま足払いして転がし、顔の直ぐ側に黒刀を刺した。
「……お前、俺が申請した支援金を横取りしただろ」
「!!」
「そして、都合の悪い村人を山奥へ押しやり、野盗として始末しようとした……許されない事だ。お前は領主失格だ……!!」
「う、煩い!!その顔で説教するな!!白百合の顔で!!」
「白百合?」
「あー……月冴のお母さんの渾名だっけ」
「お前が母上を白百合と呼ぶな。其れは父上だけが呼んでいい名だ」
父上は母上の誕生日に毎年、白百合を贈り……その白百合を髪に差していたから、白百合と呼ばれていたらしい。
「其れに母上は鍛えてばかりの俺よりも可憐だ」
「直ぐ身内誉めるー」
「…………」
「兎に角、お前には罰を受けて貰う」
「ぐえっ」
俺は領主の襟を掴んで引き摺る。
ガッ「いっ」
「「あ」」
ゴッ「痛っ!」
「「…………」」
ガゴンッ「いった!!」
「煩い。喚くな」
「「確かに痛い目遭わせてる……」」
頭をぶつけようが、体をぶつけようが無視して外に放り出した。
「え、えーと、月冴さん?」
「ん?」
「イエナンデモゴザイマセン」
門番の騎士には笑顔で黙って貰い、彼方此方に体をぶつけた領主を見下す。
そんな事をしている内に、野次馬が出来た。
「お前の罪、償って貰わないとな」
「ひっ」
「先ずは俺から……よくも無下にしてくれたな。通る事例は数少ないんだ、ぞっ」
「ぎゃん!」
「「わ」」
俺は領主に一発平手打ちする。
殴らないだけ手加減してるつもりだ。
「月冴様」
「あ、椿桔」
「殲滅完了、及びこの男の不正を騎士団に報告しました」
「ありがとう。また何が欲しいか考えておいてくれ」
「有り難き幸せ……あ、其れなら私も一発構いませんか?」
「ああ、勿論」
俺の言葉を聞いた椿桔が領主に近付いた。
「よくも月冴様のお優しい心を無駄にしてくれましたね」
「ぎゃん!」
そして、領主を蹴る。
「翡翠、お前も何かあるなら殴っておけ」
「え?」
「騎士団に確保されたら、手が出せなくなるぞ」
「……じゃあ、遠慮無く」
翡翠も領主に近付き……
「よくも追い出して、支援金横取りして、脅してくれやがったな!」
「ぎょえっ!!」
思いっ切り殴り飛ばした。
「さて」
「ハ、ハイ」
「疲れてしまったから、後はお願いします」
「カシコマリマシタ」
はぁ、久々に怒って疲れてしまったな。
俺達が領主に背を向けている間に、野次馬も領主に恨みがある奴が殴る。
騎士が居るから、命は助かるだろ。
俺達は桔梗を迎える為に、山奥の村へと帰った。
「お帰り、怪我無い?」
「ああ、無い」
「良かったぁ」
桔梗は俺に抱き付き、ペタペタと体を触ってくる。
「そんなに心配しなくても、傭兵や領主に負ける程弱くないぞ?」
「だって、椿桔が見てないと直ぐに無茶するって」
思わず椿桔を見れば、顔ごと目を逸らされた。
……余計な事を……
「何時も無茶してんのか?」
「そんな事は……」
「してる」「してます」
「…………」
「そんなんじゃ、過保護にもなるわな」
翡翠は声に出して笑う。
やっと翡翠の年相応な顔を見た気がするな。
「あのね、月冴」
「ん?」
「待ってる間にね、お守り作ったの」
「へぇ。何処にあるんだ?」
「こっち」
桔梗に手を引かれ、屋内へ。
「──脅された、というのは貴方の出生の事で?」
「!気付いてたのか。あー……月冴には言わないでくれ。あの頃とは変わっちまったからな」
「……畏まりました」
それから俺達は一晩泊めて貰い、翌日には出発する事に。
「昨日より荒れた道になるが、この先の獣道を行けば更に向こうの街に出る。其処にゃ俺の知り合いが居るからな。彼奴なら事情を話せば匿った上で色々手配してくれる」
「其は有難い……けど、何故翡翠も来るんだ?」
何故か翡翠も一緒に行く事になって。
「俺には脅されるネタがあるからな。また狙われ兼ねねぇし、月冴に借りがあるからな」
「借り?そんなものあったか?」
「領主を返り討ちにしてくれただろ」
「アレは俺が気に入らなかっただけ」
「(……ま、それだけじゃないんだけどな)」
そんな事を話していると、桔梗が翡翠の袖を引いた。
「えっと、よろしくお願いします?」
「おう。よろしくな」
優しい笑顔で桔梗の頭を撫でる翡翠に、それ以上ツッコむのを止める。
「取り合えず案内頼む」
「ああ」
こうして、旅の仲間が増えた。
『月の皆様へ。今回、また不正をした領主を月冴様が成敗しました。少々やり過ぎたと反省されておいででしたので、お会いになった際はあまり責めないで下さい。さて、今回の件で旅の仲間が一人増えました。面倒見の良さそうな青年で、月冴様とも相性が良さそうで楽しそうです』
「……本当に彼奴は大人しく出来ないなぁ。ま、其が彼奴らしいといった所か。さて、彼奴の事は一先ずあの子に任せるか」
end.