旅立ちの章


アレから俺達は……

「桔梗、大丈夫か?」
「うん」
「月冴様、足元お気を付け下さい」
「ああ」

歩きで山道を歩いている。

前に椿桔が送った手紙の返事で魔術師が俺の行先を本格的に捜し始めていると情報があり、念の為奴等の目が届かないルートを選んだ。

元々騎士として鍛えていた俺や、そんな俺に何処へでもついて来てた椿桔は普通に進めるが、桔梗は慣れていないから気を付けて進む。

いっそ抱き上げて進んだ方がいいか?

「……月冴様」
「無視しろ。向こうが仕掛けるまで、こっちから手を出すな」
「?」

山道に入ってから感じる視線。

当然気付いた椿桔は俺の指示を仰ぎ、俺達の会話に桔梗は首を傾げた。

それにしても、この気配……前に接触した事がある気がする。

「……チッ」

 ビュンッ

「!」
「月冴様!?」

 ザシュッ

「……っ……!!」
「月冴様!!」「月冴!!」

咄嗟に椿桔と桔梗から庇った直後、俺の左肩に短剣が刺さった。

「チィ!!」
「うわっ!?」

椿桔が苦無を投げつつ、俺の肩を押さえながら短剣を抜く。

「月冴……月冴!」
「落ち着いて下さい、桔梗君。治癒をお願いします」
「う、うん」

動揺しながらも、桔梗は俺の傷を癒してくれた。

その間に椿桔が一度消え、一人の男を引き摺りながら戻ってくる。

「この、放せ!!」
「黙れ。よくも月冴様に怪我を……!」
「椿桔、ちょっと待て」
「はい」

逃げようと暴れる男を仕止めようとする椿桔を抑えながら、顔をよく見た。

確か、彼は……

「あの村の住人だな?」
「!」
「?」
「っそうだよ!何でこんな所にいんだよ。俺達を馬鹿にしに来たのか!?」
「いや、違う。俺達は此処を通り掛かっただけだ」
「信じられるか!それに、そのガキは魔術師だろ!」

指差された桔梗がビクリとして俺の後ろに隠れる。

「桔梗は……」

 パァン

乾いた音。

「…………!」

それは、椿桔が持っていた苦難を飛ばした。

「何やってんだよ」
「翡翠!!」
「あの時の……」

森の奥から現れたのは、あの時俺の頭を撫でた青年。

男に呆れた視線を向けつつ、手に持つ銃は俺達を警戒した様に此方に向けられている。

それに俺は両手を挙げた。

「危害を加えるつもりはない」
「あの時の騎士さんか。なら、ソイツを放してくれ」
「元騎士だ。椿桔」
「……はい」

椿桔が男を解放すると、彼は青年の方に駆け寄る。

「元?騎士を辞めたのか?」
「ああ……?」
「月冴様?」

視界が……歪む……

マズイ、意識が……

「「月冴(様)!!」」

体が傾いた直後、俺の意識は真っ黒に染まった。







『……!……!!』
『!……!!』

誰か……言い争っているのか?

『何…人に魔…を与え…ので…!?』
『人は…かだ。だか…こそ、魔…を与え…。身を……事に…な…』
『其れ…なら…私は…………』

私は、この世界の為に……







「…………」

木製の天井。

右腕に重みを感じ、視線を向ければ……俺の右腕を枕に桔梗が寝ていた。

「…………?」

桔梗の頭を撫でようと左手を動かそうとしたが、酷く重い。

「!お目覚めになりましたか」
「椿桔」
「ご無理をなさらず……申し訳ありません。どうやら、あの短剣に毒が塗られていたらしく」
「ああ、成る程……俺は魔力皆無だからな」

魔力があれば、体内の魔力を操作して解毒出来るらしいが、俺は元々皆無だからな……。

「おー、起きたのか?」
「う……ん……!月冴!」

青年が入ってくると同時に桔梗が起きた。

「あんたの事情はソイツから聞いた……仲間が悪い事をしたな」
「いや、警戒するのは当然だ。あんな事をさせてしまったんだから」
「あれはあんたの責任じゃねぇだろ。まぁ、金無くてこんな山奥に住む事になっちまったけどな」
「……?金が無い?」
「?ああ、支援の方は期待してなかったから、あんたが気にする事じゃ……」

 がっ

寝かされていたベッドから降りようとしたら、椿桔に抑えられる。

「椿桔、放してくれ。直ぐに確認しなければ……」
「それは騎士団の役目です。月冴様はちゃんと支援を申し立て、王はそれを許可しました。そして、別の騎士が確かに支援金の手配をしたのも確認済みです」
「それは分かっている……横領するとしたら、彼処だ。だから、確認しなければ」
「月冴様。今の貴方は騎士ではありません」

その言葉に思わず硬直した。

「つ、月冴?」

そのまま脱力し、ベッドに沈み込む。

ああ……そうだ、俺はもう騎士じゃないんだ。

「大丈夫か?」
「……ああ、すまない。騒がせてしまった」
「いや、気にすんな。取り合えず、毒が抜け切るまで休んでいけよ」
「ああ、感謝する」

心配そうな桔梗の頭を撫でた。

……何時から俺の腕を枕にしてたんだ?

軽く痺れてるんだが。

「取り敢えず、歩けるか?」
「ん?ああ」

ベッドから足を降ろせば、椿結が手を差し出してくる。

その手を取って、足踏みをした。

「問題ない」
「……そっか」
「?」
「いや、何でもねぇ(確か、あの短剣に使ってた毒は全身麻痺する筈なんだけどな……調合間違えたか?)。一先ずついて来な」

歩き出した青年の後に続いて歩き出す。

「おっと、悪い。俺は翡翠」
「月冴だ。こっちは椿結と桔梗」
「おう、聞いてる」

笑顔を浮かべる青年、翡翠。

『ああ、聞いてるよ』

「……?」
「どうかなされましたか?」
「翡翠……前に会った事があるか?」
「!」

翡翠は一度目を見開き……目を逸らした。

「気のせいだろ。ほら、行くぞ」

……あまり突っ込まれたくない、か。

それ以上聞かず、俺は大人しく翡翠の後に続いて歩き出す。

少し歩くと、大きな食堂に辿り着いた。

「先ずは飯にしようぜ」
「ああ、助かる」
「翡翠だー!」

タタタタ…と何人かの子供が駆け寄って来る。

それに対して桔梗が俺の後ろに隠れる。

「よっ」
「これからご飯?」
「そうだ」
「あ、桔梗ちゃんもいる」
「!!」
「おっと」

桔梗が呼ばれた途端、俺の足にしがみ付いて来た。

……子供相手ならまだいいと思ったんだけどな。

「あ、お姉さ「お兄さん」え?」
「お兄さんなの?そんな女の人みたいな顔なのに」
「女顔っていうんだろー」
「本当にお兄さんなのか?」
「っ月冴は男だもん。僕と同じで男なんだもん」

桔梗が少しだけ顔を出して反論してくれる。

「こら、お前ら客に失礼だぞ。悪いな」
「いや、元気なのはいい事だ」
「……しつけは必要かと思いますが」
「椿結」
「はい。出過ぎました」

取り敢えず反論してくれた桔梗と気にしてくれた椿結の頭を撫でた。

「あんた、お人好しだろ」
「魔術師以外にはな」
「……意外とはっきり言うんだな」

それから翡翠の案内で席に座って飯を食べ、その後は村の案内をしてくれる。

木々を上手く利用した家々。

住人は大変そうだが、それでも笑顔で暮らしていた。

「…………穏やかだな」
「ああ。こんな山奥に押しやられたけど、その分魔術師に振り回れる事無く静かに暮らしていける」
「そうか」

……良かった。

あんな事があった後でも、穏やかに暮らしていける姿が見られて。

それから一週間程、この山奥の村の世話になる。

十分に毒が抜けて、左腕が問題なく動かせる様になった事を確認し、村から発つ事にした。

「おう、そっか。じゃあ、麓まで案内するわ」
「……お前こそお人好しじゃないか」
「相手を選ぶけどな」

この一週間で翡翠とも大分親しくなっている。

凛音や慎理と過ごしている様な感覚だった。

桔梗も数日掛けてやっと子供達と打ち解け、別れる際にはバイバイと手を振っていた。

「この道を行けば、次の街に着けるぜ」
「ああ。本当に世話になった」
「気にすんな……あの街に居る領主様には気を付けろ」
「……分かった」

領主、か……。

翡翠と別れた後は、車が通るのがやっとの道を三人で進む。

「確か、この街は……」
「酒の街と呼ばれていますね」
「酒?」
「此処の酒は有名で、各地に輸送されてるんだ」
「そうなんだ」
「まぁ、桔梗は駄目だな」
「ですね」

辿り着いたのは良質な酒を提供する事で有名な街で、その所為か酒場が多くあった。

「先ずは宿だな」
「手配して参ります。月冴様はゆっくりと街を見て回って下さい」
「ああ、ありがとう」

ペコリと頭を下げ、椿結は人混みの中に消える。

「…………」
「?どうかしたの?」
「いや、何でもない」

街を歩く殆どは武装した男達。

やけに多いな……恰好からして傭兵か?

一先ず桔梗の手を取ってゆっくりと歩き出した。

「……!」
「ん?近くで見てみるか?」
「え?う、うん」

桔梗が興味を示した……オルゴールの店に近寄る。

「良かったらネジを回してごらん」
「いいの?」
「店側がいいと言ってるんだからいいんじゃないか?」
「うん」

桔梗が箱型のオルゴールを手に取り、横についているネジを回した。

そして、蓋を開けると……

 ♪~♪~~

「わぁ……」

綺麗な音が流れる。

此れは……確か子守歌だな。

「…………」

綺麗は目をキラキラしながらオルゴールを見詰めていた。

「……気に入ったか?」
「うん」
「此れをくれ」
「はい」
「え?でも……」
「いい思い出、だな」
「……うん、ありがとう」

桔梗は大事そうにオルゴールを抱え込む。

そんな桔梗を温かい気持ちで見ていると……

「アレ?月冴?」
「?」

後ろから声を掛けられ振り返った。

「やっぱり!美人さんと見間違うその顔!月冴だ」
「……その美人については深く聞かないでおきますよ、海翔殿」
「あはは、そうしてくれると助かる」

其処にいたのは……一時期騎士団にもいた、妥海翔という男。

「何で騎士団の隊長さんがこんな遠い街に?」
「もう騎士ではありませんから」
「……え、辞めたのか?」
「はい。海翔殿は何故此処に?」
「俺は騎士団の経験を活かして傭兵になったんだよ」
「傭兵……」
「此れから時間あるか?この先にお勧めの酒屋があんだ。そこならジュースもあるぞ」

海翔殿が桔梗を見ながら言うと、桔梗はそっと俺の後ろに隠れる。

「そうですね……」
「お待たせ致しました」
「「!」」

と、俺と海翔の間に椿結が割り込んだ。

「…………」
「椿結も相変わらずらしいな」
「ええ……宿の手配は?」
「問題ありません」
「なら、そのお誘い受けましょう」
「よっしゃ」

それから俺達は海翔殿お勧めとやらの酒場に入る。

「それにしても久し振りだな。隊長は元気か?」
「あの熊と副隊長殿に相変わらずキレられてますよ」
「相変わらずだな~」

俺達は酒を、桔梗はジュースを飲みながら談笑した。

「所で、随分と傭兵が多い様ですが」
「ああ、此処の領主が傭兵を集めてるんだよ」
「傭兵を、ですか」
「ああ、何でも近くの山に野盗が住み着いたから退治して欲しいんだとさ」

その言葉に俺と椿結は視線を交わす。

近くの山の野盗……まさか、翡翠達の事か?

それに支援金は移住先の領主に一時預けられる筈……




.
8/18ページ
スキ