チート双子の何でも屋
ドクン
「ぐ……ぁ……ああ……!」
苦痛の声を上げた彼が、膝を付いて痛みに耐える。
直後、彼の体は師走だった頃に戻った。
「初めだけだ。慣れれば、その痛みも苦にはならなくなる」
そんな彼に囁く男。
「何の……用だっ……」
彼─結音はギロリと男を睨む。
「手を貸したのは……あの子の為だっ……俺は貴様を許しはしない」
「ふっ、その憎しみは更に歪みを強くし、お前を更に強くする……とはいえ、今回は褒美をくれに来た」
「何……?」
「兄様?」
その途端、結音の体が硬直した。
男の背後から現れたのは、幼い少年。
「兄様!」
「満」
幼い少年─満は結音の腰に抱き付く。
結音は震える手で抱き締め返した。
「兄様具合悪いの?」
「え、いや……うん、大丈夫だよ」
「本当?」
「本、当さ」
「兄様、遊べる?」
「うん、遊べる」
「兄さんも混ぜて欲しいな」
「!」
結音の頭にポンと手が置かれる。
顔を上げれば、左腕の無い青年が居た。
「結弦義兄さん」
「久し振りだね、結音」
「結音?」
「あー……違ってたのかな」
「……うん、兄様の名前だ。今の俺は彰彦じゃなくて、結音って名前なんだ」
「そうなの?」
「そうだよ」
答えながら、男の方を見る。
尚も鋭く、結弦もまた強く睨むと、男は肩を竦めて姿を消した。
「……二人の為なら、頑張る」
「…………結音……」
「遊ぶ?」
「うん、遊ぼう」
『俺は彰彦。君達は?』
まだ幼い両手が差し出される。
『………………武瑠』
『陽葵、です』
『武瑠君と陽葵ちゃんね。良かったら一緒に遊ぼう』
『『遊ぶ?』』
『そう。まぁ、俺も毬とかでしか遊んだ事ないんだけどね。父上と母上は兎も角、一族のヒトが面倒臭くてね』
そう笑顔で言うと、幼い手に異なる手が重なった。
『ねぇ、武瑠君、陽葵ちゃん』
『……?』
『何?』
『此れあげる』
『『!』』
幼い彰彦が幼い武瑠と陽葵の頭に花輪を乗せる。
『ふふ、二人共可愛い。似合ってるよ』
『あ、有り難う』
『……お揃い、と言うやつか』
『それなら、彰彦のは私が作る』
『!お、俺も作る!』
『わぁ、二人共有り難う』
其れから不恰好な花輪が乗せられ、其れでも彰彦は嬉しそうに笑っていた。
ニ何時でもコニコと笑う彰彦に、二人は信頼する様に。
そして、其れは二人が暴走した時もだ。
武瑠は力が抑えられず暴れ、彰彦は己をギリギリまで強化して彼を止めた。
陽葵は彼方此方に花と言う花を咲かせた上に、植物が暴れたが、その植物を抑え、花は切って飾ってくれた。
ボロボロに成りながらも助けてくれる彰彦に二人は心を開き、許される限り側に居続ける様になる。
……弟が生まれるまでは。
弟が生まれてからは、彰彦は弟に時間を費やす様になった。
同時に彼は父親の仕事の補佐をする様になった。
必然的に二人と共に過ごす時間は短くなる。
何より、二人が彰彦に会う時には……常に弟と言う存在が彼の隣に有り続けた。
其れに二人は嫉妬した。
今まで彰彦は自分達のものだったのに、と。
体の成長の差も、其れを助長させた。
どうしても彰彦の方が先に大きくなってしまう。
同じ目線が、いつの間にか見上げていた。
心も成長していたが、体が伴う彰彦と異なり、子供特有の独占欲があった。
だから、二人は屋敷を飛び出した。
優しい彰彦なら、探しに来てくれると信じて。
だが、予想に反して彰彦は探しに来なかった。
二人には帰る場所等無い。
だから、嫌われたのでないかと心配して屋敷に戻った。
『『彰彦!!』』
『駄目だ!』
『此れは……手遅れだ』
だが……屋敷は炎に包まれ、全てを焼き付くしてしまう。
特殊な炎だったのか、逃げ延びたのか、骨は一つも出ていなかった。
だから、武瑠と陽葵は其々の家に戻された後、必ずや其れなりの地位に就いて彰彦を探すと決めた。
やがて、武瑠は『干支』のリーダーである『辰』に、陽葵は『華』の中でもアマテラスの信頼を受ける『藤』まで登り詰めた。
そんな中、暦の師走の入れ替えが起きる。
辰と藤も顔だけは知っておく様にと写真を見て……その顔が彼だと気付いた。
勿論、成長スピードが合わない。
其れでも二人は彰彦だと確信した。
直ぐに接触する機会は巡らなかったが……数年後に、ツクヨミの周囲の異変により、援軍として師走に接触出来た。
結音となった師走はあくまで二人と面識が無い様に接していたが……翔琉と言う少年が間を持ってくれた事で、師走とも思い出が作れた……
が、今回の事件があり、二人は彼がオニ堕ちになった事実を知る。
此処までが、二人の知っている彰彦であり、結音だった。
「今回、子供を二人受け入れる事になった」
「そう、ですか」
幼い結音─彰彦は無表情な父親の前で正座している。
彼の家は特殊だった。
代々暦やツクヨミの器となる者を輩出する、古い一族。
彼の両親は、政略結婚によるもの。
とはいえ、両親は不器用なりに彰彦を愛している。
一族の所為で愛し方が分からずとも、彰彦を見守っている父親。
自由奔放だったが、鳥籠に閉じ込められても自分の異能を受け継いだ息子を鍛える母親。
無口無愛想な父親に厳しい母親。
そんな両親でも、彰彦は父親の頭の良さや回転率を受け継いだ事により、不器用なりに愛されてるのを分かっていた。
周りの子供とは数倍も早く回る頭で最善を見付け、強化の力で解決する。
彰彦は十分秀でていた。
だが、周りは彼を失敗作と呼ぶ。
周りは彼を器にする為に、政略結婚させたのだ。
しかし、彰彦は器には慣れなかった。
其れに周りは彰彦と両親を切り捨てた。
其れでも優秀な両親のお陰で、生きていくには申し分無かった。
代わりに多忙となり、彰彦が一人となったが。
そんな矢先に、扱い切れない子供を押し付けられたのだ。
「(恐らく、嫌がらせも入っているな。最悪共倒れに成ればいいとでも思っているのだろう)」
やはり、彰彦は周りの考え等お見通しで、所謂スレている。
父親と別れた後、彰彦はその子供を出迎える為に屋敷の門まで移動した。
「……と、もう来てたのかい」
「「………………」」
「(うわぁ、父上並みの無愛想。まぁ、いいか)中へおいで」
二人を屋敷に入れ、中を案内する彰彦。
「父上、件の二人をお連れしました」
「……ああ。その二人はお前に任せる」
「はい(……そう言えば、父上に任せられたのは初めてか?……よし、頑張ろう)」
父親への挨拶を済ませた彰彦は二人を庭へ連れていく。
「俺は彰彦。君達は?」
「………………武瑠」
「陽葵、です」
彰彦が差し出した手は、握り返された。
「ちょーっと、邪魔するわね」
「母上」
「今日の特訓は終わった」
「はい」
「そう……なら、次の段階に入っていいかもね」
二人が来た頃、母親は屋敷の外で暮らす様になる。
何日かに一回、家に来ては彰彦の相手をしていた。
この頃、彰彦は知らなかったが、両親は既に離婚していた。
所謂父親に引き取られた彰彦への面会日というものだ。
「彰彦、毬が壊れた」
「ぇ……ふふ、武瑠は力強いんだね」
「彰彦、お花咲いちゃった」
「季節外れ……だけど、折角だから栞にしようか」
懐き始めた二人に振り回されながらも、彰彦自身も二人に心を開き始める。
そんな矢先、二人の暴走に巻き込まれた。
「(……此れが……天才と失敗作の差、か)」
何とか暴走を止めたが、彰彦の中で其れは劣等感として残った。
手に余るとはいえ、二人は望まれた才能を持っている。
暴走後もピンピンしている二人に対し、ボロボロな彰彦。
「(弱いな、俺は……)」
其れでも慕ってくれる二人を拒絶する事無く、側に居続けた彰彦。
其れは、父親が母親とは違う女性の子供を連れて来るまで続いた。
父親も再婚を考えていたが、先に子供が生まれ、そのまま病弱だった女性は亡くなり、引き取ったらしい。
「…………小さい」
この時、初めて彰彦よりも弱く小さい存在と出会った。
其れから、彰彦の世界は弟の満中心となる。
満という名前も彰彦が決めた。
「彰彦、少し任せてもいいか」
「勿論です、父上。俺は兄様ですから」
積極的に父親の仕事も手伝い、補佐という立場にもなった。
「兄様」
「ん?」
「あのね、遊べる?」
「うん、この書類を置いてきたら遊べるよ」
「やったぁ!」
自分に分かりやすい愛情を向ける兄を満も慕い、その後ろをついて回る様に。
「「……彰彦!」」
「ん?どうした?武瑠君、陽葵ちゃん。二人も一緒に遊ぶ?」
「「……うん」」
二人が不満そうな顔をしているのには、彰彦も気付いている。
しかし、自分と同い年という考えが、独占欲を向けられているとは思っていなかった。
「「彰彦の馬鹿!」」
「は……!?」
だからこそ、二人が屋敷を飛び出した時も直ぐに追い掛けられずにいた。
探しに行こうと彰彦も屋敷を出た時……
「あ、お兄さん!」
「か、翔琉君」
まだ幼い翔琉と出会う。
翔琉は近所に住み……母親が最近連れてくる様になった少年。
母親が再婚した相手との子供が翔琉……彰彦は察していたが、翔琉は近所の慕っているお兄さんという感覚でしかなかった。
「翔琉君、この辺りで君より少し上の男の子と女の子を見なかったか?」
「ううん?お兄さんも探してるの?」
「も?」
「僕もお母さん探してる。お兄さんの家に行ってない?」
「俺の……?」
「だって、満の名前言ってたから」
その言葉に彰彦は迷う。
嫌な予感がし、戻るべきと警告が聞こえた気がした。
だが、二人を放っておけない。
「…………ッ、ごめん」
結果、彰彦は満を選ぶ。
「母、上……?」
屋敷に戻ると……母親が父親に刃を立てていた。
倒れ伏す父親の側には、座り込んで満が泣いている。
母親の刃が満へと向けられた。
「止めろ!!」
母親が望んだ結婚でなかったのは知っている。
今、本当に好きな人と家庭を築いている事も。
其れでも、自分を愛してくれた事も。
其れでも、満を傷付けるのは許せなかった。
母親が倒れた頃には……彰彦は虫の息となっていた。
「ごめん、なさい……彰彦……彰久君……あなた……翔琉」
倒された事で正気に戻った母親は……涙を流す。
「此れは滑稽だな」
「お母さん?」
「翔琉……!?」
其処に現れたのは……翔琉と見知らぬ男。
「傀儡、師……っ!」
「っ!?」
「優樹菜……子供を、連れて……いけ!!」
倒れていた父親が立ち上がり、青い焔を男に向けて放った。
「翔琉!」
「お母さんっ!」
翔琉の手を掴んだ母親。
彰彦に振り返るが、意識を失いかけている為、応える事は出来ない。
「すまない……」
「父、上……満……を」
「彰彦……本当にすまない。たとえ歪もうとも……」
青い焔が周囲を包んだ。
「兄様!」
「満……眠っていなさい」
「父上……?」
父親が満の顔に手を当てると、満はそのまま眠る。
「彰彦……巻き込んで……すまない」
「父……上……」
「ふむ、此れで終演か……器は貰っていこう」
「満……!!!」
満はそのまま男に連れて行かれた。
直後、彰彦の意識が途切れる。
彼の中には……
「たとえ、魂が削れようとも……お前は許さない!満を返せ!」
そんな想いが残されていた。
「君は……」
「…………」
「名前は?」
「?」
次に目が覚めた時、彼は空っぽだった。
「結弦」
「!父さん、どうかしました?」
「この子に名前をつけてくれないかい?」
「名前?というか、その子は……?」
「君の弟になる子だ」
「お、弟?…………えっと……結音」
「結音、いい名前だね。今日から君は結音だよ」
そして、彰彦が満の名前を与えた様に、結弦から結音の名前を与えられる。
「結音、此奴等は私の幼馴染。変わってるけど、いい奴等だよ」
「おい」
「その子誰なん?」
「俺の弟」
「「は?」」
結弦が彼の手を引き、記憶を与えていった。
「結音、今日は少し遠くまで行こうか」
「うん」
仲良く繋がれた手。
其れを壊したのは……
「傀儡師!!」
「ふふ、ははは!歪みを感じて来てみれば、懐かしい顔だ!」
「結音、逃げろ!」
「…………」
あの男だった。
結音を逃がそうと伸ばした結弦の左腕が斬り飛ぶ。
その光景に……結音は彰彦の記憶が蘇った。
「ぁ……ああああ……!!」
「っ結音」
「“遊ぼう”」
「!ほう、怪異……いいな。素晴らしい、欲しい」
「傀儡師……!!満をどうした!!満を返せ!!」
「ああ、この子か」
男の脇から出て来た……眠り続けている、あの頃と変わらぬ姿の満。
「満……!!」
「傀儡師!私と勝負だ!!その子を渡して貰う!!」
「ふふ、じゃあ私が勝てば、その子を。君が勝てば、この子をあげよう」
異能による競り合い。
男が操る糸と結弦の断ち切る異能。
勝者は……傀儡師だった。
「結音は……渡さな、い」
「ふむ……ああ、そうだ」
倒れる結弦を男が回収する。
「義兄さん!!!」
「君の兄と弟は私の下に…………分かるな?」
「………………」
その後、結弦は行方不明に。
新たに師走の名を受け継いだのは、師走だった。
同期となった水無月と神無月は、彼と共に成長した。
兄の幼馴染みである霜月と長月は、彼の代わりに守ろうと傍に居た。
先輩である皐月と文月は、彼の代わりに指導しながら見守った。
後輩である葉月と卯月は、先輩に続こうと食らい付いてきた。
更に後輩となった睦月と弥生と如月は、指導して貰った事で慕った。
確かに紡いだ絆。
そして、新入りとして現れた翔琉がその絆を更に育んだ。
彰彦を慕っていた武瑠と陽葵が其処に加わった。
確かに彼等の中には友情と言える絆があった。
その反面……結音の心が削られてるとは、誰も気付かなかった。
其れが、彰彦であり、結音であり、師走の過去。
「…………」
「侵入者か……行けるね、私の可愛い人形」
「ああ」
「っ結音!」
「兄様?」
「ちょっと、行ってくるよ……義兄さん、弟を頼むね」
「……ああ」
「(……絆を引き換えに……俺は……)」