魔法使いの物語
「速水慧斗……恐らく、速水夫妻の子息だ」
「「速水夫妻?」」
「ああ。先日の魔力暴走事件の時に、近くを車で走行中巻き込まれた。確か、子息は不在で息女も巻き込まれたが夫妻が庇ったのか命は落としていない。代わりに現在意識不明の植物状態だ」
帰宅後、二人は伏倉が調べた事を聞いていた。
「その後、兄妹は夫人の弟に当たる東和雄刑事に引き取られた」
「「え、東刑事?」」
「ああ、情報漏洩は其処からだろう……魔法使い案件は重要案件だというのに」
「……もう一つ、噂の方は?」
「ああ、その件についてはこの間のはぐれや暴走事件も関係している様だ」
はぐれ、というのはこの間確保した魔力変換の魔法使いの事だ。
「あのはぐれ……登録が無かったのは後天的だったからだ」
「後天的?其れは有り得ない事なんでしょ?」
魔力、というのは先天性な物で、使いこなす事である程度大きくはなるが、後から魔力を得る事は出来ない。
つまり、生まれた時点で魔法使いか否か分かれる。
「その筈だった。だが例のはぐれは件の噂を試し、はぐれと思わしき魔法使いと接触。そして、願いを叶える事が出来る為に魔力を与えられたらしい」
「その割には使いこなしてたね」
「素質、なんだろうな」
「此れは……是が非でも確かめないと」
「俺も送迎という名目で付き合う。くれぐれも互いに無茶しない様に。万が一でも怪我のない様にな」
「「誰が怪我するの?」」
「……それもそうだな」
そんな話をした翌々日。
深夜23時58分。
「ここが例の噂の公園?」
「「らしいね」」
「えっと、お兄さん?もありがとう。連れてきてくれて」
「いや、気にしなくていい」
四人で例の公園へと訪れた。
深夜、という事で辺りは静まり返り、人気は無い。
「(一先ず、人払いの魔法を使っておくべ…)」
チリン
「「「「!」」」」
聞こえた鈴の音。
直後、彼等の視界が変わった。
何の変哲も無かった公園が遊園地の様になり、彼等はバラバラに立っている。
「しまった!!理想郷の魔法……鈴蘭が居るのか!(くそ!仕掛けられるまで分からなかった!何故、こんな事)」
「何故、と思ってるんじゃないか?」
「!?」
伏倉がゆっくりと振り返った。
其処には褐色の肌にサングラスを着けた青年が。
「……エルム……どの面下げて俺の前に顔を出した」
「この面だ」
青年はサングラスを取り、伏倉を見詰める。
其れに対し、伏倉は鎖を出した。
「お前と戦うつもりは無い」
「黙れ。はぐれになった……月華を殺そうとするお前を見逃す訳にはいかん」
「何故あの化け物を庇う?」
「化け物じゃない。大事な弟だ」
「あ、鈴蘭姉だ」
「あら、まだ姉さんと呼んでくれるのね」
彼岸の前に居るのは着物を着た幼そうな少女。
「エルム兄も一緒でしょ?エルム兄の幻惑で俺達に気付かれない様に近付いた」
「ええ、そうよ。貴方達には時間まで遊んで貰うわ」
「時間ねー。零時に何があるの?」
「ふふ、其れはお楽しみ」
少女が笑った直後、ブゥウンという音を立てて近くのメリーゴーランドから馬が迫る。
「うわぁ、殺意高いなー」
言いながら迫る馬を避け、左目に触れた。
そして、取り出したのは刀。
「あら、貴方ならこの程度時間稼ぎにしかならないじゃない」
「えーっと、其れって喜んでいいのかな」
困った様に笑った後、その馬を全て斬り払う。
「……ねぇ、月華にも手を出してるの」
「そんな地雷踏む訳ないでしょ。エルムの所には伏倉を送ったし、あの子は今頃ジェットコースターに乗ってるわよ」
「そっか……なら、遊ぼうかな」
「(エルムも命知らずね。よりによって、最高傑作の片割れを狙うんだもの。殺す前に彼岸に殺されるでしょうに)」
「…………」
その頃、月華。
少女の言う通り、彼はジェットコースターの上にいた。
ジェットコースターは特に襲う事や振り払おうとする事もなく、スピードが出過ぎるといった事もなく、普通に月華を乗せている。
「(理想郷の魔法は鈴蘭の……思い描いた空間に人を迷わせる……出る方法は要を破壊する事)」
風を受けながら、視線でその要を探す月華。
「……先ずは降りた方がいいかや」
そして、呟くと同時に氷を発生させた。
そのままジェットコースターを凍らせ、適当な所に降り立つ。
「……“解析”」
彼の脳裏に要の位置、其々のメンバーの位置が遊園地のマップと共に出てきた。
「要と速水慧斗の位置が同じ……じゃあ、合流しようかな」
風を纏わせ、飛んで月華は向かう。
「あれ?宮都?宮森?お兄さん?皆どこ行ったんだ?」
「やぁ、初めまして」
「!?」
声に速水慧斗が振り返ると、其処には片目を前髪で隠した男が立っていた。
「あんた、は……」
「私は魔法使い。君の願いは何だい?」
魔法使い。
その言葉に速水慧斗が男に迫る。
そんな彼をひらりと男は躱した。
「随分乱暴だねぇ」
「お前達魔法使いの所為で父さんと母さんが死んだんだろ!?」
「……おや?」
「妹も目を覚まさない!魔法使いだって言うなら妹を起こせよ!!」
「あぁ、そういう」
男はふっと笑い、速水慧斗の頬に触れる。
「大変だったねぇ……でも、其れは魔法使いの所為じゃないよ」
「なっ、だって叔父さんは!」
「君の叔父さんは魔法使いの所為だと言ったのかい?……本当に魔法使いなら、そんな事はしない。やるとしたら偽物か、憎しみで陥れようとする者か」
「陥れよう……?」
「さて、真相はどちらかな。君の叔父さんとやらが、本当の事を話してるのかな。本来なら重大秘匿とされるのに。本当なら、唯の事故で終わらせないといけないのに。魔法使いが確実に関わっているとは限らないのに」
「…………」
男の言葉に速水慧斗が困惑を見せた時……男は彼の胸に触れた。
「君の妹さんを目覚めさせるのは私には出来ない。だけど、方法ならあるよ」
「え?」
「君が本当の魔法使いになり、妹さんを呪縛から解き放つ魔法を覚える事だ」
「お、れが魔法使い?魔法使いに……なれるのか?」
「そうさ………………君が器となるなら」
「!?」
直後、胸に触れている男の手から赤い石が発生し、そのまま速水慧斗の体に入っていく。
「な……に、何か、熱いのが……」
「さぁ、君は何方かな」
「何してるの」
「!!」
「おっと」
その時、風と共に月華が降り立った。
そのまま風を男に放ち、速水慧斗を回収して距離を取る。
「宮都!?」
「……もしかして、手配されている元特級魔法使いの白柘?」
「ああ、その呼び方は魔法協会の子だね。私が抜けた後に仲間入りした子かな」
自分を睨む様に見る月華に対し、男─
「彼に何をした?一般人に魔法を使う事は禁じられている」
「まぁ、私ははぐれだから魔法協会の掟に従うつもりなはいよ。其れにしても、君は優秀そうな魔法使いみたいだね。階級は何だい?魔法協会なんて所から抜けて私の所においで」
「……特級……月華」
「特級!その歳で!素晴らしいじゃないか!」
「…………?」
月華の言葉に感激した様に言う白柘に彼は首を傾げる。
「?よく分からないけど、規定により拘束する。“
「さぁ、腕試しだ。“炎”」
風と炎がぶつかった。
炎が風を飲み込み、大きくなる。
「(思ったより強い……もっと強くしないと)」
「……!」
月華が更に魔力を込めると、飲み込まれていた風が炎を吹き飛ばした。
「成程、此れは特級といえる……とはいえ、捕まる訳にもいかないのでね」
「「!」」
白柘は再び石を生み出し、その魔法石が強い輝きを放つ。
其れに月華と速水慧斗が目を閉じた。
次に目を開けた時……其処に白柘の姿は消えている。
「(今のは光?あの魔法を使う魔法使いは一人しかいない。その魔法使いはもう……)」
「「月華!」」
「彼岸、伏倉」
月華の元に駆け寄って来る彼岸と伏倉。
其々の場所で戦っていたが、強い光の発生直後に相手が消えた為、光の下に集結したのだった。
「怪我は無いか?」
「平気……白柘が居た」
「!!白柘さんが……!?本当に無事で良かった」
「こっちには鈴蘭姉が居たよー」
「鈴蘭さんまで……こっちはエルムが居た。まさか第一世代と第二世代が同じグループに?また厄介な事に……」
「あの!」
速水慧斗が発言した事で、漸く彼に視線が向けられる。
「……しまった、忘れてた。彼岸、記憶処理を」
「え」
「りょーかい!」
「ちょ」
「待って。俺が合流した時、彼に白柘が何かしていた」
「白柘さんが……あの人が一般人に何かするとは思いたくないが」
「ちょっと失礼。“記憶”」
彼岸が速水慧斗に触れ、記憶を読み取った。
「魔法石が体内に入れられたみたい」
「魔法石?」
「魔力が宿った石だ……其れを体内に?」
「何か体に違和感は?」
「えっと……なんかポカポカする」
「……月華」
「“解析”」
今度は月華が触れ、解析を始める。
「魔力が……宿ってる」
「「え、ええっ!?」」
「???」
それから、速水慧斗は伏倉が魔法協会へと連れ帰り、月華と彼岸は帰宅していた。
「どうなるんだろうね」
「どうだろうねー……あの魔法石、見た事無かった。一体誰なんだろう」
「光の方は見覚えあったね」
「うん。白柘の魔法は見た感じ……魔法石の操作かな」
「……だとしたら厄介だよ」
「月華が言うなら厄介なんだろうね」
「だって、月華の本当の魔法は───」
「月華の言う通り、コイツには魔力が宿っている事が分かった。後天的に魔力が手に入る事は異常だと言える。その為、俺達の管理下に入る事になった。それに応じてこのタワマンに住まわせる」
「えーっと、よろしく?」
「……どーも」
伏倉が連れて来たのは、速水慧斗とこの間捕縛した少年?。
「そっか、そっちの子も後天的だって判定されたんだっけ」
「そうだ。だから一緒に」
「でも、彼女も同じ部屋に住むの?」
「いや、フロアは同じだが別の……彼女?」
「?女の子でしょ?」
「……そうだけど」
「「ええ!?」」
「失礼だよー」
驚く伏倉と速水慧斗に、彼岸が笑顔で言う。
「俺は彼岸。こっちは月華。君は?」
「……瑞姫」
「俺は彼岸花の彼岸で、月華は月に華やかだけど、君は?」
「……瑞々しいに姫」
「わぁ、可愛い名前!姫ちゃんだね、俺の事は彼岸でいいよ。月華の事も月華でいいからね」
「う、うん」
「じゃあ、俺もそう呼ぶ!俺の事も慧斗って呼んでよ!」
そう話す彼等を優しい眼差しで見詰める伏倉。
「っと、瑞姫にはこれからお前達の学校に転校する事になる」
「「よろしく」」
「よ、よろしく……」
という事で、彼等は同じタワマンに住む事に。
彼等が住むフロアを魔法協会が買い取っている為、慧斗と瑞姫はその内の一部屋引っ越して来た。
「何か必要な物があったら俺に言え。直ぐに手配する」
「ども……あのさ、その……花って用意出来る?」
「花?」
「ああ、妹さんのか。近くに花屋がある。声を掛けてくれれば送ろう」
「ありがと」
「他にもあるだろうし、後々出てくるだろう。遠慮はするな」
「「はい」」
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