魔法使いの物語
「月華ー月華てばー朝だよー」
「んん……」
背中まである長い髪をそのままにした少年が、布団の中の少年を揺らす。
「おはよー月華」
「……おはよう、彼岸」
「ほらほら早く起きて俺の髪縛って!」
「自分でやりなよ」
「上手く出来ないの!」
起こされた少年は欠伸をして長髪の少年の髪を一つに結った。
「月華、起きたのか?」
「伏倉兄ーだー」
「おはよ」
「おはよう。着替えて朝ご飯お食べ」
そんな二人に声を掛けるのは金髪の青年。
その目の下には薄っすら隈が出来ている。
「……また徹夜したの」
「うっ」
「駄目だよ、伏倉兄ー。ちゃんと夜は寝ないと」
「分かってはいるんだがな……」
「もう、月華と伏倉兄はお互いに分けるべきじゃない?」
「彼岸じゃん、それ」
「じゃあ、俺を見習って」
「はは……兎に角朝ご飯にしよう」
焦茶の髪の少年─月華、銀髪の少年─彼岸、金髪の青年─伏倉。
この三人で所謂タワマンと呼ばれる一部屋に住んでいた。
表向き月華と彼岸は高校生、伏倉は在宅ワーカー。
そして、全員魔法使いである。
「えー、今日からこの学校に通う事になった……」
「速水慧斗です。よろしくお願いします」
月華と彼岸が通うクラスに一人の少年が転校生としてやって来た。
「魔法使いを探してます」
「「……!」」
「魔法使いの人が居たら俺に申し出て下さい」
転校生の言葉に教室がシーンとなる。
「……はーい!」
「ああ、宮森。何だ?」
「魔法使いって、都市伝説級だよねー」
「都市伝説じゃない。魔法使いは絶対に居る!」
再びシーンとなる教室。
「ええっと、転校生君は何で魔法使い探してるのー?」
「其れは言えない。だけど、どうしても魔法使いを見付けなきゃいけなんだ」
「そっか」
「(……速水慧斗……一応覚えておこうか)」
こうして突然やって来た転校生は月華の中で警戒する対象となった。
それから速水慧斗は休み時間の度にクラスメイトに魔法使いについて聞く中、月華は徹底的に彼を避け、其れに彼岸が続く行動を取る
。
「間違えちゃったね、あの転校生君」
「…………」
「魔法使いを探すなら、寧ろ魔法使いなんて言葉出すべきじゃないよね」
「うん」
「帰ったら伏倉兄に伝えないと」
「うん……あ」
「どうかした?」
「任務入った」
「りょーかい!」
月華のスマホに送られた任務。
其れは、魔法協会から送られたものだった。
魔法使いの殆どは魔法協会に所属する事で保護されている。
月華、彼岸、伏倉の三人も同様。
魔法協会は保護する代わりに任務を与え、その結果に応じて報酬を払っていた。
其れは彼等も同じ。
魔法協会に所属している以上、学生である事を考慮した上で任務が与えられる。
「えっと……任務ははぐれ調査だって」
「……へぇ、この辺のはぐれは皆処分したと思うけど」
「流れて来たのかも」
「……狙いは何だろ」
バターン!
「居た!」
「「!」」
勢いよく開かれた教室のドア。
月華と彼岸が空き教室で話していた所に例の速水慧斗が入って来たのだ。
因みに今は昼休み。
「クラスメイトだよな!あと聞いてないのアンタらだけなんだ」
「「マジかぁ」」
「俺は速水慧斗!」
「「知ってる」」
「アンタらの名前は?」
言いながら歩み寄って来る速水慧斗に二人はアイコンタクトを交わした。
「俺は宮森ー。宮森彼岸っていうんだ」
「ひがん?」
「そ。彼岸花の彼岸」
「え…………本名?」
「そうだよ?子供に付ける名前っぽくないでしょ」
「あ、ああ……そっちは?」
「……宮都月華」
「げっか?」
「月に華やかなんだよ」
「女の子……じゃないんだよね?」
「違うよ。月華は確かに男の子」
二人の名前に訝し気な顔をする速水慧斗だったが、直ぐにハッとなる。
「魔法使いについて何か知らないか!?」
「「さぁ」」
「くそっ!」
「……どうしてそんなに魔法使いに拘るの?」
「どうしても見付けないといけないんだ」
「……本当に魔法使いが居ると思ってるの」
「絶対に居る!叔父さんが教えてくれたんだ!」
彼の言葉に再び二人はアイコンタクトを交わした。
それに気付かない速水慧斗は悔しそうに俯く。
「速水慧斗?その転校生が魔法使いを探してると?」
「「そう」」
放課後、車で迎えに来た伏倉に転校生の事を話す二人。
「……そういえば、何処かの報告書にはぐれが起こした事件被害者リストに速水の名前があった気がするな。確認しておく」
「速水慧斗自身は叔父から魔法使いの事を聞いたみたい」
「一般で知ってるとなると……政治家か警察か」
「どっち道情報漏洩だね」
「ああ……と、着いたぞ」
彼等がやって来たのは、廃墟ビルの様な所だった。
「此処で魔力が感知された。だが、魔法協会に登録された色じゃないという事でお前達が派遣された」
車から降りながら、伏倉は煙草を口にする。
そして、煙をふぅ…と吐き出した。
煙は一気に広がり、廃墟ビルを包む。
「さっすが伏倉兄の魔法!」
「……空間操作の魔法。煙草の煙はその空間の景色を変え、人を遠ざける」
「もーんだーいはー」
「ゴホッゴホッ!」
「「本人が煙に弱い事」」
「うるッゴホ、さい」
一人その煙に咽る伏倉。
彼が落ち着くのを待って、彼等は廃墟ビルに入った。
「
彼岸の左目が光ると同時に、彼の脳裏に映像が流れる。
その映像は廃墟ビルにフードを被った少年?が現れる所だった。
そのまま少年?は奥に入り込み、何か唱える。
同時に魔法陣が少年?の足元に浮かび、数秒後姿が消えた。
「フード被った男の子……かな。どっかに飛んだみたい」
「どこら辺?」
「もっと奥」
彼岸が月華を、視た場所まで誘導する。
「アクセス……
少年?が消えた場所に立つと、今度は月華の右目が光った。
「使用魔法、転移。転移先アパート。魔法使用者瑞姫。所属無。固有魔法……」
「相変わらずの解析力だな。行けるか?」
「問題ない」
そう言うと今度は月華の足元に月下美人の花を象った魔法陣が浮かぶ。
「転移開始」
直後、三人はとあるアパートの前に出た。
「此処か」
「あー、丁度出て来たみたいー」
「!?」
アパートから出て来た一人の少年?。
少年?は三人に気付くと逃げ出す。
「逃がすか」
伏倉が左の手袋を取ると、シクラメンの花を象った魔法印が浮かんだ。
左手を掲げると、魔法印が空中に浮かび上がり、其処に右手を突っ込む。
引き抜かれた右手に握られているのは鎖。
躊躇う事なくその鎖を投げると、少年?の右腕に巻きついた。
「俺達の任務だよー」
「うん」
「ああ、すまない」
「くっそ!!」
二人の言葉に鎖を手元に戻す伏倉。
それに少年?が自分の首に手を置く。
「「わぁ」」
其処に浮かんだダリアの魔法印が浮かび、同じ様に斧を出した。
それと同時に再び煙草の煙で人払いをする伏倉。
「ゴホゴホッ!」
「捕まる訳にはいかないんだ!“
「
飛んでくる炎を月華が出した氷が包み、そのまま炎を凍らせる。
「はぁっ!?炎が凍った!?」
「月華は基本魔法が桁違いなんだよー」
「っ!?」
「“記憶”……光」
「きゃっ!」
背後に回った彼岸が少年の目の前で強い光を出し、目を眩んだ少年が倒れ込んだ。
「触っちゃ駄目だよ」
「勿論」
「なん、で」
「君の固有魔法は触れた相手の魔力を自分の物にする“魔力変換”」
「!?」
「“記憶”」
彼岸が少年と目を合わせて記憶を読み取る。
「へぇ……魔法で人を傷付けたんだ。其れで逃げたんだね」
「一般人に魔法を使うのは規定違反」
「でも虐められてたみたいだよー。其れでつい反撃しちゃったみたい」
「せめて魔法協会に保護されてれば守られたのに」
「魔法……協会……?」
「知らなかったんだ」
「みたいだねー」
「そ、其処なら……助けてくれる、のか?僕は……」
縋る様な目を向ける少年?。
「…………?」
其れに月華は首を傾げた。
「えっと、うん。きっと助けてくれるよ」
「検討も必要みたいだしな。一先ず魔法協会まで輸送する……お前達は先に帰ってなさい」
「「はーい」」
そして伏倉は少年?に触れない様に一緒に空間移動する。
「……其れで?」
「どうやら誑かした人がいたみたいだね。虐めっ子にやり返せって唆して、魔法を使ったら怖い奴等が捕まえて殺しに行くって」
「はぐれ集団?」
「うん、サングラス掛けてたけど……アレは彼の可能性が高いかも」
「…………」
その言葉に月華は目を閉じた。
「彼岸、もしかしたら……」
「大丈夫。俺は何があっても月華の味方で、一緒だ」
「……うん(何時か来る……その日まで)」
「ギリッ……化け物め」
「あ、速水君!」
「ん?」
「違う学校に通ってる友達がさぁ、学校で変な噂流れてるんだって」
「噂?」
「満月の夜の深夜零時に魔法使いが現れるんだって。で、その魔法使いが魔法を授けてくれるらしいよー」
「それ本当!?」
「え、うん」
「どこに!?どうやって!?」
教えてくれた女子に詰め寄る速水慧斗。
一方で月華と彼岸も訝しげに視線を交わす。
「えっと、隣町の公園だったかな?」
「分かった、ありがとう!」
月華が直ぐにスマホを確認した。
特殊サイト『魔法協会』。
魔法使いしか入れないサイトで、そこに情報等が入ってくるシステムになっている。
そこを確認しても、そういった情報はない。
「ただの噂、で済めばいいんだけど」
「……そうだね。報告しよう」
「うん」
「なぁ、聞いたか!?」
「「!」」
突然やって来て声を掛ける速水慧斗に、二人は思わず目を瞪った。
「その隣町の公園ってどこか知ってるか?」
「知っては……いる」
「うん、何なら連れてってくれる人居るからね」
「俺を連れてってくれないか!?」
「「え、何で」」
そのまま彼等の近くの机に座る速水慧斗に戸惑った表情を見せる。
「俺は最近来たばかりで地理が分からないから」
「……何で俺達?」
「皆が二人も編入組だから、ある意味仲間だよって」
基本的にこの学校は小中高一貫のエスカレーター式である為、外部からの入学は少ない。
二人は高校に入ると同時に編入した組で、今は5月だ。
つまり、クラスメイトからすればまだ1月程の付き合いしかない。
「んー、でもー」
「お願い!」
ガバッと二人の前で手を合わせる速水慧斗。
「(まぁ、調査は必要だろうし)」
「(現れるとは限らないけど放置も出来ないしね)しょーがないなー。満月って言うと、明後日の金曜日だね」
「深夜になるけど大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫」
一瞬顔を強ばらせたが、しっかりと頷いた。
「「分かった。じゃあ、明後日」」
「ああ、よろしく!」
嬉しそうに笑う速水慧斗を月華は見詰め……そして首を傾げる。
「え?どうかした?」
「あー、気にしないで。ちょっとした月華の癖みたいなものだから」
「?分かった」
「(多分、笑顔が挨拶の時と違ったからだろうなー。月華の心は───から)」
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