チート双子の何でも屋
ヒトとオニが共存する世界“日ノ本”。
賑やかな都から少し離れた森にひっそり佇む屋敷。
其処は知る人ぞ知る何でも屋がある。
今日も願いを叶えに、依頼人がやって来る。
「ちょっとお願いがあるんだけどいいかい?」
「「「「?」」」」
桔梗が双子と兄妹に声を掛けた。
「最近鬼丸の様子がおかしくてね。何時もの様に話し掛けても忙しいって片付けられるし、触ろうとすると逃げるんだよ」
「「其れって何時から」」
「あの黄昏の件から」
「ううん……やっぱり、あの黄昏の事件の時に何かあったとしか」
「鬼丸兄は誰の声を聞いたのかな?」
「……分からないんだ。鬼丸と出会ったのは、此処だし……過去の事はあまり話してくれないんだよ」
何処か寂しそうに言う桔梗。
そんな彼の様子に兄妹達は顔を見合わせる。
「……結音兄さんなら知ってるかも」
「此処には結音兄さんが連れて来たから」
その結音は外で花畑に水やりをしていた。
菖蒲が彼の肩に乗っている。
「こんな所かな」
『ありがとうございます』
「どういたしまして……ん?」
彼の視界に俯いて立つ鬼灯が入った。
「鬼丸君?」
「あ……すみません。ちょっと……」
「……お茶会でもしようか」
そう話すと、彼等は花畑の側で茶会を始める。
「……彼女の事を思い出してしまったんだな」
「……はい」
鬼灯……まだ、鬼丸とも呼ばれていなかった頃。
言葉鬼として生まれた彼は、都の隅に佇んでいた。
「──♪──♪♪」
『?』
何処からか聞こえる歌に視線を上げる。
「──♪─♪」
目を閉じて歌う女性。
『…………』
その綺麗な歌声に彼は近付いた。
「♪……あら、どなたかしら」
『ぁ……俺、は……』
「不思議な声の方ね」
目を閉じたまま話し掛けて来る女性。
『……こんな時間に女が一人で居るもんじゃない』
「今は貴方が居るから一人ではないわよ?」
『俺はオニだぞ』
「でも、襲って来ないって事は危ないオニではないのでしょう?」
『……煩い』
其れから二人は毎日この場所で会う。
女性が歌い、耳を傾ける彼。
『……其れは何の歌だ』
「此れは祝福の歌なの。私から貴方への贈り物よ」
『そうか』
「そういえば、貴方のお名前は?」
『言葉鬼』
「其れはオニとしての名前でしょう?貴方個人のな、ま、え」
『名前は……無い』
「そうなの?」
『お前の名前は?』
「うーん……まだ内緒」
女性は綺麗な笑顔でそう答えた。
「─♪──♪♪」
彼女は毎日やって来て歌う。
例え雨の日でも、彼が差す傘の中で雨の歌を。
雪の日でも、彼が生み出したマフラーを巻いて雪の歌を。
日差しの強い日は日傘を差しながら、眩い歌を。
彼女を支えながら、彼はその歌を静かに聞いていた。
「──♪」
『……─♪』
「!♪──♪」
『「─♪♪」』
軈て、彼の彼女の歌を覚え、二人は都の片隅で静かに歌う。
パチパチ
「『!』」
歌い終わった頃、静かな拍手が響いた。
其れに、彼は彼女を庇う。
「……とてもいい歌だったよ」
其処に居たのは……師走だった。
師走が静かに歩み寄ると、彼女は首を傾げる。
「どうやら目が見えていない様だな。──の代償か」
『……?』
一部聞き取れない言葉に首を傾げる彼。
「……君は言葉鬼かな。名前は?」
『…………』
「個人名はないのかな。となると鬼丸君といった所かな」
『鬼丸?』
「鬼系統の全般的な呼び方さ」
「あの、貴方は?」
「ああ、失礼。俺は暦で師走という役名を持つ者だ」
「『!』」
その言葉を聞いた彼女が彼─鬼丸を後ろから抱き締めた。
「彼は悪いオニではありません!」
『お前……』
「どうやらそうらしい。言葉鬼は二種類に分かれるが……その鬼丸君は悪さをしない方らしい」
師走がそう言うと、彼女はそっと彼を放す。
「……此れはちょっとした忠告」
『何?』
「この辺りで歌を奏でるのは止めた方が良い。質の悪い者に目を付けられたくなければ」
そう言うと師走が彼等に背を向けた。
『…………』
「…………」
俯く彼女を彼は見詰めるだけだった。
そんな忠告を受けても、彼女は未だに此処に来て歌う。
「『──♪』」
二人で歌うのも変わらず。
『もう、此処には来ない方が良いんじゃねぇか?』
「いいの。私は此処で毎日歌うの」
そんな中、何度も彼は彼女を止めようとした。
彼は、彼女が場所を移すなら、自分も移すつもりだった。
『俺はお前が違う場所に行くなら……』
「……ごめんね」
何処か悲しそうに微笑む彼女。
其れからも彼女はやって来ては彼と歌う。
目が見えないから、此処に来るまでも大変だろうに。
「……ねぇ、明日も来てくれる?」
『……ああ。お前が来るなら』
「約束よ」
そう言った彼女。
その笑顔はあの名前を隠された時と同じだった。
翌日。
「『──♪』」
今までと同じく歌う。
「……ごめんね。巻き込んで」
『え?』
『随分いい音だァ。欲しいなァ』
『ま、さか……音鬼!?』
彼等の前に立つ鬼。
『“言の葉よ。刃となりて彼の者の剣となせ”!』
『へェ、言葉鬼。でもォ』
『“刀”!』
『“──♪”』
彼の言葉で作られた刀は、音鬼の口から放たれたヴァイオリンの音に消された。
「今の音……!」
『こっちの方が強そうだねェ』
『逃げろ!!』
彼女を逃がそうとした彼が前に出る。
「貴方が……彼の命を奪ったのね」
『お、い……?』
『何だァ、お前……』
「私の歌、綺麗だった?なら……この声、あげるわ」
『いい心掛けだァ』
『止めろっ!!』
彼が手を伸ばすも、彼女の首に音鬼が喰いつく方が早かった。
「……ごめんね」
『……ッ!?』
『ぐ……ぁああ!!』
突然音鬼が苦しみ出す。
そのまま倒れる音鬼。
『なに、が……』
「彼女の仕業だ」
『!?』
現れたのは師走だった。
「自分の視力と引き換えに、己自身を呪具にした。その音鬼を殺す為に」
『そんな事をしたら……!』
「ああ。どのみち彼女はもう長くなかった」
彼が彼女を抱き上げる。
「巻き込んで……ごめんね……どうしても……彼を殺した……あのオニを私が……」
震える手が彼の頬に触れた。
「貴方は……見えなくなった……私の光になって、くれた……もっと一緒に居たい、と」
『…………ッ』
「光、か……オニの光……灯り……鬼灯」
『お前が、そう思ってくれたなら……俺の名は、鬼灯だ』
「私は、道言桔梗」
あの笑顔で告げられた名。
そのまま彼女から力が抜ける。
「……もし、少しでも悔やむ気持ちと慈しみたい気持ちがあるなら、ついて来い」
『…………』
その言葉に、彼─鬼灯は立ち上がった。
「この屋敷に住む双子は、何処にも居場所が無い者達だ」
『……居場所が……』
「俺もずっとは此処に居られない。だから、護れなかったと悔やみ、人を慈しみたいと思うなら、此処の双子を護り、慈しんでやれ」
そうして、鬼灯はこの何でも屋にやって来た。
「……で、何を迷ってる?」
「……俺は彼女を護れなかった。なのに、同じ名前の彼奴と……」
「添い遂げてやれ。其れが君と彼女、そして彼の為だ」
「!」
鬼灯に後ろから抱き付く桔梗。
「……手放すつもりはないから」
「桔梗……」
「後悔しない奴なんて居ない。失ったものは戻ってこない。だが、報いる事くらいは出来る」
「……はい」
今でも、彼の中にあの歌が流れる。
今度は、彼が其れを…………
end.
おまけ
・言道桔梗……かつてヴァイオリニストの婚約者がおり、彼女も歌手だった。
が、音鬼に婚約者を奪われ、復讐の為に視力と引き換えに自分自身を呪具に変えてしまった。
魂を削った分、寿命が短くなったのを察した師走が見逃してくれたお陰で復讐が果たせた。
婚約者は褐色肌の赤髪で、もし呪具にならなければ“彼”と結ばれる未来もあった。