3日目 いい湯でしたね

そこで一度言葉を切ると、銀時は夜空を見上げてふっと小さく息を吐いた。
「オレにとってはそれが懐かしくて大切な、子供の頃の思い出なんです」
思わず振り返った神楽の視線の先、街灯に照らされる銀時の顔はどこか寂しそうに見えた。
「あっすみません、こんな話。つーかやっぱ、こんな男と二人で夜道を歩くとか、警戒しますよね。オレ、半径2メートルくらい離れて歩きます。同じアパートなんで、帰り道を変えるのは無理だし、こんな時間に女性の一人歩きってやっぱ物騒だから、勝手に護衛の人間が付いてる、くらいに思ってて下さい。もし迷惑だったら、これ以上話すのも控えますんで…」
先程は、自分の歌唱を銀時に笑われたと思っていた神楽だったがそれは自分の歌を笑ったのではないと分かるとちょっとだけほっとした。それに、思わず聞く事になってしまった銀時の身の上話に、今までの警戒が本の少しだけ解ける。だって、自分も似たような境遇だから。
小さい頃に母親を亡くし、仕事漬けでほとんど家に帰らない父親。銀時の抱えていた孤独の寂しさはきっと自分が子供の頃に抱えていた物と同じはずだ。
「あの…」
神楽は勇気を出してそう声を振り絞った。
「大丈夫、ですから。そんなに気を使わないでくださいヨ。隣、並んで歩いて貰って全然大丈夫です」
「…っ」
驚いたように一瞬銀時の動きがぎこちなく止まる。けれど、すぐにほっと安堵したように銀時は神楽の隣に肩を並べた。もちろん、そこは「ただのお隣さん」の距離感を意識してだろう、人一人分程の間をちゃんと保ってくれている。
それでも、神楽の言葉に嬉しそうに駆け寄る銀時はまるで尻尾を振って喜ぶ忠実な仔犬のようで神楽は心の中でくすりと笑ってしまった。
「あっそうだ、もう一つ、オレ、神楽さんに謝りたい事があったんです」
思い出したように銀時がそう切りだす。
何の事だろうか?
“引越しのご挨拶に伺った時、新聞の営業と勘違って思わぬ仏頂面で出てきた事?スーパーで転倒しそうになった所を助けて貰った事?でもあれはむしろ私が迷惑を掛けた側だし、逃げるようにあの場を去ってしまった事も謝りたいんだけど…”
そう思っていた神楽だったが、銀時が切り出した話はそのどちらでもなかった。
「ほら、神楽さんのアルアル言葉、前に可愛いって言ったでしょ」
“そういえばそんな事もあったアル”
と神楽は思い出す。方言か?と聞かれてカチンときたのだ。
“確かに変かもしれないけど、いっそもう触れないで欲しかったアル”
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