3日目 いい湯でしたね

「あっおどかしちゃってすみません」
ほの暗い闇の中、ぼんやりと灯る街灯の明かりに浮かび上がる銀色の髪、神楽は確信を持ってその名を呼んだ。
「坂田、さん」
「奇遇っすね。お仕事帰り…とかですか?」
ぺこりと会釈をして神楽の隣に立つ銀時がそう尋ねる。
「いえ…実は給湯機が壊れてしまったみたいで、銭湯に行ってました」
先程の鼻歌は聞かれていただろうか?きっと聞かれていただろう、だから笑われたのだ。かぁっと恥ずかしさに耳まで赤くなっているのを隠すように神楽は俯く。街灯の心もとない明かりではきっと顔色なんて見えないけれど。
「あー、そりゃ災難でしたね。大家さん電話繋がらなかったっしょ?じいさんだから、夜は早いんですよ。8時くらいには寝ちゃうって。あ、その分朝が早くて、4時頃には起きて活動してるって言ってたなァ」
随分と詳しいなと思っていると銀時が話を続けた。
「あそこの大家さん、うちのババァ…じゃなかった、伯母がやってるスナックの常連で。あーでも普段は夜が早いから顔を出すのは週末だけなんですけどね」
なるほどそういう繋がりがあったのか、と頭の中で納得する。
「あの…坂田さんもお仕事帰り、なんですか?」
別に会話をしたいわけではなかったが、だんまりを決めた所で二人の間に流れる沈黙の方が耐えがたい。せっかく気分よく帰っていた所だったのに、これこそがとんだ災難だと思えてくるので、神楽は社交辞令的な反応でそう返した。
「いえ、実はオレも銭湯帰りです。あそこの風呂、天然温泉でしょ?すっげー水質いいんすよ。それにアパートの風呂じゃ足伸ばして入れないんで、時々入りに行くんです」
長身の彼ならば、確かにアパートの風呂では狭いだろう。自分のアパートのバスタブを思い浮かべて神楽は小さく頷いた。
「あっでも、こんな後付けてくるみたいな登場の仕方ですみませんでした。声、掛けようか随分迷ったんです。こんな暗闇で、いくらお隣さんとはいえ大柄な男に突然声掛けられていい気持ちしないでしょ?とは言っても、帰り道一緒だし、ちょっと距離置いて歩いてたんですけど、懐かしい歌が聞こえてきて、思わず」
まるで恥ずかしさを思い出させるような話題に、神楽の熱が再び頬へと集まる。けれどそんな神楽の様子に気付いた様子もなく銀時はしゃべり続けた。
「神楽さんが歌ってたあの歌、オレも子供の頃によく歌ってもらってたんです。っていっても、オレ、小さい頃に事故で両親をなくしちまってて、伯母に育てられたんで、歌ってくれたのは母親とかじゃなくて、伯母なんすけど。それも、神楽さんみたいにやさしくかわいい声じゃなくて、店でほどよく酒に酔ったダミ声ですよ。時々音程も外れてるし、そのくせ小節はきいてて、動揺っていうより演歌っぽくて…ははっ思い出すとまた笑いがこみ上げてきちまった。でも…」
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