『いつかの夏祭り』

「…そっか」
銀八の話に嘘はないだろう。けれど、偶然聞いてしまった会話に自分が登場していたであろう事もきっと本当で。
神楽の様子からそれを察したのだろう、銀八はふうっとため息を一つ落とすと話を続けた。
「店からここに上がってくる途中、うちの常連の長谷川さんてーのに、そのー…神楽ちゃんと一緒のトコ?見られちゃったらしいんだワ」
「…うん」
神楽は再びこくんと頷くだけの返事を返す。
「んで長谷川さん、お前の事オレの彼女と勘違いしちまって、それがその、オレが女を連れ込んでるとか、変な誤解を生んじまったみたいで…」
国語の教員らしからぬ何とも歯切れの悪い説明だ。しかし、銀八なりに気を使って言葉を選んでいるのは神楽にもひしひしと伝わってきた。
「ご、誤解のないように言っとくが、銀さん、ちゃんと言ったからね!神楽ちゃんは教え子で、彼女とか、そんなんじゃないって。ハハッほんと迷惑な話だよなァ。いくらイケメンだって、こんな年の離れたお兄さんを彼氏と勘違いされるとかよォ。しかも教師と生徒だぜ?あっそうだ、今度ウチの店で長谷川さんにオロC奢らせようぜ!うん、そうしよ、なっ!」
神楽の機嫌を取ろうとしているのだろう。どこか神楽の事を気遣うような口調で必死にいい訳をする銀八の声がどこか他人の会話のように遠くで神楽の耳に響いてくる。
「…もう、いいアル」
「ん、そうだな。そろそろ髪も乾いたか。じゃー、家まで送るか。浴衣は一応洗濯機で脱水かけてっけど、持って帰ってちゃんと洗えよ」
少しだけ冷静さを取り戻した口調で銀八は淡々とそう告げてくる。
「そっちじゃなくてっ…ダメ、アルカ?って意味ヨ…」
ドライヤーを片付けに向かおうとした銀八の背中に、少しだけ震える神楽の声が届いた。
「ん?何か言ったか?」
うまく聞き取れなかったのだろう。のんきにそう返す銀八に上げられた神楽の顔。切なげに細められたその瞳には、今にも決壊寸前のダムのようにいっぱいの涙が溜まっていた。
「っ…」
不謹慎ながらも思わず言葉を失って見とれてしまった銀八に、神楽の長いまつげが一度だけ瞬き、きらりと光る水晶のような涙がその白い頬を伝った。
一瞬呼吸も忘れてしまいそうな程、神蔵に引き込まれてしまった銀八だったが、はっと我に返ると神楽に近づきタオルでそっとその涙を拭う。
「どうした、神楽?目にゴミでも…」
「私じゃダメアルカって言ったのヨ!」
銀八の言葉を遮る用に神楽はそう答える。その声は小さいけれど、確かに強い信念を含んだしっかりとした言葉だった。
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