『いつかの夏祭り』

前を向いたまま、神楽と視線は合わせなかったものの、銀八は握った神楽の手を引いて店の横手にまわるとそこから上階へと続く階段を昇り始めた。
「あっ…そっか」
確かに今の神楽は少しは雨を搾ったとはいえ、変わらず全身ずぶ濡れ姿のままなのだ。
気が付けば既にどこかで酒を引っ掛けてきたのだろう、千鳥足にで、差している意味があるのか分からない傘を握った酔っぱらいグループの中年親父数人の視線がチラリチラリと神楽に向けられている。
この雨で人通りはまばらとはいえ、ここは夜にこそ活気を増す飲み屋街。これからスナックお登勢にやってくる客だって居るだろう。
いつまでもだらしない格好のままで店先につっ立っていたら営業妨害になりかねない。
「ご、ごめんネ銀ちゃん先生。私もう行くから大丈夫アルヨ」
銀八の言いたい事はきっとそういう事なのだろうと神楽が慌てて答えるも、神楽の手を掴んだ銀八の手が緩む事はなかった。
「別に店の前に立ってんのが迷惑とかそういうことじゃないから気にすんな。むしろそんな格好でいたら格好の酔っぱらいジジイどもの目の保養だぞ?」
「ほぇ?」
銀八の言葉の意図が分からず間抜けな声で問い返すも、ふいっと視線を逸らす銀八。ゆっくりと神楽が自身に視線を移せば――ずぶ濡れになった体にぴったりと張り付いた浴衣。しっかりと浮かび上がる体のラインにうっすらと透ける肌の色――
「っ!」
ようやく神楽もその意味を理解したものの、意識した途端急、恥ずかしさから顔に熱が上がってくる。思わずしゃがんでしまった神楽に、銀八がくいっと繋いだままの手を引いた。
「お前さァ、さっきは浴衣の裾思いっ切しめくろうとしてたろ?今日はスカートにジャージ姿の制服とは違げェんだから、あんな酔っぱらい共相手に余計なサービスしてんじゃねェよ」
「う…うっかりしてたネ」
ゆるゆると立ち上がりながら俯く神楽の頭にぽんぽんと銀八の大きな手のひらが降ってくる。
「まぁしばらく雨も止みそうにねェし、体が冷えて風邪引く前に風呂入って着替えろ。その後オレが車で送ってくから」
「えっええっ!?で、でも…い、い、い、いくら銀ちゃん先生でそこまで甘えるわけにはっ…」
銀八の実家かもしれない場所を偶然見つけたかもしれない嬉しさ、もしそうだったらいいなと、確かに淡い期待で雨宿りに入りはしたが、まさかの本人に遭遇。その上に、もちろんそんな所まで深読みしていたはずもないのに、あれよあれよと家に招かれる展開だ。
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