十六夜の月とかぐや姫

「銀ちゃーん、お風呂上がったヨ」
ごしごしとタオルで濡れた髪を拭きながらひょっこりと神楽が居間に顔を出す。真っ暗闇に、明々と差し込む月の光が銀時の姿を浮かび上がらせている。
「おう」
窓辺に寄りかかったまま、銀時がひらりと手をあげて返事を返すと神楽はトテトテと銀時の傍まで歩み寄った。
「銀ちゃん電気もつけずに何してるアルか?」
不思議そうに神楽が問う。
「ん?月見」
銀時は小さな杯をひょいと持ち上げてみせる。
「おおーっ私も一緒にお月見したいアル!」
興奮気味にそう言った神楽は既に銀時の隣に腰を下ろしている。もちろん銀時もそんな彼女を拒もうとはしない。むしろこうして二人きりでいられる時間は大切にしたいのだ。
「神楽、ちょっとここきて、こん中覗いてみ」
銀時は並々と酒の注がれた杯を自身の胸の前で止めるとその中を指差した。
「何アルか?」
『オッサンに近寄りたくないネ。もうちょっとこっちに差し出すヨロシ!』なんて、そんな文句が飛んでくるかと思ったが神楽は素直に銀時の方に身を乗り出すようにして盃の中をのぞきこんだ。
銀時の胸元の前にある盃を覗き込むと彼女の頭がちょうど銀時の顔の真下の位置に来て、そこからふんわりとシャンプーの甘い香りが銀時の鼻をくすぐる。
「わぁ、銀ちゃんお酒の中にお月様が浮いてるネ!」
はしゃぐ声に合わせて神楽がそのまま顔を上げたので銀時と神楽の距離がさらにぐっと近まった。月明かりに浮かぶ神楽の透き通った白い肌と穢れを知らぬ深いブルーの瞳にドキンと銀時の頬が赤く染まった。
「銀ちゃん…お酒に酔ったアルか?」
神楽の小さな手の平が自然と銀時の頬に触れる。
「顔が赤いネ」
心配げに見つめてくる神楽に銀時は思わずスッと距離を取った。
「そ、そうみたいだな…」
銀時のそんな態度に神楽の顔が一瞬ぷうっとふくれたような気がしたが、月明かりでそう見えただけだろうか?
「銀ちゃん、抱っこして」
「はぁ!?」
やはり気のせいではなかったようだ。原因は分からないが神楽の声は明らかに怒っている。もしここで拒否しようものなら神楽はきっとそのまますねてしまうだろう。
「しゃ、しゃーねーなぁ」
『マジでやべーかも。こんな雰囲気だし、さっきは何とか乗り切ったけど…』
そんな銀時の心の声など神楽に届くはずもなく、にっこりと笑った神楽は銀時に背を向ける形でストンとその膝に収まった。
「こうした方が見やすいネ」
再び盃の中の月を覗き込む神楽の声は、もうご機嫌なそれに戻っていた。
「ああ、そうだな」
平常心を装ってはみたものの、早まる鼓動はどうしようもない。こんなに密着して、神楽には気付かれていないだろうか?銀時の心配とは裏腹に、神楽はじっと盃の月を見降ろした後、今度は銀時にもたれかかるようにいて月を見上げた。
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