Happy Launch Date
虫の音が響く公園の片隅に草を掻き分る人影が一つ。
視界に入る草花を見つめてはこれではないと次を探す。
先程からひたすら繰り返している。
顔に土が付く事にも目も暮れず、一心不乱に草を掻き分ける。
「簡単には見つからないなぁ」
一度草むらに腰を下ろして空を仰ぐ。
顔を出しつつある一番星を見上げながら一週間ほど前のあのできごとを思い出す。
※※※
「陸、お客さんだよ」
学校から帰宅した彼を一番に出迎えたのは母のこの言葉だった。
まだ学校が終わってそれほど経っていないのに誰だろうか。
促された店の奥へと進むとそこには肩ほどまでの茶色の髪に赤いカチューシャを付けた少女の姿があった。
着ている黒地に赤のラインが入ったセーラー服は、いつかの校外学習で海風に春雨と呼ばれていた姉妹艦娘が着ていたものと同じなので彼女も艦娘なのだろう。
「はじめましてだね!そっかぁ、君が海風の……」
その口ぶりから文通の事は既に知られているという事か。
しかし、海風の姉妹艦が一体何の用なのだろうか。
気づかぬうちに何か粗相をしてしまったのだろうか。
「君にいい事教えてあげる。十一月二十七日はね、海風の進水日なんだ」
「進水日?」
「人間の誕生日みたいなものかな」
艦娘にも誕生日にあたるものが、そしてそれがキチンと祝われる日として認識されていることが少し嬉しく思う。
それと同時に自分にその事を教える意図にも気づいた。
「もしよかったらさ、お祝いしてあげてほしいな。きっと喜ぶから」
「分かりました」
陸の返事に満足そうに頷き、踵を返す彼女。
名前を聞いていない事を思い出したのは既に彼女の後ろ姿が見えなくなってからだった。
※※※
それからプレゼント自体を思いつくまではそれほどかからなかった。
しかし、それを探し出すという事に関しては想像以上にハードルが高かった。
捜索を開始して五日も経っているにもかかわらず、今までの捜索はすべて空振りに終わっている。
もうすっかり日も暮れてしまい、今日の捜索はこれ以上見込めない事から残されたのは実質明日のみと言う現実に頭を抱えながら帰路に着く。
明後日に会う約束はもう取り付けてしまっているため、もう何が何でも見つけるしかない。
「違う何かを考えた方がいいのかな……」
一瞬浮かんだ弱音を打ち消すように頭を振る。
全ては海風の笑顔のために。
萎えかけた精神を震わせるように右手を空に突き上げた。
※※※
迎えた十一月二十七日。
もはや恒例の待ちせ場所となった時計台のある広場に海風の姿があった。
だがその顔に笑みはなく、時計を見上げては周りをキョロキョロと見渡すことを繰り返している。
「陸君、どうしちゃったんだろう……」
時計の針が示す時間は十六時。
陸から指定された時間から二時間も経っていた。
連絡を取ろうにも彼は携帯電話を持っていない。
彼の家に行くことも考えたが、その間にすれ違うことも考えられる。
結果海風は一人、ベンチに座って彼が来るのをひたすら待っているという状況である。
鎮守府を出るまでは先日の白露との会話を思い出して落ち着いていられなかったのだが、今の状況にそれはもうどこかに飛んで行ってしまっていた。
(あと十分、あと十分待って来なかったら探しに行こう)
秒針の動きひとつひとつすら見逃さないように時計を凝視する。
十分をここまで長く感じたことなど今まであっただろうか。
決めた時間まであと二分と迫った時、背後からの足音にもしやと思い振り返る。
そこにはこちらに駆け寄ってくる待ちに待った姿があった。
「姉ちゃ……本当に……ごめん……」
「いえ、それよりも……」
肩で息をし、十一月だというのに滝のように汗を流す彼の姿を見る。
シャツやズボンだけでなく顔にも泥が跳ね、腕にはいくつか切り傷ができていた。
一体なにをしていたのだろうという疑問はひとまず片隅に追いやり、ハンカチで顔を拭う。
「遅れた理由、聞かないんだね」
「はい、陸君は理由なく遅れる人じゃないと信じているので」
申し訳なさそうな様子の陸にきっぱりと自信を持って告げる海風。
その目が「きちんと教えてくれますよね?」と聞いていた。
それに答えるべく、改めて海風の方へ向き直る。
「これ、あげる」
気の利いた言葉の一つでも言えたらよかったのだが、思いつかずぶっきらぼうになりながら右手に隠していたものを海風に差し出す。
その手に握られていたものは四つ葉のクローバー。
今の陸の状態からは想像もつかないほど綺麗な状態のそれは、よほど丁寧に、大切に扱われていたのだろう。
そっと壊れ物を扱うように陸の手からそれを受け取る。
「もしかして今までずっとこれを探して?」
「うん。進水日おめでとう、姉ちゃん」
陸からかけられた言葉に心底驚く。
忘れていたわけではない。
今朝姉妹や鎮守府の仲間にお祝いの言葉や贈り物を貰ったからだ。
しかし陸は違う。
文通の中でも今までの会話の中でも自分の記憶が正しければ話したことはなかったはずなのに。
「どうしてそれを……?」
「教えてもらったんだ、カチューシャを付けた艦娘さんに」
それだけで誰の事か分かった。
もしや先日相談した際に出された仮定は実際にあったことなのではないか。
してやったりと言った彼女の顔が簡単に想像できる辺り悔しいというかなんというか。
「四つ葉のクローバーは幸運の証だから。この前のお守りの代わり」
受け取った四つ葉のクローバーを優しく抱き寄せる海風。
溢れでる涙で頬を濡らす彼女の笑顔。
その滴はまるで宝石のように彼女を彩る。
「えっと……喜んでもらえたかな?」
「はい、ありがとうございます。嬉しい……」
目尻を拭いながら、頬を淡く染めて笑う海風。
その笑顔を見てここ一週間ほどの苦労も報われる。
「そっか、よかった」
ニカッと。
今まで見た中で一番の笑顔を浮かべる陸。
その顔を見た瞬間に心臓が今までで一番跳ねた。
もっとこの顔が、彼の笑顔が見たい、そんな感情が胸の中を満たしていく。
その瞬間に理解した。
この気持ちが本物だという事に。
言い訳のしようがないほどに湧き上がる感情のままに、彼をより近くで感じたいという欲求のままに、彼をそっと抱きしめる。
「ね、姉ちゃん?」
固まる陸の体。
抱き締められるのはこれで二度目だが、慣れることはなかった。
それどころか以前より長い時間抱き締められていることで、海風の香りが、体温が、その柔らかい感触が、より鮮明に伝わってくる。
こういう時はどうするべきなのかと回らない頭を必死で働かせているところへ、海風からそっと囁きかけられる。
「陸君、ひとつだけお願いを言ってもいいでしょうか」
「う、うん。俺に出来る事だったら」
「抱き返して、いただけませんか?」
震える手を海風の背中に回す。
更に密着する二人の体。
暴れるような心臓の鼓動が相手に聞こえていないか不安になる。
時間の感覚が曖昧になるほど続けられる抱擁。
それは海風のほうから突如切り上げられる。
名残惜しさを感じながらも彼女に向き合うとそこには
「今日は今までで一番の進水日になりました」
頬を染め、えへへと笑う海風。
再び流れ出した涙が沈みかけた日の光を宝石のように反射する。
今まで彼女が見せた中で一番の笑顔はそれはそれは眩しくて
(用意して、本当によかった)
心の中でカチューシャの艦娘に改めて感謝を送る。
陸にとってもこの日が大切な記念日になったのだから。
※※※
あれから程なくして陸と別れた海風。
提督に帰投報告をした際に四つ葉の保管方法を聞き、押し花にするために必要な紙を備蓄倉庫へと取りに行く道すがら、後ろから声をかけられる。
「やぁ海風、おかえり」
「時雨姉さん。ただ今戻りました」
「四つ葉のクローバーか、よく見つけたね」
時雨と呼ばれた黒髪を三つ編みにし、左肩から前に流した彼女は、海風の手の中のそれを見つけると目を丸くした。
話を聞くと彼女は以前探したことがあったのだが、全く見つけられなかったらしい。
「進水日の贈り物で頂いたんです」
「例の彼に?」
どうしてこうも知れ渡っているのだろうか。
もしかして姉妹全員どころか鎮守府の全員に知られているのではないかと言う考えが頭を過る。
「頑張ったんだろうね、彼。そう簡単に見つかるものじゃないよ」
「私と会った時も泥だらけでした」
そう言いながら思い返す彼の姿。
体中泥だらけになりながらも輝いて見えたあの笑顔。
それはとても眩しくて愛おしくて。
思い出すたびに胸の奥から温かい気持ちが溢れてくる。
もう、もしかしてなどと言う言葉で濁すことはできないと改めて思う。
そんな海風の様子を見て少し意地悪そうな笑みを浮かべる時雨。
「ねえ海風。四つ葉のクローバーに込められた意味を知ってるかい?」
「幸運、ですよね」
「それだけじゃないんだよ」
それは初耳だった。
元々植物については詳しくなかったため、幸運という意味があることも知らなかった海風は時雨の言葉に食いつく。
それを待ってましたと言わんばかりに、時雨はクローバーの葉一枚一枚を指さして続ける。
「四つの葉には一枚ずつに意味があってね。『希望』、『信仰』、『愛情』、『幸福』」
「素敵です……」
時雨の解説に目を輝かせて聞き入る海風。
こんな小さな葉一枚一枚にそんな意味が込められていたとは。
これから色々な草花に込められた意味を調べるのも面白そうだと考えていた最中、恐らく時雨が一番言いたかったであろう、海風にとっては爆弾に近いものが投げられる。
「ちなみにアメリカでは四枚揃って『真実の愛』って意味があるらしいよ」
瞬間、海風の顔がボッと音が聞こえそうなぐらいに真っ赤に染まる。
先程ようやく自分の気持ちを受け入れたばかりの海風には少々以上に刺激が強すぎたようで。
そんな海風を横目にクスクスと笑いながら時雨は続ける。
「まぁ彼がそこまで考えてたかまでは分からないけどね」
「えっ……あっ……」
ようやくしてやられたことに気付く。
そして改めて実感する。
この人は間違いなく白露の妹だと。
「そっかそっか……フフフ」
「も、もう!時雨姉さん!」
何かを察した様子で歩き出す時雨を追いかける。
どうせ文通の件と同じように、姉妹にバレてしまうのは時間の問題だろうが口止めだけはしておかなければ。
駆け出した海風の顔には陸に会うまでの影のようなものはなく。
むしろどこか清々しいものへと変わっていた。
視界に入る草花を見つめてはこれではないと次を探す。
先程からひたすら繰り返している。
顔に土が付く事にも目も暮れず、一心不乱に草を掻き分ける。
「簡単には見つからないなぁ」
一度草むらに腰を下ろして空を仰ぐ。
顔を出しつつある一番星を見上げながら一週間ほど前のあのできごとを思い出す。
※※※
「陸、お客さんだよ」
学校から帰宅した彼を一番に出迎えたのは母のこの言葉だった。
まだ学校が終わってそれほど経っていないのに誰だろうか。
促された店の奥へと進むとそこには肩ほどまでの茶色の髪に赤いカチューシャを付けた少女の姿があった。
着ている黒地に赤のラインが入ったセーラー服は、いつかの校外学習で海風に春雨と呼ばれていた姉妹艦娘が着ていたものと同じなので彼女も艦娘なのだろう。
「はじめましてだね!そっかぁ、君が海風の……」
その口ぶりから文通の事は既に知られているという事か。
しかし、海風の姉妹艦が一体何の用なのだろうか。
気づかぬうちに何か粗相をしてしまったのだろうか。
「君にいい事教えてあげる。十一月二十七日はね、海風の進水日なんだ」
「進水日?」
「人間の誕生日みたいなものかな」
艦娘にも誕生日にあたるものが、そしてそれがキチンと祝われる日として認識されていることが少し嬉しく思う。
それと同時に自分にその事を教える意図にも気づいた。
「もしよかったらさ、お祝いしてあげてほしいな。きっと喜ぶから」
「分かりました」
陸の返事に満足そうに頷き、踵を返す彼女。
名前を聞いていない事を思い出したのは既に彼女の後ろ姿が見えなくなってからだった。
※※※
それからプレゼント自体を思いつくまではそれほどかからなかった。
しかし、それを探し出すという事に関しては想像以上にハードルが高かった。
捜索を開始して五日も経っているにもかかわらず、今までの捜索はすべて空振りに終わっている。
もうすっかり日も暮れてしまい、今日の捜索はこれ以上見込めない事から残されたのは実質明日のみと言う現実に頭を抱えながら帰路に着く。
明後日に会う約束はもう取り付けてしまっているため、もう何が何でも見つけるしかない。
「違う何かを考えた方がいいのかな……」
一瞬浮かんだ弱音を打ち消すように頭を振る。
全ては海風の笑顔のために。
萎えかけた精神を震わせるように右手を空に突き上げた。
※※※
迎えた十一月二十七日。
もはや恒例の待ちせ場所となった時計台のある広場に海風の姿があった。
だがその顔に笑みはなく、時計を見上げては周りをキョロキョロと見渡すことを繰り返している。
「陸君、どうしちゃったんだろう……」
時計の針が示す時間は十六時。
陸から指定された時間から二時間も経っていた。
連絡を取ろうにも彼は携帯電話を持っていない。
彼の家に行くことも考えたが、その間にすれ違うことも考えられる。
結果海風は一人、ベンチに座って彼が来るのをひたすら待っているという状況である。
鎮守府を出るまでは先日の白露との会話を思い出して落ち着いていられなかったのだが、今の状況にそれはもうどこかに飛んで行ってしまっていた。
(あと十分、あと十分待って来なかったら探しに行こう)
秒針の動きひとつひとつすら見逃さないように時計を凝視する。
十分をここまで長く感じたことなど今まであっただろうか。
決めた時間まであと二分と迫った時、背後からの足音にもしやと思い振り返る。
そこにはこちらに駆け寄ってくる待ちに待った姿があった。
「姉ちゃ……本当に……ごめん……」
「いえ、それよりも……」
肩で息をし、十一月だというのに滝のように汗を流す彼の姿を見る。
シャツやズボンだけでなく顔にも泥が跳ね、腕にはいくつか切り傷ができていた。
一体なにをしていたのだろうという疑問はひとまず片隅に追いやり、ハンカチで顔を拭う。
「遅れた理由、聞かないんだね」
「はい、陸君は理由なく遅れる人じゃないと信じているので」
申し訳なさそうな様子の陸にきっぱりと自信を持って告げる海風。
その目が「きちんと教えてくれますよね?」と聞いていた。
それに答えるべく、改めて海風の方へ向き直る。
「これ、あげる」
気の利いた言葉の一つでも言えたらよかったのだが、思いつかずぶっきらぼうになりながら右手に隠していたものを海風に差し出す。
その手に握られていたものは四つ葉のクローバー。
今の陸の状態からは想像もつかないほど綺麗な状態のそれは、よほど丁寧に、大切に扱われていたのだろう。
そっと壊れ物を扱うように陸の手からそれを受け取る。
「もしかして今までずっとこれを探して?」
「うん。進水日おめでとう、姉ちゃん」
陸からかけられた言葉に心底驚く。
忘れていたわけではない。
今朝姉妹や鎮守府の仲間にお祝いの言葉や贈り物を貰ったからだ。
しかし陸は違う。
文通の中でも今までの会話の中でも自分の記憶が正しければ話したことはなかったはずなのに。
「どうしてそれを……?」
「教えてもらったんだ、カチューシャを付けた艦娘さんに」
それだけで誰の事か分かった。
もしや先日相談した際に出された仮定は実際にあったことなのではないか。
してやったりと言った彼女の顔が簡単に想像できる辺り悔しいというかなんというか。
「四つ葉のクローバーは幸運の証だから。この前のお守りの代わり」
受け取った四つ葉のクローバーを優しく抱き寄せる海風。
溢れでる涙で頬を濡らす彼女の笑顔。
その滴はまるで宝石のように彼女を彩る。
「えっと……喜んでもらえたかな?」
「はい、ありがとうございます。嬉しい……」
目尻を拭いながら、頬を淡く染めて笑う海風。
その笑顔を見てここ一週間ほどの苦労も報われる。
「そっか、よかった」
ニカッと。
今まで見た中で一番の笑顔を浮かべる陸。
その顔を見た瞬間に心臓が今までで一番跳ねた。
もっとこの顔が、彼の笑顔が見たい、そんな感情が胸の中を満たしていく。
その瞬間に理解した。
この気持ちが本物だという事に。
言い訳のしようがないほどに湧き上がる感情のままに、彼をより近くで感じたいという欲求のままに、彼をそっと抱きしめる。
「ね、姉ちゃん?」
固まる陸の体。
抱き締められるのはこれで二度目だが、慣れることはなかった。
それどころか以前より長い時間抱き締められていることで、海風の香りが、体温が、その柔らかい感触が、より鮮明に伝わってくる。
こういう時はどうするべきなのかと回らない頭を必死で働かせているところへ、海風からそっと囁きかけられる。
「陸君、ひとつだけお願いを言ってもいいでしょうか」
「う、うん。俺に出来る事だったら」
「抱き返して、いただけませんか?」
震える手を海風の背中に回す。
更に密着する二人の体。
暴れるような心臓の鼓動が相手に聞こえていないか不安になる。
時間の感覚が曖昧になるほど続けられる抱擁。
それは海風のほうから突如切り上げられる。
名残惜しさを感じながらも彼女に向き合うとそこには
「今日は今までで一番の進水日になりました」
頬を染め、えへへと笑う海風。
再び流れ出した涙が沈みかけた日の光を宝石のように反射する。
今まで彼女が見せた中で一番の笑顔はそれはそれは眩しくて
(用意して、本当によかった)
心の中でカチューシャの艦娘に改めて感謝を送る。
陸にとってもこの日が大切な記念日になったのだから。
※※※
あれから程なくして陸と別れた海風。
提督に帰投報告をした際に四つ葉の保管方法を聞き、押し花にするために必要な紙を備蓄倉庫へと取りに行く道すがら、後ろから声をかけられる。
「やぁ海風、おかえり」
「時雨姉さん。ただ今戻りました」
「四つ葉のクローバーか、よく見つけたね」
時雨と呼ばれた黒髪を三つ編みにし、左肩から前に流した彼女は、海風の手の中のそれを見つけると目を丸くした。
話を聞くと彼女は以前探したことがあったのだが、全く見つけられなかったらしい。
「進水日の贈り物で頂いたんです」
「例の彼に?」
どうしてこうも知れ渡っているのだろうか。
もしかして姉妹全員どころか鎮守府の全員に知られているのではないかと言う考えが頭を過る。
「頑張ったんだろうね、彼。そう簡単に見つかるものじゃないよ」
「私と会った時も泥だらけでした」
そう言いながら思い返す彼の姿。
体中泥だらけになりながらも輝いて見えたあの笑顔。
それはとても眩しくて愛おしくて。
思い出すたびに胸の奥から温かい気持ちが溢れてくる。
もう、もしかしてなどと言う言葉で濁すことはできないと改めて思う。
そんな海風の様子を見て少し意地悪そうな笑みを浮かべる時雨。
「ねえ海風。四つ葉のクローバーに込められた意味を知ってるかい?」
「幸運、ですよね」
「それだけじゃないんだよ」
それは初耳だった。
元々植物については詳しくなかったため、幸運という意味があることも知らなかった海風は時雨の言葉に食いつく。
それを待ってましたと言わんばかりに、時雨はクローバーの葉一枚一枚を指さして続ける。
「四つの葉には一枚ずつに意味があってね。『希望』、『信仰』、『愛情』、『幸福』」
「素敵です……」
時雨の解説に目を輝かせて聞き入る海風。
こんな小さな葉一枚一枚にそんな意味が込められていたとは。
これから色々な草花に込められた意味を調べるのも面白そうだと考えていた最中、恐らく時雨が一番言いたかったであろう、海風にとっては爆弾に近いものが投げられる。
「ちなみにアメリカでは四枚揃って『真実の愛』って意味があるらしいよ」
瞬間、海風の顔がボッと音が聞こえそうなぐらいに真っ赤に染まる。
先程ようやく自分の気持ちを受け入れたばかりの海風には少々以上に刺激が強すぎたようで。
そんな海風を横目にクスクスと笑いながら時雨は続ける。
「まぁ彼がそこまで考えてたかまでは分からないけどね」
「えっ……あっ……」
ようやくしてやられたことに気付く。
そして改めて実感する。
この人は間違いなく白露の妹だと。
「そっかそっか……フフフ」
「も、もう!時雨姉さん!」
何かを察した様子で歩き出す時雨を追いかける。
どうせ文通の件と同じように、姉妹にバレてしまうのは時間の問題だろうが口止めだけはしておかなければ。
駆け出した海風の顔には陸に会うまでの影のようなものはなく。
むしろどこか清々しいものへと変わっていた。