似た者同士
いつからだろうか。
放課後がこれほどまでに待ち遠しく感じるようになったのは。
終礼が終わると同時に教室を飛び出す。
「陸ー、サッカーしようぜー」
「ごめん、また今度!」
「最近付き合い悪いぞー」と言われたが今はそれどころではない。
実際に以前と比べると友人と遊ぶ頻度は目に見えて下がっているのだが。
(埋め合わせはいつかするから……!)
心の中で友人に手を合わせながら正門を潜り、通学路を駆けぬける。
一ヶ月前から始まった文通の相手、海風の顔を思い浮かべながら。
※※※
降って湧いた再会のチャンスを見事ものにし、文通の約束を取り付けた少年、相馬陸の生活はがらりと変わった。
今まで朝は遅刻ギリギリまで布団の中から出てこなかったのだが、それからは毎日決まった時間に飛び起きてポストを確認する。
目当てのものがある日は小躍りでもしそうな勢いで、なかった日はあからさまにしょんぼりした様子で階段を上がっていく。
その様子を両親に笑われているのは露程も知らないようだが。
学校が終われば今までは同級生と遊んだり、買い食いをしていたのだが、今はほぼ直帰。
必要があれば文具屋に寄るぐらいである。
海風との文通はそれほどまでに陸の中で大事なものになっていた。
「ただいま!」
母親の返事を置き去りにして自室へ続く階段を駆け上る。
引き戸を引いて真っ先に確認するのは自身の机の上。
「あった!」
そこに置かれていたのは1通の便箋。
達筆な、それでいてどこか女の子らしい雰囲気を纏う字で書かれた『相馬 陸君へ』という宛名。
封の代わりに可愛らしいクマのシールが貼ってある。
差出人を確認してみるとそこには目当ての人物の名前。
『海風』
その二文字を見るだけで不思議と頬が緩む。
すぐに読みたい気持ちをぐっとこらえて鞄から宿題を取り出す。
海風の手紙を読み、返事を書くのをできる限り邪魔されたくない、そんな思いからいつもやらなければいけない事を先に片づける。
「よし!」
カリカリと鉛筆がリズミカルに音を響かせる。
その独奏は深夜になっても止まることはなかった。
※※※
いつからだろう。
彼からの返事を楽しみにするようになったのは。
最初は自覚がなかった。
そんな余裕がなかった、という方が正しい。
手紙を書くという初めての経験、しかもそれを続けるのだ。
何を書けばいいのだろうか、どんなことを書けばいいのだろうかと、最初の一通を書く時それはそれは頭を悩ませた。
書き終えた時に頭から煙が上がりそうになったのは今ではいい思い出である。
それから約一ヶ月、気づけば外部からの手紙や艦娘が個人で申請したダイレクトメールが届く時間を気にするようになっていた。
(陸君は大体二日に一回ペースでお返事をくれるからたぶんそろそろ……)
気付けば彼の返信の間隔すら頭の中である。
談話室の時計をしきりに確認していると、正面に座る緑の髪を黒いリボンでハーフアップに纏めた少し重たげな瞼をした少女が声をかける。
「海風姉、そんなに何度も見ても時間変わんないよ?」
「そ、そうね」
まさか気づかれているとは思わなかったのだろう。
えへへ……と苦笑いを浮かべる海風に今度はその隣に座っている赤い髪を同じ色のリボンでおさげに纏めた少女が尋ねる。
「海風の姉貴さ、最近なンか楽しそうだよね。いい事でもあった?」
態度にまで出ていたのかと海風は顔を赤く染める。
文通のことは二人――山風と江風――には内緒にしている。
特に隠すようなことではないし、軍規に反しているわけでもない。
しかしあまり話したくはない。
不思議とそんな気持ちに駆られていた。
どう答えたものかと頭を悩ませていると
「最近演習の結果がいいんですよ。この間の出撃でも武勲艦でしたし」
「春雨の姉貴!」
突如後ろからする柔らかい声。
桃色の髪を左のサイドテールで纏めた春雨と呼ばれた少女が知ってか知らずか海風に助け舟を出す。
「そ、そうなんです。最近調子が良くて」
「一過性の物ではないと思いますよ。一緒に演習に出ているのでわかります」
そう言いながら差し出される大皿。
わざわざお茶菓子を用意してくれていたようだ。
山風と江風の歓声を聞きながらお礼を言おうとするがそれは突如耳元に顔を寄せてきた春雨本人に遮られる。
(それと、司令官からこれが。あの子からのお返事みたいですよ)
バッと勢いよく振り返ってしまう。
そこには白い便箋を二人には見えないように差し出す、柔らかくも暖かい姉の表情。
(二人のことはうまく誤魔化しておきますから)
(ありがとうございます)
差し出された便箋を受け取り、席を立つ。
部屋に戻る最中に確認した便箋には、お世辞にも上手とは言えないがとても丁寧に書かれた『海風さんへ』という文字。
差出人の欄にはお目当ての『相馬 陸』という名前。
(今度はどんなことが書かれているんだろう)
期待に胸が弾む。
嬉しいとも楽しいとも違う、しかし抱いていて不快ではないこの感情。
そんな不思議な感覚を持ちながら海風は封を開けた。
放課後がこれほどまでに待ち遠しく感じるようになったのは。
終礼が終わると同時に教室を飛び出す。
「陸ー、サッカーしようぜー」
「ごめん、また今度!」
「最近付き合い悪いぞー」と言われたが今はそれどころではない。
実際に以前と比べると友人と遊ぶ頻度は目に見えて下がっているのだが。
(埋め合わせはいつかするから……!)
心の中で友人に手を合わせながら正門を潜り、通学路を駆けぬける。
一ヶ月前から始まった文通の相手、海風の顔を思い浮かべながら。
※※※
降って湧いた再会のチャンスを見事ものにし、文通の約束を取り付けた少年、相馬陸の生活はがらりと変わった。
今まで朝は遅刻ギリギリまで布団の中から出てこなかったのだが、それからは毎日決まった時間に飛び起きてポストを確認する。
目当てのものがある日は小躍りでもしそうな勢いで、なかった日はあからさまにしょんぼりした様子で階段を上がっていく。
その様子を両親に笑われているのは露程も知らないようだが。
学校が終われば今までは同級生と遊んだり、買い食いをしていたのだが、今はほぼ直帰。
必要があれば文具屋に寄るぐらいである。
海風との文通はそれほどまでに陸の中で大事なものになっていた。
「ただいま!」
母親の返事を置き去りにして自室へ続く階段を駆け上る。
引き戸を引いて真っ先に確認するのは自身の机の上。
「あった!」
そこに置かれていたのは1通の便箋。
達筆な、それでいてどこか女の子らしい雰囲気を纏う字で書かれた『相馬 陸君へ』という宛名。
封の代わりに可愛らしいクマのシールが貼ってある。
差出人を確認してみるとそこには目当ての人物の名前。
『海風』
その二文字を見るだけで不思議と頬が緩む。
すぐに読みたい気持ちをぐっとこらえて鞄から宿題を取り出す。
海風の手紙を読み、返事を書くのをできる限り邪魔されたくない、そんな思いからいつもやらなければいけない事を先に片づける。
「よし!」
カリカリと鉛筆がリズミカルに音を響かせる。
その独奏は深夜になっても止まることはなかった。
※※※
いつからだろう。
彼からの返事を楽しみにするようになったのは。
最初は自覚がなかった。
そんな余裕がなかった、という方が正しい。
手紙を書くという初めての経験、しかもそれを続けるのだ。
何を書けばいいのだろうか、どんなことを書けばいいのだろうかと、最初の一通を書く時それはそれは頭を悩ませた。
書き終えた時に頭から煙が上がりそうになったのは今ではいい思い出である。
それから約一ヶ月、気づけば外部からの手紙や艦娘が個人で申請したダイレクトメールが届く時間を気にするようになっていた。
(陸君は大体二日に一回ペースでお返事をくれるからたぶんそろそろ……)
気付けば彼の返信の間隔すら頭の中である。
談話室の時計をしきりに確認していると、正面に座る緑の髪を黒いリボンでハーフアップに纏めた少し重たげな瞼をした少女が声をかける。
「海風姉、そんなに何度も見ても時間変わんないよ?」
「そ、そうね」
まさか気づかれているとは思わなかったのだろう。
えへへ……と苦笑いを浮かべる海風に今度はその隣に座っている赤い髪を同じ色のリボンでおさげに纏めた少女が尋ねる。
「海風の姉貴さ、最近なンか楽しそうだよね。いい事でもあった?」
態度にまで出ていたのかと海風は顔を赤く染める。
文通のことは二人――山風と江風――には内緒にしている。
特に隠すようなことではないし、軍規に反しているわけでもない。
しかしあまり話したくはない。
不思議とそんな気持ちに駆られていた。
どう答えたものかと頭を悩ませていると
「最近演習の結果がいいんですよ。この間の出撃でも武勲艦でしたし」
「春雨の姉貴!」
突如後ろからする柔らかい声。
桃色の髪を左のサイドテールで纏めた春雨と呼ばれた少女が知ってか知らずか海風に助け舟を出す。
「そ、そうなんです。最近調子が良くて」
「一過性の物ではないと思いますよ。一緒に演習に出ているのでわかります」
そう言いながら差し出される大皿。
わざわざお茶菓子を用意してくれていたようだ。
山風と江風の歓声を聞きながらお礼を言おうとするがそれは突如耳元に顔を寄せてきた春雨本人に遮られる。
(それと、司令官からこれが。あの子からのお返事みたいですよ)
バッと勢いよく振り返ってしまう。
そこには白い便箋を二人には見えないように差し出す、柔らかくも暖かい姉の表情。
(二人のことはうまく誤魔化しておきますから)
(ありがとうございます)
差し出された便箋を受け取り、席を立つ。
部屋に戻る最中に確認した便箋には、お世辞にも上手とは言えないがとても丁寧に書かれた『海風さんへ』という文字。
差出人の欄にはお目当ての『相馬 陸』という名前。
(今度はどんなことが書かれているんだろう)
期待に胸が弾む。
嬉しいとも楽しいとも違う、しかし抱いていて不快ではないこの感情。
そんな不思議な感覚を持ちながら海風は封を開けた。