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ステップアップは突然に

 窓の外を覆う青々とした葉の隙間から幾筋の日が部屋の中に差し込む。
 眠気を誘う陽気の中、GWの課題として出された問題集とにらめっこをしている一つの影。
 この部屋の主である相馬陸である。
 どちらかと言えば苦手分野の数学ということもあり、あまり進まないことに嫌気が刺すが今日はそういったわけにはいかない。
 なぜなら……

 「陸君、そろそろ休憩にしませんか?」

 そう、今彼の恋人が家に来ているのだから。
 淡い青の髪を三つ編みにして垂らす艦娘、白露型七番艦海風である。
 今年に入って付き合い始めた二人。
 艦娘ということで海風が多忙ということもあり、文通は今でも続いているが、纏まった時間を作っては陸の家へと遊びに来るようになっていた。
  今日も例に漏れず、午前で海風が担当している遠征等の業務が終わったのでこうして陸の家へと訪れている。
 こうした生活が数か月と続いたからか、勝手知ったると言った様子でお茶を淹れてきてくれたようだ。
 
 「ありがとう、海風」

しかし、キリが悪いのもあり、少し横着をしてノートから視線を外さずに手を後ろに伸ばしたその時

ふにっ。

 「ひゃっ!?」

 陸の手に触れたのはコップの硬さとは全く違う柔らかな感触。
 それと同時に響く可愛らしい海風の小さな悲鳴。
 嫌な予感がする。
 ギギギと。
 まるでしばらく油を刺していないブリキ人形のように後ろを振り返る。
 そこで目に飛び込んできたのは自分の手が海風の胸を鷲づかみにしている光景。
 予想通りの光景に硬直すること数秒、固まっている場合ではないと飛び退くように手を離す。

 「あぁっ!ごめん!」

 「い、いえっ!」

 顔を季節外れの紅葉のように染めて俯く二人。
 事故とはいえまさか胸を触ってしまうとは。
 回らぬ頭を必死に回してどう謝罪をするべきかを考える。
 
「あ、あのですね。胸を触りたかったわけではなくて、いや触りたくないってわけじゃないけどああ何言ってるんだ俺!」

 しかし、謝るどころかドツボにハマっている。
 墓穴を掘る彼を見て、海風は先日山風に言われたことを思い出す。

 『いい?海風姉。あの子も男の子なんだから、海風姉のないすばでぃーには興味があるはず。だから変なことされたら引っ叩かなきゃだめだよ?』

 (陸君も……男の子ですもんね)

 彼の先の発言を聞き逃すはずもなく、一人で妄想の海へと潜る。
 もちろん男性に胸を触られるなどと言う経験が海風にあるはずもない。
 しかし、それでも彼が触りたいというのなら……

 「……いですか?」

 「へ?」

 蚊の鳴くようなに呟かれる声。
 しかしそれは陸の耳までは届かなかった。
 聞き返された言葉に、先程よりはほんの少しボリュームを上げて繰り返される。

 「触り……たいですか?」

 「何を……?」

 会話の流れから何を触りたいか聞かれているのは分かる。
 分かるのだが聞かずにはいられなかった。
 その結果、この先引き返すことができなくなるかもしれないとしても。
 これまでにないほど顔を赤くした海風が潤んだ瞳でこちらをジト目で睨みつける。
 しかしそれも数瞬。
 諦めたのか眼を逸らしながら続ける。

 「で、ですから私の胸です。言わせないでくださいよ、恥ずかしいんですから」

 「え、あ……」

 できれば違ってほしいと思っていた。
 ただ自分が勘違いして赤っ恥をかけばいいと。
 そんな陸の願いは虚しく、その予想が当たってしまう。
 無言のまま見つめあう二人。
 熱を持った視線がぶつかる。
 口の中が急速に乾いていく。
 声を出そうにも、その声自体が喉に張り付いて出てこない。
 陸の言葉を待っているのか、海風もこちらをちらちらと見るだけで何かを話す素振りはない。
 
 「えっと……いいの?」

 「ダメなら初めから言いません……」

 いらぬ発言だった。
 少し膨れてしまった海風もかわいいなと思いながら腹をくくる。

 「じゃ、じゃあ失礼します」

 無言で頷く海風の胸に手を伸ばす。
 まずは胸の下側から持ち上げるように触ってみる。
 想像していたよりもずっと重量感のある重みと、指が沈みながらも心地よく跳ね返る感触に大層驚く。

 (海風の胸……触ってるんだ)

 「んっ……」

 「ごめん!痛かった!?」

 突然あがる海風の声に慌てて手を離す。
 力を入れ過ぎたのだろうか。
 女の子のデリケートな部分を触っているのだ、もっと気をつけなければならなかったと反省する。

 「い、いえ。人に触られるのは初めてなので変な感じで」

 「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ続けても?」

 海風が頷いたのを確認してから再び手を伸ばす。
 その程よい弾力のある柔らかいものを今度は揉みしだくように触る。
 時折漏れる海風の吐息がより劣情を煽るが、優しく丁寧に触ることを忘れない。
 ずっと触っていたい。
 まるで麻薬のように陸を酔わせるその感触に、頭が熱でボーっとしてくるのを感じる。
 これ以上はまずいと本能が悟ったのだろう。
 突如手を離す陸。

 「あ、ありがとう!もう十分だから!」

 そう言って彼はお茶を一気に飲み干すと机に向かってしまう。
 胸を触られたせいなのか、海風の彼へと募った思いはぶつけるところなく空中を彷徨う。
 もう一度話しかけようにも、彼の課題の邪魔などできるはずもなく……

 「陸君のバカ……」

 「海風、何か言った?」

 どうしてそうも鋭いのに、肝心な所だけ鈍いのか。
 わざとやっているのかとも疑ってしまうが、彼がそんな器用なことができるはずもなく。
 だからこそなおの事性質が悪いわけで。

 「知りません!」

 「ちょっ!機嫌治してよ!」

 わざと不機嫌を装って彼の慌てる姿を見て少しだけ優越感に浸る。
 きっとこうして慌ててくれるのも自分のことを思っていてくれるからこそ。
 
 (もう少しこの特権を使っても許されますよね?)

 そう思い更にそっぽを向く海風と、それを見てさらに慌てる陸。
 二人の信頼があるゆえのじゃれ合いはもうしばらく続きそうだった。
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