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つぅるりとした、その橙色の表面。なんとなーく人差し指で撫でてみる。皮全体はつややかで、ハリがあって、丸ごと手のひらに乗っければ感じる、ずっしりとした重み。
ニマニマとゆるむほっぺを、どこか他人事のように俯瞰していた。ついにやったぞ。今年は文句なしの大成功である。§
審神者に就任してすぐ。執務室から見える庭先に、柿の苗を植えた。自ら出陣するわけではないにせよ、戦場に身を置く手前、いつ死ぬのか定かではないのがこのお役目なので。
桃栗三年柿八年。この柿の実を食べるまでは何が何でも生きてやる、と。つまりはそういった形の決意で、覚悟で、願いだった。まあ、8年といわれるのは種からまいた場合のことで、この苗は3年目にして早くも実をつけたのだけれど。
それでも剪定や間引きがきちんとできていなかったり、虫がついたり、病気になったりと、毎年何らかのトラブルに見舞われてきたせいで、なかなか実はうまくならなかった。防人作戦のおりには本丸のビジョンが乱れ、日照不足になったし。誰にも秘密にしていた当初の決意は、だんだん「美味しい柿が食べたい!」というただの食い意地に変わっていった。
しかし、だ。今年、ようやく、誰が見ても口をそろえて立派だと褒め称えるであろう柿を、たーくさん実らせることに成功した。片手に柿を持ったまま、反対の拳を握りしめ、心の中で熱い涙を流す。諦めなくて本当によかった~!
「見事に実りましたね」
「うわあ!」
背後からかけられた声に、心臓が飛び跳ねる。ばくばくと。どきどきと。おどろいた拍子に私の手からこぼれ落ちた柿を、「おっと」と床に激突する前にキャッチした刀剣男士の名を呼べば、彼は瑠璃の目元をふるわせて、穏やかな返事をよこした。
数珠丸恒次は古参である。顕現順に連ねれば、10もいかないうちに彼の名を呼ぶことになる。だから苗を植えるときも数珠丸はその場にいたし、毎年うまく実らない柿の実を見ながら、一緒に肩を落としたりもした。これまでの苦労を、数珠丸はぜーんぶ知ってくれていたので。
「本当に、努力の甲斐がありました」
つやめく橙色の皮を、人差し指で撫でるその様子に。もしかしてずっと見られてたのかも、なぁんて恥ずかしさを振り払うように、「食べる?」と思わず声に出していた。
「よろしいのですか?」
「1個くらい大丈夫だよ」
収穫したばかりだから、本当はもうちょっと寝かせたほうが食べごろになるのだけれど。さっき撫でた感触を思い返す。……うん、シャキシャキした硬めの食感が好きなひとには、ちょうどいいと思う。
数珠丸から柿を受け取り、連れ立って厨に向かう。
ついこないだまでまだ夏日が続くのかーと嘆いていたのに、ここ数日でめっきりと肌寒くなった。襟や袖から入りこんできた冷たい風に身をすくめると、数珠丸はまとっていた被衣 を脱ぎ、私の肩にふぅわりとかぶせた。「ないよりかはマシかと」なんて申し訳なさそうにしているけれど、嘘だ。まったく寒さを感じなくなった。神さまのご加護、ってやつかもしれない。
「ありがとう」と顔を向ければ、数珠丸の肩越しに、きれいな夕焼け空が見えた。西にかたむく橙色の夕日。それに引っ張られるように、東の空はどんどん濃い瑠璃色に染まっていく。
あ、おんなじ色だ、と。手の仲の橙色を、数珠丸の顔のとなりにかざしてみた。1人でくふくふ笑っている私を見て、瑠璃色の彼も笑っている。
明かりはついていたものの、厨には誰もいなかった。今日の夕ご飯は何かなーと鍋をのぞいてみる。具だくさんの豚汁の優しい匂いをふくんだ湯気が、もわぁんと顔に当たった。
主、とかけられた声に、ここに来た目的を思い出す。いけないいけない、当番の子が戻ってくる前に柿をむいちゃわないと! いや別に、イケないことをしているわけでは、ないのだけれども。それでもなぜか、秘密にしたかったのだ。私と、数珠丸の。ふたりだけの秘密に。
いそいそと包丁とまな板を取り出し、軽く水洗いした柿をヘタを下にして四等分にカットする。ヘタを切り落として、しゅるしゅる皮をむいていく。
私が柿に向き合っている間、数珠丸は厨の入り口に立っていた。誰かやってこないか見張っていたのかもしれない。もしかしたら数珠丸も、ふたりだけの秘密にしたいと、そう思ってくれていたのかもしれなかった。
結果、誰にも見つかることなく、私たちは厨をあとにすることができた。そのままあそこで食べてしまってもよかったけれど、見つかるリスクを考えて、執務室まで戻ることにした。
一度お返した被衣 を、数珠丸はもう一度私にかぶせてくれた。寒さなんてどこへやら、むしろ熱いくらいだった。体ではなく、心が。ぽぽぽっとしていた。
「いただきます」
「いただきます」
ふたり揃って、ぱんっと手を合わせる。長年待ち続けた柿を、いよいよ食べるわけである。どうしよう、急に緊張してきたぞ。爪楊枝をぷすっと刺し、じいっと見つめる。それから、ちらりと庭先に目線を向ける。大きくなった柿の木が見えた。
おそるおそる、しゃくり、とかじる。やっぱり少し硬い。でも、遅れて口の中に広がる甘みに、今度は心の中ではなく、本当に涙がこぼれ落ちたのだ。今まで食べた柿の中で、一番美味しいと思った。
泣きながら柿を食べ続ける私に。数珠丸は何も言わないでいてくれた。この柿の実を食べるまでは、何が何でも生きてやる──数珠丸はたぶん、気づいていたのだろう。私のこの、秘め続けた祈りに。ずっとずっと気づきながらも、内緒にしてくれていたのだろう。
「この種を」
だからこうして、私の先を繋いでくれるのだ。
「この種を、またまきましょう」
ころんと皿の上に残された、ちっぽけな種。それを長い指でつまみながら、数珠丸は未来の話をする。
8年後、今年以上に美味しい柿を、あなたとまた食べてみたい、と。そう続けた数珠丸に、私は涙まじりの声でお返事をした。
「種からだったら、きっと苗よりももっと大変だろうね」
「ええ、そうでしょうね。ですがその分、良いものに育つと思いますよ」§
そうしていつの日か、庭の柿の木はふたつになって。私と数珠丸、ふたり並んで、それぞれの実を食べ比べたりして。
どっちが美味しいかな、どっちも美味しいね、そうやって笑い合う未来に向かって、私は生きていくのだ。きっとそれは、もうすぐそこだから。
(20241113/にこら)
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