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私は子どものころ、階段からすべり落ちて足を捻挫したことがある。あまりの痛さにわんわん大泣きし、それを聞きつけた男士に抱えられ、薬研藤四郎のもとへと連れていってもらった。
膝や手のひらには絆創膏を貼り、つんと鼻をつく薬を塗られて、くるくる包帯を巻かれていく足首を目にしながら、「このまま治らず、一生歩けなかったらどうしよう」とまた泣いた。安静にしていれば1週間で治る、と見立てた薬研は言ったけれど、子ども特有の豊かな想像力が、このときばかりは悪いほうに働いてしまったらしい。
「では、私が杖になりましょう」
ここまで私を運んでくれた男士──数珠丸恒次が、めそめそ泣きじゃくる私をふたたび抱き上げ、そうなぐさめてくれた。
「杖……?」
「ええ、貴方が無事に歩けるように」
細身だけれど、しっかと私を支えるその腕の安定感に、とてもやすらぎを感じたことを、今でもよおく覚えている。
数珠丸は言葉どおり、本当に私の杖としてそばにいてくれた。ひょこひょこ歩く私と、いつも手をつないでくれた。それからしばらく捻挫癖がついた私は、ちょっとの段差でもすぐ蹴つまずくようになってしまったのだが、そのたび彼がかばってくれたので、盛大に転んで怪我をしたりはしなかった。
数珠丸がとなりにいてくれること、優しく手を握ってくれることで、私は安心して、まっすぐ前を向いて歩けたのである。
──かくして。
両手両足の指を合わせても足りないくらい、季節はめぐった。私の捻挫癖はとうにおさまり、かかとのある靴でだって難なくスキップもできるようになった。
それでも、変わらないことがひとつ。
「緊張、してますか」
私のとなりを歩くのは、いつだって数珠丸だ。今までも、この先も。
「……ちょっとだけ。数珠丸は?」
綿帽子の下からそっと見上げれば、柳眉 をゆるませた彼の表情が、そこにあった。
「私も、ちょっとだけ」
その白い頬にほのかに朱を差し、彼は私とおそろいの言葉をくり返す。ふと視線を下げると、結ばれた彼のこぶしが、わずかに震えているようで。ああ本当に、本当に緊張しているんだなあと感じるや否や、私の両手は、彼のこぶしをぎゅうっと包み込んでいた。
あのとき、数珠丸が私に与えてくれたやすらぎ。今度は、私が彼に返す番。だけど私は頼り甲斐があるわけでも、筋肉ムキムキというわけでもないから、同じように彼を支えられるか、少しだけ心配だ。
うまくやすらぎを与えられただろうか。きちんと、伝わっただろうか。私の両手に、数珠丸のもう一方の手が重ねられた。もう震えてはいなかった。──おそらく、それが答えだ。
ふたりの名が呼ばれる。1歩踏み出す。足並みそろえて、同じリズムで。
杖はもう必要なくなった。けれど明日も明後日も、そしてきっと、生まれ変わったあとだって、あなたは私の、私はあなたの、となりを歩いてゆくのだろう。
(20221113/にこら)
