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気づくと私の近くに、大倶利伽羅がいる。いつごろから彼がそこにいたのか、正確には覚えていない。以前から、あ、いるな、とよく思ったものだ。それは、執務室から見える桜の木の下だったり、洗濯を干しているときの縁側だったり。特に深く気にしていたわけではない。審神者になったばかりのころは刀剣男士の数も少なかったし、少人数で生活していればその分顔をあわせる機会は多くなるものである。
けれどもある日、ふと気になった。そしてそれが一度目についてしまったら、どうしても意識してしまうもので。ここまで頻繁に目につくのだ、たまさかというわけでもあるまい。
何をするでもない。ただ本当にそこにいるだけで、目が合ったり、声をかけられたりすることもない。
慣れ合うつもりはない、が口癖のとおり、誰とつるむことなく、じっとひとり、そこに座っているだけの大倶利伽羅。
──彼はいったい、どうして私の近くにいるのだろう。
ただの人間である私が気づいているのだ、当然大倶利伽羅からも私が見えているにちがいない。
判然としないしこりを抱えたまま、うちの本丸には刀剣男士が1振り、また1振りと増えていった。金糸雀の眼
──今日も大倶利伽羅は私の近くにいた。
台所で米を洗っているとき、ちらりと中庭に続く勝手口に目をやれば、池にかかる赤い橋の中ごろで、欄干に腰かけている彼が見えた。
出陣や遠征で本丸を留守にしていないかぎり、私の行く先々で視界に入りこんでくる詰襟。相も変わらずその瞳が私と合うことはないけれど。
このごろ、私の心の中には、ある誤算が生じていた。当初は小さな疑問でしかなかった大倶利伽羅の存在が、時々刻々 とはぐくまれていったのである。
以来、彼を見かけるたびどきりと跳ねる心臓が、私は憎らしくてたまらなかった。私と大倶利伽羅の関係は何の進展も見せないまま、私の思いだけが芽吹き、葉をつけ、そしていつしか大輪を咲かせてしまった。
──否、本当はひとつだけ、わかったものがある。それは私が彼を意識するようになったおかげで気づけた、たったひとつのもの。彼の視線の先にあるものだ。
大倶利伽羅は私が彼を見ているうちはあさってを向いているのに、目を離すととたんにじりじりとうなじに焦げつくような視線を感じた。どうやら私がよそ見をしているときだけ、こちらを見ているようだった。
敵意や殺意といった物騒な気配は感じない。むしろその逆だ。
──ねえ、あなたは今何を思っているの。あんな眼差しを私に向けてくるくせに、どうして声をかけてくれないの。あなたの金糸雀 色の瞳は、こんなにも叫んでいるのに……。
知らず知らずのうちにため息をついていた。となりでともに食事のしたくをしていた乱が、いぶかしげに私を呼んだ。何でもないと答えるが、乱はすっと勝手口の外に目をやり、「もう、じれったいなあ」とぼやいた。
「いーい、あるじさん。待ってるだけじゃダメ! 女は度胸、だよ!」
びしっと木杓子をかまえ、乱はその可愛らしい目をつり上げた。
「……うまくいかなかったら?」
そうだなあ、と乱は一拍おいてから、「そのときはボクがあるじさんをお手入れしてあげるよ。──なんてね」と人差し指を唇にあて、ぱちりとウインクをした。女の私よりも様になるしぐさだった。
彼の軽口のおかげで、自分でも無意識にかついでいたらしい肩の荷がすとんと下りた。乱の言うとおりだ。待っているだけでは何も始まらない。先に進みたいのなら、行動するしかない。
私は身にまとっていた割烹着を脱ぎ捨てた。この決意が揺るがぬうちに動かないといけないと思ったのだ。勝手口へ足を向けたところで、一度振り返った。乱は握りこぶしを高々とかかげ、「頑張れあるじさん!」と激励をくれた。
ありがとう、乱藤四郎。私はもう迷わないよ。たとえ、どんな結果になっても。▫︎▪︎▫︎
私が近づいていることなんてとっくに勘づいているはずなのに、大倶利伽羅は橋の上から動かなかった。
「俺に何の用だ」
彼はこちらに一瞥もくれずに、じっと池を見下ろしている。
「それは私の台詞です。──私に何かご用ですか」
私は唇をかみしめた。そうでないと口をついて全部吐き出してしまいそうだった。彼の横顔を、ぐっとにらみつけた。
「俺は何もしちゃいない。何を怒っているんだ」
「何もしていないからです」
声を荒らげないように精一杯つとめた。けれどもその言葉に含まれた熱情はおさえきれなかったようだ。
「あなた、私が気づいていることに、気づいていたでしょう」
大倶利伽羅は依然としてこちらを見てくれない。が、そこではたと思い出した。彼は私が見ているあいだは視線を外しているのだった。しゃくだが彼にならって池に目を落とす。水面に映っている彼が顔を上げたのが見えた。
「俺は」と大倶利伽羅はぼそりと言った。
「俺は確かにあんたを見てはいたが、だがそれだけだ。これからもあんたに何かを要求するつもりはない」
私はかっと頬が熱くなった。ただしそれは羞恥心ではなく、怒りからであった。
なんて言いぐさだろう。まるで自分のことしか考えていない。私はこんなにもあなたと目を合わせたくて仕方がないのに……。そんな風に拒絶するのなら、最初から私を見ないでほしかった。
「ずるい人」
「ああそうさ。でもあいにく俺は人じゃないんでね」
吐き捨てるように言われた大倶利伽羅のその言葉が、私の心に棘のように突き刺さった。
それが私の、そして己自身の心を受け入れられない理由か。
手持ち無沙汰に欄干に乗せていた手を、ぎゅっと握りしめる。
──人だから何だ。人じゃないから何だというのだ。元が刀剣だとしても、あなたは今、人と同じように呼吸をし、血を流すだろう。口よりも物を言う目を持っているだろう。
私が咲かせた花は、実を結ぶことなく枯れてしまうのか。
そ、と握りこぶしに重ねられた褐色の手。思わず顔をあげそうになったが、なんとか抑えこんだ。彼から触れてくれた、その体温を離したくなかった。
「……一度しか言わないから、聞いたらすぐ忘れろ」
しぼり出すような声だった。首のあたりに痛いくらいあの視線を感じた。
「俺はあんたと慣れ合わないし、連れ添ったりもしない。──だが、俺はこの先もずっとあんただけを見てる」
力のぬけた私の指を、大倶利伽羅の指が包みこむ。温かかった。震えていた。生きているものの手だった。
どうしてこれが、人ではないのだろう。
なんとなく、今なら顔をあげてもいい気がした。今をのがせばもう一生大倶利伽羅の目は見られないと感じた。
ゆっくり、ゆっくりと首を動かす。──はたしてそこに、金糸雀色の瞳があった。望んでいた形ではなかったけれど、それは間違いなく彼の、彼だけの色だった。
「大倶利伽羅は、優しい目をしてますね」
「俺の目が?」
「ええ」
「俺は優しい目をしているのか」
おどろいたようにくり返した大倶利伽羅は、やがて「そうか」と口元をほんの少しだけゆるめた。笑っていたのかもしれなかった。
「あんたにそう見えているのなら、俺はもう充分だ」
あふれる涙を止めることができなかった。どんなことがあっても決して泣いたりだけはすまいと決めていたのに、彼があまりにも満足そうに言うものだから、私はぼろぼろと涙を流し続けるしかなかった。
今の言葉でわかった。大倶利伽羅の瞳はこの瞬間、私のものになったのだ。彼がくれた、私だけの──。
心の花は実ることはなかったけれど、それでも確かに、この繋がれた手の中には、誰にも見えない、小さな種があるのだ。
私はそれをこぼさないよう、強く強く握りしめた。
(20200513/25*la)
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