治金丸
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庭の木々もすっかり裸ん坊になって、久しく。この本丸にも、ぴゅぴゅうっと空っ風が吹く時期が訪れていました。
夏のうちは大きく開け放していた障子も、最近はぴったり閉じられていて、アリの這い出る隙間もありません。
西暦2205年──どれだけ目まぐるしく科学技術が発展したとしても、この国の、この季節に生きる人間(※つまり私)は、はるか昔に発明された偉大な暖房器具から抜け出すことはできないのです。
「あったかいねえ」
「うん、あったかいな」
分厚い布団を首まで引き上げ、台に頬をぺたりとくっつけます。体はぽかぽか、顔はひんやり、いい気持ち。
私のとなりでは、私と同じ体勢で、こたつという名の悪魔にとらわれている治金丸が、まったくパンケーキに乗ったバターのように、表情をとろりとさせていました。どうやらこたつは、人間だけでなく、刀の付喪神さえも虜 にしてしまうみたい。
さて。梅に鶯 、牡丹に唐獅子 。こたつといったら、もちろんみかんです。
台の真ん中で、茶色いかごにこんもり盛られたみかんたちが、つやつやしく輝いています。まるで、「早く私を食べて」と言っているかのよう。
おもむろにその中のひとつに手を伸ばすと、私の動きを察知した治金丸が顔を上げました。
「こたつで食べるみかんって、普通に食べるよりも美味しく感じるんだよね」
「そうかな」
「そうだよ」
「ふうん」と、わかったような、わかってないような声を漏らして、むんずとひとつ、みかんをつかみ取る治金丸。
私は両の手で、みかんをもみもみとほぐしていきます。それを治金丸が不思議そうな目で見つめてくるので、「これはね」と口を開きました。
「皮をむきやすくしてるの」
「本当に ?」
「うん、治金丸もやってみなよ」
治金丸はどうも半信半疑なご様子。それでも構わずみかんをもみ続ける私を見て、彼はやがて、えいっと手元のみかんに力を込めました。
「あ、でもあんまり」
強くもむと破れちゃうから、と続くはずだった私の言葉は、治金丸が「あいじゃ!」と叫んだおかげで、喉から出ることなく消えていきました。
はじけた皮から飛んだみかんの果汁が、治金丸の顔を襲ったのです。
かごの横に用意してあったティッシュを数枚抜き取り、彼の顔をぬぐいます。
「ごめん、言うのちょっと遅かった」
べとべとのみかんに両手をふさがれ、私になすがままぬぐわれている治金丸が、何だかおかしくって、思わずふふふと笑いがこみ上げてきました。
治金丸は下唇をむっと突き出し、「悪いと思ってないだろ」とこちらを睨みます。
「思ってる思ってる」と返事をしつつ、ティッシュを丸めて部屋の隅のゴミ箱に放り投げ(ナイス!)、いまだ彼の手の中にいる無残なみかんを救出します。皮の破れた部分に指をくっと入れ、ぺりぺりとむいていき、現れたみずみずしい果肉を数房、治金丸の口元に押しつけました。
じとっとした目つきのままもぐもぐ口を動かす治金丸にへらりと笑みを返し、残ったみかんを自分の口に放ります。あー、やっぱりこたつとみかんの相性は抜群だなあ。
まもなくごくりと飲み込んで、はあ〜と大げさなため息をついた治金丸は、「いんちきだよなあ」と小さく漏らすのでした。
「はい。今度は優しく、優しーくね」
新たなみかんを渡せば、ぱちぱちと二、三度またたきをしてから、彼はおそるおそる受け取りました。
みかんの側面に親指を這わせ、押すのは決して強すぎない力で。くるくる、くるくる、両手で回して、まんべんなくもんでいくのです。するとね。
「皮と実のあいだに空気が入って、むきやすくなるんだよ」
私のやり方をじいっと見て、治金丸も同じように、くるくる、くるくる、優しい力でみかんをほぐしていきます。ぷちぷちっと繊維が皮の内側でちぎれて行く感覚が、彼の手のひらにも伝わったみたいで、「おお……」と感心した声をあげながら、治金丸は熱心にみかんをもみ続けました。
そうしてだんだんふにゃふにゃになっていったみかんを逆さまにして、おしりのほうからぺらりぱらり、ひとつの花の形になるように、皮をむいていくのです。
「どう? むきやすいでしょ」
私が得意気な調子でそう言うと、治金丸は「うん」と素直にうなずきました。
「ヤマトのみかんは、すごく 柔らかいんだね」
「そうかな、普通じゃない?」
「ウチナーのみかんは皮が厚いからさ」
カーブチーって知ってるかい? あれはそのまま、皮が分厚いって意味でね。
治金丸はむき終えたみかんを半分に割り、その片一方をあぐっと口に放りこんで言いました。うわあ、大きい口……と見惚れながらも、私は以前、沖縄を訪ねたときに見た緑色の柑橘類を思い出していました。
シークヮーサーより一回り大振りの、ちょっぴりでこぼこした、緑のみかん。きっとあれがカーブチーだったのでしょう。言われてみればシークヮーサーは絞った果汁を使うほうが一般的だし、そもそも種が多いので、皮をむいてもこんな風に気軽に食べられるものではなかった気がします。
治金丸は、残ったみかんの塊を、ん、と私の口元に持ってきます。「大きいよ」と私が言えば、彼は「悪い悪い」とからから笑って、それをさらに半分こにしました。絶対悪いと思ってない顔をしてるな。あれ、なんだかデジャブ。
私の口にみかんを入れる際、ちょん、と彼の親指が、私の唇に触れました。こたつの外に出ているはずの顔が、首筋が、彼に触れられた唇が、無性に熱く感じます。
「……うん。こたつにみかん、でーじまーさんだな」
頬杖をついた治金丸は、私に触れた指先をぺろりと舐めて、そうこぼしました。
──いんちきって、ズルいって。たぶん、さっきの治金丸も、こんな気持ちだったのでしょう。彼は負けず嫌いだから、やられっぱなしは性に合わないのです。
だけどね、それは私も同じこと。
「……もういっこ、好きな食べ方があるんだけど」
盛られたみかんをまたひとつ、ひょいとつかみ取って、治金丸に視線を投げかけます。声色の違いが伝わったのか、彼は「ほほう、どんな?」と、ひそやかに聞き返します。
「柚子 みたいにね、お風呂に浮かべるの」
それで、ほこほこに温まったみかんをお風呂に浸かりながら食べるんだ。甘さがうんと増してて、とっても美味しいんだよ。
彼の目を見つめたまま、最後まで言い切る勇気はありませんでした。手元のみかんに視線を落として、静かに息を落ち着かせます。
治金丸はどんな反応をするでしょう。もしかしたら気づいてないかもしれません。ううん、やっぱり、すうっと目を細めているかもしれません。
負けず嫌いで、やられっぱなしは性に合わない私たちだから。きっと彼はもうじきこう言うのです──
「 上等だね、今夜一緒にやってみようか 」
やわらかオレンジ攻防戦
(20231230/にこら)
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