治金丸
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うちの脇差は、誰に似たのかみんな意外と大雑把で、お風呂に入ったあと、濡れた髪をそのまま放りっぱなしにする男士が多い。手入部屋に一度入ればキューティクルは修復されるのだけれど、お風呂上がり、廊下や畳にぴたぴたと雫を振りまかれることは、さすがに見過ごすことができない。
ある晩、とうとう我慢ならず、1振りをつかまえてドライヤーをかけてやった。温風とともに髪をすかれる感覚が彼はお気に召したらしく、次の日もやってくれないかと頼まれた。自分でやればいいのに、と思ったけれど、先も述べたように彼らは大雑把なので、きっと乾ききらないうちに終わらせてしまうだろう。ああもうしょうがないな! と了承した、そのまた翌日、彼は三度 私のもとにやってきた。他の脇差を、何振りか引き連れて。
ドライヤーの話をうっかり漏らしたら、僕も俺もと名乗り出があったらしい。くらりと目眩を覚えたものの、こうなりゃ1振りも2振りも5振りも同じである。
その晩から、脇差の髪を乾かすのは私の仕事になった。とはいえ、毎晩全員を相手するのはさすがに時間がかかりすぎる。私が感じていたことを、彼らもまた同じように感じていたようだった。
やがて、「一晩につき2振り」というルールが暗黙のものとなった。彼らがどう順番決めをしているのかは知らない。毎回同じ組み合わせではないから、くじ引きでもしているのかもしれなかった。§
──その日は疲れがたまっていたせいか、つい長風呂をしてしまった。はっと気づいたときには、すでにいつも脇差たちが私の部屋にやってくる時間だった。
私は人を待つのも待たせるのも苦手な性格である。お風呂上がりのケアを簡単に終わらせ、いそいで部屋に戻った。今夜は誰が来るんだろう。成り行きで決まった習慣だけれど、結局のところ、私も毎度楽しんでいたのだ。
「あ」
「やあ」
治金丸が、私の部屋の前の縁側に腰をおろし、月を見上げていた。普段はきれいに編み込まれているみつあみはほどかれ、胸の真ん中あたりまで髪がゆるく流れている。
「そんなにアワティーハーティーしなくても良かったのにさ」
ひょいと軽い動作で立ち上がり、治金丸は私に向き直る。
でも、と私は口を開く。
「待たせちゃうのは、嫌だったから」
「っはは」
ほがらかに、治金丸は笑った。あわい月の光が、彼の顔を半分だけ照らしている。
「オレたちは好きでここに来るんだ。だから、いくらでも待つよ」
そんなことを言われて、照れない人間がいるだろうか。この頬の熱さは、お風呂上がりだからということにさせてもらう。
「そういえば」と、私はごまかすように話を逸らした。ごまかせていたかどうかは、わからないけれど。
「今日は治金丸だけ? もう1振りは?」
私の問いかけに、「うん」と彼は苦笑した。
「今日はオレと鯰尾だったんだけど、昼間の馬当番のときに、ひと騒動あったらしくてね」
ああ、と今度は私が苦笑する番だ。
「先に入ったんだ」
「そういうこと」
うなずいた拍子に、髪がゆれる。水気をふくんだそれを見て、私は当初の目的を思い出す。
「それじゃあ治金丸、髪乾かそうか」
すら、と障子を開き、彼を部屋の中へ招く。私に続いて、治金丸は敷居をまたいだ。
今夜は彼と私の、ふたりだけ。その事実に、ひっそり心がおどった。
ドライヤーを取り出し、コンセントにセットする。彼の髪は羽のようにふわふわしていて、触り心地がとてもいいから好きだ。何度か触れさせてもらったときの感触を思い出していたら、「主」と声をかけられた。大げさなくらい肩がびくつく。いや別に、やましいことは考えてない、はず。
「なあに?」
「先に乾かしたらどうだい?」
ぴょんと跳ねた私の毛先を、治金丸はつまむ。あわてて来たから、まだちょっとだけ湿っている髪。彼の言うとおり、確かにこれ以上放置したら明日の朝整えるのに時間をくうだろう。私は手入部屋では直らないのだから。
ふと気づけば、私の手から治金丸の手の中へと、ドライヤーは引っ越しをしていた。
「オレが乾かしてやろう」
「え!? いいよ、自分でやるよ!」
「遠慮しない遠慮しない」
後ろを向かされ、肩を押される。彼に力で敵うはずもなく、大人しく腰をおろせば、「それじゃあ、始めますか」の声と同時に、ドライヤーがぶおおんと風を吹き出した。
「お、お願いします」
「お願いされました」
風のうなりを通り越して、治金丸の声がするりと耳に入ってくる。後頭部から髪に手を差し込まれ、前へとすかれていく。時折、耳に触れたり、首をかすめたりする指が、熱い。
「痛くないかい?」
「だいじょうぶ」
「そうかー……じゃあ──怖くない?」
耳たぶを揉まれる。
みみちりぼーじ──ふっと脳内に、彼の逸話が浮かんだ。
「怖いよ」
──怖いに、決まってるじゃないか。
付喪神。刀。刀剣男士。人間とは異なる存在。
私は彼らの主ではあるけれど、彼らより、うんと弱い存在なのだ。
「なら」
どうして笑ってるんだい。
ドライヤーの音はいつしか聞こえなくなっていた。今部屋に響くのは、私と彼の話し声だけ。
笑ってる? そうか、私は今、笑ってるんだ。
それはきっと──
「嬉しいから、かも」
怖くないのかと聞くということは、つまりそれを恐れているのだと、そう思ったから。
だから。
「怖いけど、治金丸は怖くないよ」
己と違う存在は、怖いものだ。接し方を少しでも間違えれば、たちまち命を落とすだろう。でも、ねえ、治金丸。私、きみにはもっと触れたいと思うんだ。
彼は答えないかわりに、ドライヤーのスイッチを再び入れた。温かい風と冷たい風を交互に当ててくれる。私が以前、教えたとおりに。
「……こんな感じかな」
ようやく彼が口を開いたころには、さっきの会話はどこへやら、まったくいつもどおりの様子だった。なので私もいつもどおりを装って、自分でちょちょいと手櫛を通し、髪を整える。
「うん、ありがとう。次は治金丸の番だよ」
一瞬、瞳の奥が揺れたのを、私は見逃さなかった。
「そのために来てるんでしょーが。今さら逃げないでよ」
目を逸らさずそう言えば、治金丸はあちこち視線を泳がせたあと、「……参った」と手を上げた。
ドライヤーを受け取り、彼の背後へと回る。脇差の中でも特にたくましい、男の子の背中。だけどこの時だけは、いつもよりちょっとだけ小さく見えた気がした。
ぶおおん。ドライヤーが息を吹く。ふわふわの髪をすいていく。やっぱりこの感触が好きだなあと思う。
触れ方も、接し方も、この先絶対に間違いたくはない。
「また今度、私の髪乾かしてくれる?」
風の音にまぎれて消えてしまってもいいと思いながら呟いた言葉だったけれど、彼の良すぎる耳は、ちゃあんと拾ってくれたようだ。
治金丸は、うんと小さくうなずいた。
(20220715/にこら)
