治金丸
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8月もいよいよ終わろうという、今日このごろ。いつしかミンミンゼミの声は消え、かわりに庭に響きわたるは、ツクツクボウシの大合唱。
けれども太陽はいまだ元気いっぱいのご様子。相も変わらずその強い日差しを、海に、山に、町に、そしてこの本丸にかんかんとそそいでいる。
「んー……」
ずっと同じ体勢でいたせいでこり固まった背中をほぐそうと、一度うんと伸びをした。
先の連隊戦ではしゃにむに海辺へとくり出したため、かなりの小判を消費してしまった。そのうえ通行手形を購入した際の書類はすべて後回しにしていたので、月をまたいでしまう前に、現在、死に物狂いで処理を終わらせているのだけど──さすがに、集中力が切れてきた。
ふっと空っぽになった頭のまま、庭に目をやる。この位置からでも望める、たくさんの色鮮やかな夏の花たち。赤、青、ピンク、どれもこれも日光をうけて美しく咲き誇っているが、その中でも、ひときわ大きな存在を放つそれ。さっきの私と同じように、背筋をしゃんとまっすぐ伸ばして、精一杯太陽にふり向いてもらおうと追いかける、その花の名は。
「……」
踏石の上のサンダルを軽くつっかけて、導かれるように近づいた。遠くからだとわからなかったけれど、よくよく見るといくつかの葉がよれてしおれていた。
わきにあったホースを手にとり、水をまく。さああ、と涼しげな音を聞いていると、ぼうっとしていた頭が、少しだけすっきりしたように感じる。
それにしても、今日はほんとにいい天気だ。雲ひとつない青空のてっぺんで、太陽が強烈な光を放っている。きらりきらきら──くらくらり。
「ここにいたのか」
──そう、声が聞こえたのと、視界に影がさしたのは、ほとんど同時で。
「いやあ、部屋にいないからびっくりした よ」
頭に乗せられた麦わら帽子をおわてておさえ、振りかえる。真っ先に目に飛びこんできたのは、陽の光を一身にうけて輝く、彼の黄金色の髪だった。
「あれ、なんで治金丸が……?」
「だい兄に頼まれたんだ。お疲れの主に、差し入れを持ってきたよ」
ほら、と指差された先を見やる。私のお気に入りの湯吞みとお茶請け(たぶんあれは水まんじゅうだ)が乗ったお盆が、ぽつねん、縁側に置かれていた。
「だい兄はちい兄に呼ばれて、ちょっと手が離せなくてね。だからオレが来たのさ」
「そっかあ。わざわざありがとうね」
差し入れと、あとこれも。くいっと麦わら帽子のつばをつまめば、その心は伝わったようで、治金丸は「うん」とうなずいた。その動きにあわせて、彼のみつあみがさらりと揺れた。
「人は夏の暑さに弱いんだろう。油断大敵だよ、主」
ああ、どうやら彼には、すべてお見通しみたいだ。長いこと座って作業をしていたのにいきなり立ち上がり、炎天下のもとに飛び出したのだから、めまいを起こすのも当たり前のことだった。
くらくらする頭を帽子ごとおさえていると、「代わろうね」という言葉を認識するよりも早く、私の手の中からはホースがすっと拐われていった。あまりにもなめらかな動作だったので、私はそのことに数秒気づくことができなかったほどだ。
「立派なヒーグルマだね」
「ひー?……ああ、日車 !」
日輪草 、望日蓮 、迎陽花 ──以前、興味本位で調べたことがあった。この花には、実にたくさんの呼び名がある。そのうちのひとつが、日車だ。
「ヒーグルマ、沖縄ではそう呼ぶんだね」
いろんな名前があるけれど、どれもこれも「太陽」を意味するものばかり。過去の人々はみな、この花に太陽を見たのだろう。
「名前、か……」と治金丸が小さくつぶやいたのは、その時だ。
「主」
「ん?」
「主に名前がないというのは本当 かな」
──面と向かってそう問われたのは、初めてのことだった。どうしてそれを、とも思ったけど、別に秘密にしていたわけではないので、誰かがどこかで話していたのを聞いたのだろう。彼の耳は、特別に良いものだから。
できるのなら彼には、彼にだけは、あまり打ち明けたくなかったのに。
「名前がないって、どんな気持ちなんだい」
「あー」とわざとらしく唸って顔をそらすも、治金丸の視線は私をとらえて離さない。
これはもう逃げられないなあ、と、ひとつ息をつき、腹をくくった。
「私の霊力が他の審神者よりも少ないってのは気づいてる……よね、さすがに」
ちらりと横目にうかがえば、彼は「うん」と首を縦にふった。
「特別な力を持たないただの人間が神さまを降ろすには、相応の対価が必要だったんだよ。当然だけど」
私は、膨大な霊力を保持してたから時の政府直々にスカウトされたわけでも、代々審神者をつとめてきた家系に生まれたわけでもない。本当に、ただの一般人だ。いくら必死に勉強したからといって、私自身が発揮できる霊力なんてたかが知れている。そんな私が審神者になれたのは、なぜか。
「名前って、生まれて最初にかけられる呪 いでしょ」
言霊、ともいうように、言葉のうちには霊力が込められている。生まれたばかりのまだ何でもない「もの」を、「名前」をつけることによって、肉体と魂を縛りつけるのだ。
その命の原点ともいえる名前を抹消し、そこに込められていた霊力を己に還元することで、私は他の審神者たちにようやく追いつくことができた。私は自分の名前と引き換えに、審神者になったのだった。たった1振りの神さまに、どうしても会いたかったから。
「つらくないの?」
「うーん……どうだろね。失くしてから気づいたんだけど、名前なんかなくたって、意外と生きていけるもんだよ、不思議なことに」
名前があろうとなかろうと、私は私なのだから。この本丸の審神者であることに、迎えた刀剣男士たちの主であることに、変わりはない。
「きみだってそうじゃない?」
名前なんて、あってないようなもんでしょ。
ねえ治金丸、手金丸 ──千代金丸。
「境目がわからなくたって、どれだけ影になろうとしたって、今こうしてお茶を運んできてくれて、私に帽子をかぶせてくれたのは、きみなんだからね」
「……うん」
名前は、呪 いだ。
あの蝉がツクツクボウシであることを知っている。向日葵 にたくさんの呼び名があることも、私は知っている。名前の数だけその身は、魂は縛られる。
けれど。
「大丈夫、なんとかなるよ治金丸」
なんくるないさー、だよ。
(20210901/にこら)
