治金丸
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それはまるで、木槿 の花がしぼむ音が聞こえるほど静かな、夜の秘めごと。私と治金丸は、展望の間で海を見下ろしながら、そおっと身を寄せあっていた。おさない子どもがないしょ話をするときのように、ひとりとひとふりが溶けあい混ざりあい、やがてひとつになれるように。
昼間、縁側で彼とすれちがった際に。私は近侍と、治金丸は兄弟刀とともに歩いていたので、くちびるを揺らす程度の、音にもならない声で伝えたの。彼の耳なら、きっと拾ってくれると願いをこめて。曲がり角でこっそり振り返ってみると、はたして治金丸もこちらを見て、ゆうるり、目を細めていた。
おたがい誰にも見つからないように寝所を抜け、この部屋で落ちあったのが数十分前。それから言葉を交わすでもなく、私たちはただただとなりの熱を確かめあっている。
部屋に入り、月の光に照らされた治金丸をみたとき、とてもびっくりした。最近彼のためにと購入した、黄色い着物をまとっていたから。舞ったり飛んだりがお得意の彼には、こういう服装は少し窮屈かもと思ったけれど。「特別なときに着ようかな」と本当に嬉しそうに笑った彼の、その「特別なとき」が今夜だったんだなあって、そう思ったら、頭の端っこがちりちりとしびれて、海に向かってわああと大声で叫び出したくなった。
さらり。夜風にゆれた治金丸の髪が、私の頬を撫でた。普段はきっちり先までほどこされている編みこみは、耳の下あたりでゆるく終わっていた。
戦うための装束でも、日々の業務をこなすための内番着でもない。「特別なとき」の服装の、特別な髪形。
気を、許してくれているのかなあ。私は、思いあがってしまっても、いいのかなあ。
「あるじ、」
「……あ。え?」
あんまりにも綺麗で心地よい音だったから、それが治金丸の声で、おまけに紡がれているのが私のことなのだと、気づくのに数秒かかってしまった。思いのほか大きな声で聞き返した私のくちびるに、「しーっ」と彼の人差し指が触れた。
「せっかくの逢瀬だよ、他のやつらに気づかれたくないよね」
──逢瀬。治金丸も、今夜のこれをそう思ってくれているんだ、って。そんな。目の奥がちかちかして、くらくらして、ああ、ああ、もうだめ。
静かになった私を見つめて、彼は「上等」と微笑む。
「ところで主。昼に言ってくれたことだけど、今度からはオレに言わせてほしいな」
「え、こ、今度……?」
「うん。女の子に誘わせては、男の立つ瀬がないからさ」
それはオレの役目だよ。
耳元でささやかれた治金丸の声は、やがて大きなうねりとなって流れこんでくる。耳から脳に、そして心臓に。
またこうして会ってくれるの、とか。それはどういう意味なの、とか。ほんとは聞きたいことがたくさんたくさんあったけど、そんな風に言われてしまっては、もう何も聞けやしない。きっともう、言葉なんて必要ないのだろう。だって、薄い布越しに感じる彼の鼓動が、私とおんなじ速さで動いている。
特別なときの、特別な服装で、私たちはこれからも、特別な時間を過ごすことになるの。「よる、うみのみえるへやで」
(20210823/にこら)
