治金丸
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色なき風が落としたイチョウの葉が、膝のうえにひらりと舞ってきたのを見て、治金丸はようやく、自分がぼうっとしていたことに気がついた。日のあたる縁側で、足をぽーんと投げ出して、何をするでもなく、ただ時間だけが過ぎていったようだ。
小さな兄の目をぬすんで頂戴してきた煎餅のこともとんと忘れていたし、せっかくいれたうっちん茶も、すっかり冷めてしまっている。
葉の柄をつまみ、くるくるりんと回してみた。──うん、これは、あれだな。自分の髪と同じ色に染まったそれは、なんとなく、このだだっ広い本丸の中をあっちこっち、ちょこまかと動きまわる彼女の姿に似ている。
ふ、と頬をゆるめた治金丸の耳に、廊下の角のむこうから、とんとんと誰かが小気味よく歩いてくる足音が飛びこんできた。この重さは短刀か、脇差か……。いや、屋内での戦を心得ているからこそ、己を含めた彼らはかえって足音を立てたりしないだろう。それに何より、ちょっぴり調子のはずれた鼻歌も聴こえるではないか。
治金丸はくっと声を押し殺して笑うと、さっきまでの緩慢さはどこへやら、音もなくすっくと立ち上がり、木枯らしが吹くように、ぴゅうと曲がり角へ駆けよった。
「やあ」と治金丸が顔をのぞかせれば、「ぎゃあ!」と審神者は素っ頓狂な悲鳴をあげて、持っていた紙の束を宙にまき散らした。それらを造作もなくひょひょいと捕まえて、治金丸は「ごめんごめん」と驚かせてしまったことを謝った。どうも心がはやってしまったらしい。
「あーびっくりした……治金丸かあ」
乱れた髪に手櫛をとおしながら、彼女はほんの少し眉をひそめて治金丸を見つめた。そんな顔してもまったく怖くないんだけどな、と頭のすみっこで思いつつも、治金丸はもひとつ「ごめんな」と繰り返し、集めた紙を差し出した。
「ひとり? 何してたの?」
審神者はそれを受け取ると、治金丸の背後に目をやった。縁側に置かれた湯呑みと木皿が、ぽつんと彼の帰りを待っていた。はて、オレは何をしていたんだろうか。
「日向ぼっこ、かな?」
「いや、私に聞かれても……」
「それもそうだ」
治金丸がからっと歯を見せて笑うと、審神者のほうもいよいよ「なにそれー」と頬をほころばせてくれた。──ああ、やっと笑ったね。クチナシ の花のように愛らしいこの笑顔を、治金丸はいつも良いなと思っていた。
「それにしても、治金丸って結構いたずらっ子なんだね」
ところがこの、呆れ半分、新しいものを発見した嬉しさ半分を含んだ声色で言われた言葉に、おや、となった。
「いたずら? オレがかい?」
治金丸は考える。煎餅を失敬したのがバレれば、ちい兄には「このいたずら小僧 !」ととっちめられるだろうが、彼女に対して何かをした覚えはさっぱりない。ん、先ほど驚かせてしまったろうって? いやあ、記憶にないな。
白と黒の脇差兄弟のようなことを言ってみたところで、話を戻そう。
「誰かが通るたびに驚かしてたんじゃないの?」
「まさか!」
思わず声を荒らげた。誤解されてはたまらなかった。
「オレが声をかけたのは主だけだよ」
そもそも驚かせようとしたわけでもないんだけれど、というのは心にとめて、一番訂正したかった箇所だけを伝えた。
「私、だけ……」
「うん」
「な、なんで……?」
「うーん」
なんでかな。治金丸はぽり、と頬をかいた。実のところ、治金丸自身もよくわかっていないのである。
ここ最近、ぼうっとしていることが多くて、ともに内番をつとめる相手に注意されることが増えた。あまり食も進まない。手 の鍛錬だけは何も考えずひたすら打ちこむことができるのだが、それが終わればまた何事にも身が入らなくなるのだ。
ただ、ひとつだけ──目の前の彼女のことだけは、どんな時でも心のどこかで追い求めているように思う。現に先ほども、なんの変哲もない1枚の葉を彼女と重ねて見ていたし、足音だって鼻歌だって、彼女のそれだとわかったとたんに心臓がおどったものだ。
──これはいったい、なんだろう……。
ふと審神者に目を向けると、彼女は何やらむずむずした様子で、自分の爪先を見つめていた。抱えている書類をぎゅうっと抱きしめ、髪の隙間からのぞく耳は、まるでホウセンカ で染めたかのように色づいている。
あ、と治金丸は思った。ああ、そうか、そういうことか。
「主」
治金丸が己でもびっくりするほど優しい声で呼んでも、審神者は床板とにらめっこをしている。指の先をそわそわ動かして、「うう」とうなる小さな声が、治金丸の耳にしかと届いた。
「主、顔をあげてよ」
「……やだ」
「どうしてさ」
「だ、だって、今絶対変な顔してるし……」
「オレは見たいな。変な顔も、笑った顔も、怒った顔も、泣いた顔だって」
彼女の一挙手一投足が、治金丸をつかんで離さない。いつだって心の中をせわしなくさせた。
だから、これはお返しだ。
「『秋の夜半 の み空澄みて』」
「んなっ、え、聴いて……!?」
「耳がいいのが自慢でね。ちょっと音程はズレてたけど、まあご愛嬌ってやつかな」
ぱっと真っ赤な顔をあげて、審神者はふくれる。ころころ変わる彼女の表情を、いつまでも見ていたいと思う。
そして叶うなら、その気持ちをゆり動かすのが自分であればいい。イチョウが黄色くなるように、彼女の心の中が、オレの色でいっぱいになりますように。
「やっぱり治金丸って、いたずらっ子だ……!」
「ははっ、そうかもね。だけど、主にだけだよ」
さあほら、早く。あのイチョウの葉のように、ひらりはらり、オレの元に舞っておいで。
(20210518/25*la)
