治金丸
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その日の始まりは、いつもと何ら変わりはなかった。
朝ご飯をみんなで食べて、遠征部隊の出発を見送って、今日の内番の割り振りを伝えて。それぞれが持ち場に向かったのを確認したのち、洗濯物を干すのが私の毎日のルーティンだ。これが終わらないと審神者業務に取りかかれないので、1分1秒たりとも無駄にはできない。時間との勝負なのだ。
やるぞ、と腕まくりをする私の前には、こんもりと大きなかごに入った洗濯物の山が3つ。細かいものは乾燥機にお願いできるけれど、広げて干さなければ型崩れしてしまうものだってあるわけで。
よーし、と心の中でつぶやいて、かごを1つ持ち上げたとき、
「やあやあ、手伝うよ」
ひょいっと他のかごが視界から消えた。顔を上げると、その小麦色の腕を惜しむことなく使い、両肩にかごを乗せた治金丸の姿があった。わあ、さすが。
「ありがとう治金丸、助かるよ」
「主1人でこれを運ぶのは大変 だよ。それに、これも鍛錬の一環ってね」
かご1つでも結構な重さがあるのに、それをまったくものともしないような涼しい顔で、治金丸はからりと笑う。
「じゃあよろしくね」
私も負けてられない、と腕に力を入れてかごを持ち直す。治金丸は「おお」とうなずいて、私の後ろをついてきた。そのさまが歩くたびぴょこぴょこ跳ねる髪とあいまって、なんだか親鳥についていくヒヨコみたいだなあと思った。§
抜けるような秋空にはうろこ雲が浮かんでいた。今日は本当にいい天気。竿にかけたバスタオルのしわをパンッと広げる。さあ、私の分はこれで終わりだ。
少し離れた場所で、同じように干してくれているであろう治金丸に声をかける。
「こっちは終わったよー! そっちはどう?」
けれど待てども返事はない。おかしいなあ、そんなに遠くに行ってないはずなんだけれど。第一耳のいい彼なら、離れていたって今の呼びかけを確実に拾ってくれているはず。
さっきまで彼がいたあたりに目を向けても、やっぱり黄色い影は見当たらなくて。
「おーい、ちがねー? 治金丸ー?」
もしかしたら、さっさと終わらせて帰ってしまったのだろうか。だとしたら一声かけてくれてもよかったのに……。置いてけぼりを食らって、幼子のようにちょっぴり寂しさを感じた。
かさりと草が揺れる音が聞こえたのと、背後からぎゅうっと強く抱きしめられたのは、ほとんど同時だった。
「──ああ、ごめんなぁ」
とろりと蜂蜜に浸したような声が、耳たぶに触れる。日に焼けたたくましいその腕は、間違いなく彼のものだ。
治金丸はそのまま、私の肩口に顔を押しつけた。羽のような柔らかな髪が、頬をくすぐった。
「ちが、」
「主、かなさんどー」
──それは、聞いたことのない言葉だった。
ああ、でも確か、「あちさん」が「暑い」だったはずだから、「かなさん」は……「悲しい」?
何か、悲しいことがあったのかな。どことなく声も震えているような気がしたし、そもそも治金丸はみだりにスキンシップをとるほうじゃない。そんな彼でも、人肌が恋しくなってしまうような出来事が、離れている合間にあったのかもしれない。
「治金丸がかなさんだったら、私もかなさんだよ」
よしよし、と、太陽を透かしたような髪を撫でる。光を反射する彼の髪があまりにもまぶしくて、目の奥がちかちかする。
私はあまり歴史に明るくはないから、治金丸の逸話は、彼を迎えたときに、彼自身から聞いた話しか知らない。書物やネットで調べればいろいろわかるだろうけれど、こっそり彼の秘密ことを暴こうとしているみたいで、なんだか嫌だったのだ。
でもせめて、私の本丸にいる間は、ひとつでも多く楽しい思い出を作っていってほしい。それが彼ら刀剣男士に身を、心を与えた、審神者の務めだと思うから。
「オレがかなさんなら、主もかなさんなのかい?」
「う、うん」
「……っはは、そうか」
そうかそうか、とくり返しながら、治金丸がくすくす笑う振動が伝わってきた。それでも、顔を上げた彼の表情は、いつもの燦々 とかがやく太陽のようなそれと比べて、どこか儚げだった。
「だい兄からは言われたことない?」
「え、千代金丸さん……?」
どうしてそこで千代金丸さんの名前が出てくるんだろう。引っかかりを覚えつつも、たずねられたとおり記憶をたどる。
「千代金丸さんは、そういう感情は──私には見せてくれないから……」
私が知るかぎり、彼はいつも笑っていた。凪いだ海の奥底に、怒りとか、悲しみとか、そういう負の感情の何もかもを全部、閉じ込めているかのように。
「そう、だな……だい兄はそういうやつさ」
「治金丸や北谷くんにも言わないの?」
「え? はははっ、ないない!──でも、だい兄はいつか、主には言う気がするよ」
健やかなるときも、病めるときも。
喜びのときも、悲しみのときも。
いつか、素直な気持ちを包み隠さずに、教えてくれる日がくるのだろうか。
もしもそんな日がくるとしたら、それはたぶん、とっても幸せなことだ。
「……うん、そうだといいなあ」§
「主、愛してるよ 」
おそらく彼女は、この言葉の意味を間違えてとらえているんだろう。でもオレは身勝手 だから、それを訂正してやらないのさ。間違いに気づいたら、この人はきっと、もうその言葉をオレに言ってはくれないと思うから。
主の心がだい兄に向けられてるのは知ってるよ。誰にも悟られないように振る舞ってるけど、だい兄だって、同じ気持ちを主に抱いてる。オレだからわかるんだ。
でも──それでも、許してくれないか。
この人は、影であるオレを太陽だと言ってくれた。だけど、オレにとっては彼女こそが太陽 だ。
触れることは叶わない。いずれこの身は溶けてなくなるだろう。それでもどうか、今この瞬間、手を伸ばすことだけは、許してほしいんだ。
(20220923/25*la)
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