目の前がチカチカして、もう何も考えられないぐらい苦しい。このまま誰にも気づかれることなく沈んでいくのかと思うと怖くて仕方ないが、それと同時に喜びを感じている自分がいた。耳鳴りがする。遠くから何かが近づいてくる音が聞こえる。瞬間、視界が銀色に染まり、勢いよく肺に空気が流れこんできた。
「ッは、ぇほ、げぇほっ! ぅぐ……ッ」
急に息をしたせいで胸に激痛が走る。いつもどんな風に呼吸をしていただろう。ぼろぼろと両目から涙がこぼれ落ちた。
近くの浜にいささか乱暴に放り出された後も、しばらく呼吸はままならなかった。みっともなく嗚咽を繰り返す私を、何も言わずただじっと見下ろす存在が一つ。ようやく私が落ち着きを取り戻した頃、見計らったかのように脳に直接声が響いた。
『何を考えている。死にたいのか、このたわけ者め』
「……別に、死のうとしたわけじゃないんです。でも……」
そこまで言って、先ほど感じた喜びを思い出す。そうだ、あの時は確かに──
「……このまま海の一部になれるなら、死んでもいいかも、とは思いました」
『……馬鹿げたことを。ああして死んでも海にはなれん。なきがらは海の生物に食われるだけだ』
「構いません。海の生き物の役に立てるなら……ルギアさまのおそばにいられる気がするから」
地平線に沈みゆく太陽を背に、海の神は立っている。白銀の輪郭が夕日の光でキラキラ輝いて、この世のものとは思えないぐらい美しかった。何よりも美しかった。
「ルギアさま、ルギアさま」
『……
◯◯』
「お慕いしております、ルギアさま」
『やめろ
◯◯。我らは相容れぬ存在だと、お前も承知のはずだろう』
ええ、その通り。私は人間、あなたはポケモン。私は人間、あなたは神。これは決して実ることのない恋心。
(だからこそ私は、)「はい、理解してます、納得してます」
『ならばもうそのような戯れ言をぬかすな』
「ごめんなさいルギアさま……それは出来ません」
『何……?』
「叶わないとわかってあっさり忘れられるほどの思いを、恋とは呼ばないのです」
海の神は目を見開き、しばらく沈黙した後、大きな翼で恐る恐る私の頭を撫でた。そっと、優しく、壊れぬよう。
『……お前は実に変わったヒトの子だ』
嗚呼そうやって甘やかすから、私はいつまでもあなたを忘れえぬのです。
茨の海
だからこそ私はこの思いを胸に抱きながら、海で眠りたいと願うの。
(20120120/25*la)