原型ポケモン
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咲きたいつぼみ
北風がぴゅるり、ぷうと吹きつけていた冬も、ようやっとカナズミの町をとおりすぎようとしていました。窓のむこうでは、お日さまが柔らかくほほえみ、寒さのなかまだかまだかとそわそわしていた花たちも、すこしずつその身をほころばせはじめているにちがいありません。
けれども、◯◯ちゃんは体が弱かったので(ほんのちょっぴり体を動かすだけで、こんこんとせきが止まらなくなったり、きりりとおなかが痛くなったり、かっかと熱が出たりしてしまうのです)毎日毎日、ベッドの上からおなじ景色を窓ごしに見ることしかできませんでした。ああ、わたしは春も、夏も、秋も、冬も感じることがないまま、このままずっとここで暮らしていくのかしら。◯◯ちゃんはいつもそう思っていました。──数年前までは。
こつ、こつと何かが窓ガラスをたたく音で、◯◯ちゃんはハッと目を覚ましました。どうやら朝のくすりを飲んだあと、うとうとしてしまっていたようです。起きぬけの頭でぼうっとしていると、もう一度、こつ、こつと聞こえてきました。
「まってて、今あけるから!」
◯◯ちゃんはぱっととび起きて、窓をあけました。ぶわっとあたたかい風が◯◯ちゃんの髪をゆらします。春一番とともに部屋に入ってきたのは、1羽のスバメでした。
スバメは天井の近くをくるくるまわってから、◯◯ちゃんのひざの上に着地しました。よく見ると、きれいな黄色い花をくわえています。
「うれしい。今年も来てくれたのね」と、◯◯ちゃんはスバメが差しだした花を両手でうけとって言いました。スバメはすこし照れたように、チュルリと鳴きました。
このスバメは、◯◯ちゃんのポケモンではありません。数年前から、春になると◯◯ちゃんのもとをおとずれるようになった、野生のスバメです。あるとき、仲良くしているふたりを見た◯◯ちゃんのママが、モンスターボールを持ってきてくれましたが、◯◯ちゃんはそれを使いませんでした。トレーナーとか手持ちポケモンとか、そういうものとは関係なく、ふたりはもう友だちだったので。
寒さが苦手なスバメという種族は、ホウエン地方よりはるか南にある国にわたって冬をすごします。そしてあたたかくなりはじめた2月ごろになると、またここに──彼らがねぐらにしている、カナズミシティ周辺に帰ってくるのです。
南国からカナズミにもどってきたこのスバメは、群れからはなれ、まっさきに◯◯ちゃんの家をたずねてきます。そしてそのときに、必ずひとつ、プレゼントを届けてくれました。
◯◯ちゃんがスバメをゲットしなかった理由は、ここにもありました。スバメが届けてくれるこのプレゼントを、◯◯ちゃんはとても楽しみにしていましたから。
外に出ることができない◯◯ちゃんにとって、春というものは、お日さまのあたたかさでもなく、光る風でもなく、そよそよゆれる色あざやかな花たちでもありません。こつ、こつと可愛らしく窓ガラスをつき、小さな愛らしいおみやげを届けてくれるこのスバメこそが、◯◯ちゃんにおとずれる春そのものでした。
さて、今年のプレゼントは、どうやらこの花のようですよ。
「すてき、なんてお花だろう」
まるで、やわらかい日差しのような優しい色。◯◯ちゃんはサイドテーブルにあった植物図鑑(外で遊べない◯◯ちゃんのために、パパやママはさまざまな種類の本を買ってくれるのです)を手にとりました。あてはまる特徴の項目を、スバメとひたいをつき合わせながら見ていきます。これでもない、あれでもない、これもちがうね──あ、ありました、ありました!
「へえ、アローラ地方のお花なのね」
図鑑によれば、同じ花でも種類によってミツの色がちがい、なかでもアローラに生息するオドリドリというポケモンは、そのすったミツの色によってすがたが変わるのだとか!
「ポワルンみたいなかんじかなあ」
ポワルンなら、このホウエン地方にもいるポケモンです。◯◯ちゃんは実際に見たことはないのですが、天気によってすがたが変わる、とポケモン図鑑で読んだことがありました。
世界にはいろいろなポケモンがいるんだなあ。それもこれも、スバメがいなければわからなかったことです。やっぱりスバメは野生のままでいるのが一番なんだわ、と◯◯ちゃんは自分に言い聞かせました。
「ねえ、アローラはどんなところだった?」
◯◯ちゃんは、スバメの羽をなでながら言いました。あたたかくて、おいしい食べ物がたくさんあって。きっとホウエンと同じくらい自然が豊かで、そしてそこで暮らす人やポケモンたちは、のんびりとゆるやかな毎日をおくっているのでしょう。
ふと、◯◯ちゃんは不安になりました。スバメはカントーにも、ジョウトにも、シンオウにも、アローラにも、◯◯ちゃんがまだまだ知らない他の地方にだって、自由に飛んでいくことができます。ホウエンの、カナズミシティの、家から出られない自分とはちがって。そしてスバメがおとずれた先は、ホウエンとくらべても負けないくらい魅力的で、もしかしたら──そう、もしかしたら、スバメはずっとそこに住んでいたいな、と思うかもしれません。
もし、スバメがそう決めて、もう二度とホウエンに──◯◯ちゃんのもとに、やってきてくれなくなったら。それは、とてもとても悲しいな、と思いました。と同時に、◯◯ちゃんは怖くなりました。無意識のうちに、ママがくれたあのモンスターボールをさがしてしまっていたからです。
スバメをゲットして自分のポケモンにしてしまえば、こんなふうに不安に思うこともなくなります。けれどそれをしてしまえば、スバメはもう◯◯ちゃんに、遠い国から春を持ってきてくれることはないのでしょう。
野生のままでいてと願いつつも、どこにも行かないでほしい、わたしをひとりにしないでほしい……。心のなかに存在する2人の自分が、◯◯ちゃんは怖くて、苦しくて、どうしようもなく泣きたくなりました。
目をうるませている◯◯ちゃんに気づいたスバメは、思わずぴょんと飛びあがりました。ついさっきまで笑いあいながらおしゃべりをしていた(ふたりは言葉こそ通じませんが、たしかに"おしゃべり"をしていたのです)のに、どうしたんだろう。いったいぜんたい、何が、この小さくてか弱い人間の子どもを悲しませているのでしょうか。スバメは◯◯ちゃんのほおにすり寄りました。どうか、この子に笑顔がもどりますように。いつもみたいに笑ってくれますように。スバメは、◯◯ちゃんの笑顔がいっとう好きでした。
じつをいうとスバメは、◯◯ちゃんにならゲットされてもかまわないと考えていました。スバメはカントーにも、ジョウトにも、シンオウにも、アローラにも、◯◯ちゃんがまだまだ知らない他の地方にだって、自由に飛んでいくことができますが、自分が帰ってくるべき場所だと決めたのは、ホウエンの、カナズミシティの、家から出られない◯◯ちゃんのもとだったので。
スバメが行く先々からおみやげを持ってかえるのは、◯◯ちゃんの笑顔が見たかったからです。かつては窓のそとを見ているようで、その瞳に何の色もうつしていなかった人間の女の子。彼女にたくさんの色を届けたくて、スバメは毎年、真心をこめて愛をおくったのです。自分が世界中で見てきた色を。誰よりも◯◯ちゃんに見せたかった色を。
けれど、自分が離れているあいだに、今みたいに◯◯ちゃんが泣いていたら? 自分に会いたいと、ひとりぼっちで泣いていたら? 長い冬のあいだ、自分たちは離ればなれ。遠い遠い海のむこうからは、すぐにかけつけてやることはできません。それならばいっそ、◯◯ちゃんにゲットしてもらったほうが、いつでもどこでも彼女の笑顔を守れるのではないでしょうか。
スバメは、◯◯ちゃんが自分をゲットするかしないかで迷っていることに気がついていました。せっかく仲良くなった友だち(家から出られない彼女にとって、自分ははじめての友だちだったのでは? とスバメは考えていましたし、実際そのとおりでした)と離れてしまうのは、とてもさびしいものです。さびしさのあまり泣いてしまう気持ちは、スバメにもわかります。巣立ちをしたばかりのころは、スバメも夜な夜な泣いていましたから。
さて、スバメのけんめいな思いが通じたのか、◯◯ちゃんの涙はしだいに引っこみました。優しい手つきでスバメをなで、「ごめんね」と小さく笑います。そこはありがとうと言ってほしいなあ、とスバメは思いました。そしてそのとき、スバメは決めたのでした。ただでさえ体が弱いのだから、これ以上まわりに迷惑をかけられない、と今までわがままを言ってこなかった◯◯ちゃん。ならばこの自分が、そんな彼女の背中をおしてあげようではありませんか。
「どうしたの?──あっ!」
ベッドの下にもぐりこんでいったスバメが見つけてきたものを見て、◯◯ちゃんは目を丸くしました。ほこりをかぶってはいますが、それはまぎれもなく、あの日ママが持ってきてくれたモンスターボールでした。
おどろいている◯◯ちゃんの手に、スバメはそれをそっと乗せました。かたいボール。冷たいボール。この中に、本当にポケモンが小さくなって入ってしまうのでしょうか。
◯◯ちゃんがおっかなびっくりそれを見つめていると、次の瞬間、スバメはおどろきの行動に出ました。◯◯ちゃんの手に乗ったままのボールのボタンをちょんとつつくと、赤い光がたちまち伸びて、あっという間にスバメをつつみこんでしまったのです。
「スバメ! なにしてるの!」
◯◯ちゃんはわけもわからず、かちかちボタンを押しますが、ボールは大きくなったり小さくなったりするだけで、スバメは中から出てきてくれません。
「どうしよう、どうしよう。スバメをゲットしちゃった……!」
◯◯ちゃんは手のなかのそれをぼうっと見つめました。
なぜ、スバメは自分からボールに入ったのでしょうか。その答えはすぐに浮かんできました。◯◯ちゃんがスバメとずっといたいと思っていたように、スバメもまた、◯◯ちゃんと一緒にいたいと思ってくれていたのでしょう。◯◯ちゃんはラルトスではありませんが、今だけはなんとなく、スバメの気持ちを感じとることができました。
それでは、なぜ、ボールから出てきてくれないのでしょうか。◯◯ちゃんが呼んでも、ボールはころりともゆれません。
途方にくれた◯◯ちゃんは、ボールを優しくなでました。さっきまでの冷たい感覚とはちがい、ほのかにあたたかさが伝わってきました。それはきっと、なかにいるスバメの体温なのだろうなあ、と◯◯ちゃんは思いました。
「スバメ」
もう一度、◯◯ちゃんは声をかけます。
「あなたとおしゃべりできないと、わたし、さびしいよう。お願い、出てきて──そばにいてよう」
するとどうでしょう。その言葉を待っていましたとばかりに、軽やかな開閉音が聞こえ、スバメがおどり出てきたではありませんか。スバメは目をまるくしている◯◯ちゃんにほおを寄せて、チュルリと鳴きました。◯◯ちゃんにはそれがまるで、いいよと言っているように聞こえたのでした。
「でもスバメ、ほんとにいいの? わたしといたら、寒くても他の地方にいけないのよ?」
北のシンオウとくらべるとあたたかいホウエン地方ですが、雪がまったく降らないというわけでもないのです。寒い冬にたえきれず、スバメが弱ってしまったら。◯◯ちゃんはそれが心配でなりません。
ところが当のスバメは、なんだそんなことか、とでも言うように、ふふんと鼻をならすと、するりと◯◯ちゃんの胸にすべりこんできました。モンスターボールごしに伝わっていた体温が、直接ぽかぽかと肌に感じられました。なるほど、こうやってふたり寄りそっていれば、寒さだってきっとへっちゃらですね。
そのうち◯◯ちゃんのママが、お昼ごはんを持ってやってきました。きゃらきゃら笑いあう◯◯ちゃんとスバメを見て、ママはほっとため息をつきました。それから、今度シンオウの知り合いにお願いして、ボールカプセルとシールをゆずってもらおうかしら、と考えたそうですよ。
「さあさ、お昼ごはんの時間よ。スバメも長旅でつかれたでしょう、ポロックを持ってくるから、ここで一緒に食べなさいね」
◯◯ちゃんとスバメは顔を見あわせ、元気よく返事をしました。
今年もやがて入道雲が空をおおい、紅葉が色づき、雪がちらちら舞って、そしてまた桜が咲く季節がめぐってくるでしょう。けれど、これからは春だけでなく、その新しい季節ひとつひとつを、◯◯ちゃんはスバメと一緒にむかえることができるのです。(20200201/25*la)