原型ポケモン
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あの広い空と握手をしよう
タアン、タン、タン。
うろこ雲がひろがる空に、花火があがりました。さあ、今日はまちにまった運動会です。
◯◯の家では、昨日の夜からお母さんがお弁当の下準備をしていましたし、お父さんだってこの日のためにカメラを新しく買いかえていました。
「おーい、◯◯は何にでるんだ?」
「玉入れと、50メートル走。あとね、リレーのアンカー!」
お父さんの問いかけに、頭にまいた赤いハチマキをぎゅうっとにぎって、◯◯は答えました。お父さんは自分のまあるいおなかをなでながら、「それじゃあおれも、あっちこっち走りまわらないとなあ」と苦笑い。「お父さんの運動にもなってちょうどいいわね」とお母さんもキッチンから顔をのぞかせました。
「ねえ、リオルも見にきてくれるよね?」
すこし離れた位置でぽつんと立っていたリオルに、◯◯は声をかけます。けれどいきなり話をふられたリオルは、びくりとふさをふるわせ、ソファーの後ろにさっとかくれてしまいました。
このリオルは、近所のお兄さんがゆずってくれたタマゴからかえった子です。お父さんとお母さんにはもうパートナーのポケモンがいたので、まだ自分のポケモンがいない◯◯がお世話をまかされたのですが、リオルはなかなか◯◯に心をひらいてくれずにいました。◯◯が何か言っても、リオルは目もあわせず、おどおどするばかり。◯◯は同い年の子のなかでは背がひくいほうでしたが、リオルとくらべるとうんと大きいので、「わたしはこの子よりもお姉さんなんだから、しっかりしなくちゃ」といつも思っていました。
「ポケモンも参加できる種目もあるから、きっときてね。きっとよ!」
ソファーの後ろからは、ちらっとしっぽの先が見えるだけで、返事はありませんでした。
校長先生のつまらないあいさつのあと、準備体操がおこなわれました。◯◯は体をうごかすことが──なかでも走ることがいっとう好きでしたので、運動会で活躍するために、誰よりもはりきって体をほぐしました。まわりで生徒を見守る保護者の最前列にお父さんを見つけたので、◯◯は笑ってしまいました。
さて、はじめに◯◯がでる種目は、玉入れです。かごが倒れないようおさえているゴーリキーを中心に、生徒が輪になります。
◯◯はまたもやカメラをかまえるお父さんのすがたを見つけ、手をふりました。◯◯に気づいたお父さんはにっこり笑って、となりにいた何かを持ちあげました。
「あっ」
青と黒のからだ──リオルです! あの引っこみ思案のリオルが、見にきてくれましたよ!
◯◯はうれしくて、大きく腕をふりました。リオルも恥ずかしそうに、小さくふり返してくれました。
よおし、せっかくリオルが見にきてくれたんだ、いいところ見せなくちゃ! ◯◯はそう意気ごんで、地面に置かれた赤いお手玉をかまえました。
「用意!」
──タアン!
スターターピストルが鳴り、みんないっせいにかごに向かって走り出しました。しかし、まわりががむしゃらに投げこんでいくなか、◯◯は小さなからだをいかして、地面に落ちているお手玉を拾いあつめます。じつは何度も練習するうちに、◯◯はコツを見つけていたのでした。これは一つずつ力まかせに投げるのではなく、いくつかの玉をまとめて、できるだけ近い位置から持ち上げるようにして入れるほうが効率がいいのです。
あるていど玉を集めた◯◯は、まわりの子をかきわけ、かごに近づきました。ちらっと白組のかごを見ると、なんと、向こうのほうが玉が多く入っているではありませんか。◯◯の腕にはたくさんの玉があります。これが全部入れば、逆転できるはず……。◯◯の顔に緊張が走りました。
と、そのとき、観客のなかにいるリオルと、ぱちりと目があいました。リオルはこぶしをにぎって、じいっとこちらを見つめています。ふしぎなことに、ふっと肩の力がぬけた◯◯は、リオルに向かってにやっと笑うと、「えい!」と玉をかかえた腕を持ち上げました。
トサッと小気味よい音がして、玉はかごに吸いこまれていきました。かごをおさえていたゴーリキーも、◯◯を見てうんうんとうなずきました。
終了の合図の笛が、ピーと吹かれました。勝負の結果は──みごと、赤組の逆転勝利です!
「◯◯ちゃんすごい!」
「よく思いついたね!」
クラスメートにもみくちゃにされながら、◯◯はリオルを探しました。まわりの歓声にけおされてお父さんの後ろにかくれていましたが、リオルは確かに、◯◯のほうを見て小さく笑っていました。
そのあと、綱ひき、ダンス、棒たおし……と進み、ようやくお昼ごはんの時間になりました。いつもは学校で給食がでますが、運動会の日はそれぞれ家族と集まってお弁当を食べるのが決まりでした。午前の部で◯◯が出場した種目は玉入れだけでしたが、力いっぱい応援をしていたので、すっかりおなかはぺこぺこです。
「◯◯、玉入れすごかったなあ」
お父さんはおにぎりを食べている◯◯の背中をばんばんとたたきました。
「あなた、それじゃあ◯◯が食べられないわ」
お母さんは、紙コップにそそいだお茶を◯◯に差しだしながら、お父さんをいさめます。◯◯はそれを受け取って、のどにつまったおにぎりをぐっと流しこみました。
そして、リオルはというと、そんな◯◯とお母さんのあいだに座って、モモンのみをもぐもぐ食べていました。「リオル」と◯◯が呼ぶと、ふさをびくっとゆらして、おずおずとこちらを見上げました。
「わたしね、きみのおかげで玉を入れることができたと思うんだ」
もし、はずしてしまったらどうしよう。あのとき、そんな不安が、胸をよぎりました。けれどリオルのすがたを見た瞬間、「あの子がわたしを応援してくれている」と気がつくと、自然とからだの奥底から自信がわいてきたのでした。
「わたし、このあともがんばるからね」
だから、わたしのこと、見ていてね。
お母さんお手製のおいしいお弁当でおなかを満たして、いよいよ午後の部が始まりました。団体競技がメインの前半とくらべて、後半は徒競走などの個人競技が多くをしめています。
『個人50メートル走に出場する選手は、入場門まで集合してください。くり返します──』
そのアナウンスをきいた◯◯は、クラスメートの応援を背中に、いさんで入場門まで走っていきました。だって今日は、朝からずっとずっと走りたかったんですもの。
入場門にはすでにたくさんの選手があつまっていました。背のひくい◯◯のほかは、みんな見るからに足のはやそうな、背のたかい子ばかりでした。大きな子たちにかこまれて、息がつまりそうでした。
「いたいっ!」
◯◯は思わずさけびました。白いハチマキの男の子が肩にぶつかってきたのです。
◯◯があげた声をきいた相手は、とおりすぎざまにこう言いました。
「なんだ、いたのか。小さくて見えなかった」
「ちょっと、あやまってよ!」
「おまえ、チビのくせに」
男の子の近くに、友だちだと思われる子が二人やってきました。自分の頭より高い位置からにらまれて、◯◯は足が強ばりました。それでも、あやまらないあっちが悪いのだと自分をふるい立たせ、にらみ返します。
「こいつ、玉入れのときも一人うろちょろしてたやつだ」
「チビは邪魔だから、むこう行ってろよ」
3番目の男の子が、◯◯の肩をどんとつきとばしました。そのいきおいでしりもちをついた◯◯が立ち上がる前に、入場行進の合図が鳴ったので、男の子たちのすがたは見えなくなってしまいました。
◯◯もあわてて整列しますが、頭のなかはさきほど言われた言葉でいっぱいでした。
チビ。
それの何がいけないのでしょう。◯◯だって、自分の背がひくいのを気にしていました。まわりの子はぐんぐん大きくなっていくのに、◯◯の背はすこし前から止まったまま。それでも、その小まわりがきくからだをうまく利用して勝とうとしていたのです。自分の持っている力を使って、いったい何が悪いというのでしょうか。
◯◯はとっさに言い返せなかったことがくやしくて、ぎゅうっと手をにぎりしめました。
そうしているうちにも時間はすすみ、◯◯が走る番になっていました。スタート位置につくと、
「なんだ、チビがとなりか」
となりのレーンには、あのぶつかった男の子が立っていました。あからさまに顔をしかめて◯◯を見ています。
「あ……」
◯◯が口を開こうとしたとき、ちょうどピストルが鳴りました。ほかの選手がいっせいに走りだすなか、◯◯は男の子に気をとられていて、うっかりスタートが遅れてしまいました。はじめに思ったとおり、みんな足がはやい子ばかりで、今からではとても追いつけそうにありません。
結局、◯◯は最下位でした。体育座りでうつむいていると、どこからか、男の子の笑い声が聞こえてきました。
クラスの応援席にもどってからも、◯◯の気分はしずんだままでした。ふだんの明るい性格はどうしたのだろう、とクラスメートは心配していましたが、あまりに落ちこんでいる様子の彼女に話しかける子はいませんでした。◯◯のクラスはみんな仲がよかったので、最下位になった◯◯をせめる声がなかったのは、不幸中のさいわいといえましょう。
さて、午後の部だって、個人競技ばかりというわけではありません。◯◯が朝、リオルに言った、ポケモン参加形式の競技が始まる放送が流れました。選手とポケモンがひとりずつペアになっておこなう、大玉ころがしです。
朝の時点では、◯◯はリオルと出場するつもりでいたのですが、残念ながら今は、とてもそんな気持ちになれませんでした。さっきの50メートル走も、きっとリオルは応援してくれていたのに。今の◯◯には、いつも自分に言い聞かせていた「しっかりしなくちゃ」がどうにも守れそうになく、リオルと合わせる顔がなかったのです。
もしかしたら、リオルはこれに出場するために、運動会を見にきてくれたのかもしれない。わたしに、すこしずつ、歩みよろうとしていたのかもしれない。──ですが今、心をとざしているのは、◯◯のほうでした。
それでも時間は、そんな◯◯に知らんぷりをして、どんどんすすんでいきます。
『それでは、本日最後の競技にうつります。紅白400メートルリレーに出場する選手は──』
聞こえてきたアナウンスに、◯◯はびくりと肩をふるわせました。朝はあんなに走りたかったのに、今はどうでしょうか。自分の気持ちがわからないまま、けれども自分はアンカーなのだからという思いから、無意識のうちに足を動かしていました。
入場門にあつまっている生徒のなかに、またもやあのぶつかってきた男の子のすがたを見かけたので、◯◯はとっさにかくれてしまいました。運動会の目玉でもある紅白リレー、足のはやい子が選ばれているのだから、当然のことではありました。
──もし、また笑われたらどうしよう……。
赤組のなかでも、◯◯と同じチームの黄色いゼッケンをつけた子たちは、うつむいている◯◯を見て緊張していると思ったのか、「力ぬいていきなよ」「おれたちが引きはなしておくから安心してゴールして」とはげましてくれます。そんな彼らに、◯◯は小さく笑いかえすことしかできませんでした。
──しっかりしなくちゃ。わたしはアンカーなんだから。しっかり……しっかりって、なんだろう……?
「しっかりする」とは、どういうことなのか、◯◯はわからなくなってしまいました。チビとからかわれても、無視することでしょうか。きちんとスタートの合図とともにとび出し、1位になることでしょうか。ただ走ることが好きなだけなのに、背がひくいというだけで、なぜこんなにもみじめな気持ちにならなければいけないのでしょう。
──タアン!
◯◯ははっと顔をあげました。ぼうっとしているうちに、また競技がはじまってしまいました。
紅白リレーは、赤組が赤チームと黄チーム、白組が白チームと青チームにわかれ、それぞれ4人1チームとなって走ります。◯◯が入っている黄チームの第1走者は、しなやかな走りでまわりをぐんぐん引きはなし、一番にバトンを次の走者にわたしました。
◯◯は、自分の心臓が、どくんどくんと大きくあばれているのが聞こえました。にぎりしめた手は、汗でべたついています。ふと、保護者の列に目がいきました。お母さんとお父さんが、心配そうにこちらを見ていました。きっと今の自分は、とてもなさけない顔をしているのでしょう。
ところが、お母さんたちのそばに、リオルのすがたはありません。あきれられてしまったのかな。もう家に帰ってしまったのかな。でも、こんなかっこう悪いすがたをあの子に見られなくてよかった、と◯◯は頭のすみで思いました。
「黄チーム、アンカーは準備をして!」
先生が◯◯に声をかけました。ぶるぶるふるえるひざをたたき、◯◯はトラックに立ちます。黄色のバトンをもった男の子が、みるみる近づいてくるのが見えました。ほかのチームは、今ようやく3人目にバトンがわたったあたりでした。黄チームは、ぐんをぬいてトップでした。
◯◯は右手をうしろに差しだし、走りはじめます。男の子が「はい!」と大きな声で合図を出し、バトンがわたされました。◯◯はそれをうけとり、一気に加速しました。「まかせた!」と男の子から声がかけられます。黄チーム3の人がつないできたバトン。軽いはずのそれが、ずっしりと重いものに感じられました。
「あっ」
力をこめすぎたのでしょうか、汗でぬれた◯◯の手から、バトンがすべり落ちました。そのうえあわてて拾おうとしたせいで、足がもつれ、◯◯はころんでしまいました。
保護者や生徒からも、「ああ!」と悲鳴が聞こえてきました。すりむいて血がにじんだ手やひざが、じくじくと痛みます。はやく立ちあがって、バトンを取りにいかなければ。頭ではちゃんとわかっているのに、どうしてか、からだが動いてくれません。
すぐとなりを、誰かが走りぬけていきました。白いハチマキに青いゼッケン。◯◯を笑った、あの男の子でした。
「あ、あ」
とうとう◯◯の目から、涙がひとつ、ぽろりとこぼれ落ちました。
そのときです。
「おい、あれを見ろ!」
「いったい誰だ?」
観客席から、何かがトラックにとび出してきました。それはまっすぐ◯◯のもとまでやってくると、「くおん!」と力強く鳴きました。
「リオル、なんで……?」
やってきたのは、◯◯が今、一番会いたくて、一番会いたくなかったリオルでした。リオルは、さきほどまで身につけていなかったタスキを肩にとおしていました。赤と黄のそれは、お母さんがときどき自分のポケモンに持たせている、きあいのタスキでした。はっとお母さんに目をむけると、◯◯へ向けてうなずいていました。
おそらく一晩中走っていられるほど体力のあるリオルのことですから、あっというまに家へ帰って、タスキを持ち、学校にもどってきたのでしょう。
「くおん!」ともう一度、リオルが鳴き、◯◯が落としたバトンを差しだしました。今までおどおどしていたことが嘘のように、しっかりと◯◯を見つめていました。
「いっしょに走ってくれるの?」
ほかのアンカーはみんなすでにゴールしていましたが、トラックに残った◯◯のゴールを待っていました。先生も、生徒も、保護者たちも、みんな◯◯とリオルの様子を見守っていました。
◯◯はぐいっとなみだをぬぐいました。そしてリオルからバトンを受けとり、すっくと立ちあがりました。
つぎの瞬間、信じられないことが起こったのです。
リオルのからだが、まばゆい光につつまれていきました。小さかったリオルが、光のなかで大きくすがたを変えていくのがわかります。◯◯はそれを、ぽかんとした顔で見つめていました。
やがて光のなかから現れたのは、
「──ルカリオだ……」
まわりの誰かがそうつぶやいたのが、◯◯の耳にもとどきました。
青と黒のからだは、リオルのころと同じでしたが、手足がスラリとのび、顔つきもまだ幼かったリオルと比べるとキリッと大人びて、まっすぐ前を見すえていました。
リオルは──いえ、ルカリオは、「くわん!」と鳴くと、◯◯に手をのばしました。◯◯は自分と同じくらいの高さになったルカリオの目を見つめ、その手をまよわず取りました。
◯◯とルカリオは、手をつないでゴールを目指します。すりむいたひざがズキズキしますが、それでも◯◯は足を止めませんでした。ルカリオとつながれた手のおかげで、もう何も怖くありませんでした。
──「しっかりしなくちゃ」って、どうして思いつめていたんだろう。ルカリオはあのころ、ふたりでいっしょに強くなろうとしてくれていたのに。かってに1人で先走って、この子の気持ちを無視していたのは、わたしのほうだったんだわ。
そう気づいたとたん、◯◯のからだはすっと軽くなり、背がひくいことも、からかわれたことも、ふしぎと気にならなくなりました。いつかまた落ちこんだとしても、ルカリオがとなりにいてくれたなら、きっと立ちあがって、前にすすめると思ったから。
大きな歓声のなか、ふたりはならんでゴールしました。最下位ではありましたが、その日一番の拍手が◯◯たちをむかえてくれました。
ふいに、あの男の子と目があいました。ばつが悪そうな顔をしているのがなぜだかおかしくて、◯◯はふふっと笑いました。
くん、と左手が引っぱられました。◯◯と手をつないだまま、ルカリオはするどい目で、男の子をじいっと見つめています。ルカリオというポケモンは、ひとの感情や思考を読みとることができるのです。
「大丈夫。もう大丈夫だよ」
つながれた手に力をこめると、ルカリオが目尻をゆるめて◯◯に視線をうつしました。それからようやくつながれたままの手に気づいたのか、目を見開き、ぶわっとふさを広げました。恥ずかしそうにもう片方の手で顔をおおいますが、それでも◯◯とつないだ手だけは、けっして離そうとはしませんでした。
◯◯の胸のうちは今、まるでこの秋空のように澄みわたっていました。
どこまでも、どこまでも。(20200201/25*la)