雨が降っている。1m先すらおぼつかない大雨だ。そんな天気の中
◯◯は一人、傘も差さず港に立っていた。目線はじっと目の前に広がる海に注がれておりまったく微動だにしない。
海は弾丸のような大粒の雨によって激しく泡立ち、揺れる。と突然、海面が大きく盛り上がったかと思うと、大量の飛沫をまといながら中から巨大な青い生物が姿を現した。丸みを帯びた流線型のフォルムに赤い紋様が走る。2つの背びれに大きな胸びれ、その黄金色の瞳はまっすぐ
◯◯に向けられている。──海の創造主・カイオーガだ。カイオーガは荒波を掻き分けて
◯◯のいる港近くまで泳いでくると、ゆっくり頭をもたげた。
「……ただ呼び出すためだけに嵐を起こすのはやめてって、前にも言った気がするけど」
あなたが大雨を降らせるたび人間がどれだけ迷惑してるか、分かってる? 呆れたように
◯◯は言うが、唸る風のせいではっきり聞こえないらしく、カイオーガはきょとんとしていた。
「
雨を──やませてって──言ったの!」
腹の底から声を張り上げて叫べば、ようやく理解したのかカイオーガは2、3回うなずいた後、空に向かって吠えた。徐々に雨脚が弱くなり、天を裂いて雲の隙間から光芒が降りる。あれほど荒れ狂っていた海も、いつの間にか穏やかな波に包まれていた。海を静めたカイオーガは、自慢顔で
◯◯を見ている。自慢も何も、最初からあなたが嵐を呼ばなければいいことじゃない、と内心
◯◯は思ったが、空気を読みあえて口には出さなかった。
「で、今日は何の用?」
◯◯が尋ねると、カイオーガは片方の胸びれを海面に出し、
◯◯に差し出した。怪訝そうに覗けば、握られていた白い指のようなものが開かれていく。そこには注意して見なければ気づかないくらい、小さな何かがあった。
◯◯は両手でそれを受け止めると、まじまじと見つめた。
「……貝?」
全体的に薄い桃色で、ところどころ白みがかっている。てらてらと光り輝くそれは、とても美しい。
◯◯はしばらくそれを観察していたが、やがてはっとしてカイオーガに向き直った。
「これ、私に?」
かけられた言葉にカイオーガはうなずく。何やらそわそわしている様子のカイオーガをいぶかしく思ったが、ああそうかと
◯◯はやわらかく微笑んで言った。
「ふふ……ありがとうカイオーガ、すごく綺麗」
目に見えて喜ぶカイオーガは、スパイホッピングのように海面から顔を出し、自分の巨体とは不釣合いな
◯◯の小さい頬に口付けた。
o゜。.
深海10920mより愛をこめて
。゜.o
「でももしかしてあなた、これを渡すためだけに私を呼んだの?」
照れたように目を細めるカイオーガにはもう笑うことしかできない。
(20111209/25*la)