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海の近くは暖かい。それは海水の温度が外気ほど下がらないため、つられて気温も上がるからだ。でも海風はとてもとても冷たいし、物凄く強い。どんなに一生懸命セットしたヘアスタイルも、5分もあればめちゃくちゃになってしまう。
私、井崎玲奈はここに住んでもう4年くらい経つ。
もともとはもう少し内陸側に住んでいたが、お母さんの病気があってからはずっとおばあちゃんの家のあるこの地に住んでいる。海からは5キロほど離れているが、それくらいの距離なので静かな夜は波の音が聞こえ、ゆらゆらと揺られているような心地になった。
12月の海は荒々しくて、海風も強かった。磯臭さが辺りには漂い、少しべたりとしているような気さえした。いよいよ寒くなってきたなと思った。
今日も私は図書館へと向かう。
学校の自習スペースはピリピリしすぎてあまり好きじゃないという理由から、家の近くの図書館で行なっていた。同じ制服を着た子が、もしかしたら同じ大学を目指して勉強をしているのかもと思うだけで気が滅入るためだ。
最初はそんな理由から地元の図書館に通い始めた。ちょうど今くらいの一昨年の今くらいの時期だろうか。勉強全般が好き、というわけではないが、行きたい大学があってそこで学びたいことが1年の時点で決まっていたので早くから取り組み始めた、という感じだ。特に部活に入っているわけでもないため、今までは用事がある日以外は図書館で勉強する毎日で、淡々としたものだったと思う。変わるのはその日の天気と、図書館にある新着の図書コーナーくらいだろうか。
なので今になってまさか友達、と言っていいのかはわからないけど、そんな人ができるとは思っていなかった。
私が幸村くんに会ったのは、忘れもしない推薦試験当日だった。
その日は予定通りに家を出たものの、電車が遅延している情報を見つけて慌てて駅に向かった。そしてそこでぶつかってしまったのが幸村くんだった。
カバンを開けたままぶつかったせいで、おばあちゃんがくれたお守りがついた筆箱を落とし、試験会場でそれを知った時は顔面蒼白状態で最悪な試験だった。結果も散々で、その時ほど自分が慌てやすいことを呪った日はない。お守りだって、学業成就で有名なところにわざわざ行って買ってきてくれたもので、落としてしまったなんて口が裂けても言えなかった。
だから必死になって探している時に偶然にも幸村くんが通りかかって渡してくれて、あの時は本当に救われた気分だった。その時はお友達も一緒みたいだったし、うまくお礼もできずにその場を去ってしまったから、図書館で会えたのもとても運がよかったと今思い直しても思う。
それからの毎日はびっくりするくらい楽しかった。
幸村くんはすごく朗らかで、でも何かに一生懸命打ち込んだことのある人だった。そのことがあってか、彼は決して私の勉強を遮ったりすることはなくて、隣に座って勉強をしていても気にならなかった。休憩時間も、今まではスマホを触ったり新刊を見たりするだけだったのが、一緒に話すことで一気に華やいだ。ほとんどは私が喋ってしまうが、たまに聞く彼の家族や友達の話、好きなものはどれも優しくて、聞いていてほっとするものばかりだった。
試験に落ちた時も、当日の出来が悪かったとわかっていながらも落ち込んでしまって、その時も幸村くんに救われた。彼が挫折を幾度となく味わっていたのがわかったから、言葉がすっと入ってきたのだと思う。
友達とはまた違うこの関係は、今までに築いたことのない人間関係だった。
学校の友達にそのことを相談したら、少しうーんと考えて、「それ、好きなんじゃないの?」と言われたっけ。
好きな子なんて小学校の頃にいたけど、あれも正直何で好きだったか覚えてないくらいだし、あてにならなかった。確かに幸村くんのことは好きだ。それは間違いない。
ただ、それがどういう好きかは正直まだわからない。それを自覚する前に幸村くんは合宿に行ってしまったし、そもそも受験生が恋に現を抜かしていいものかとかぐるぐる考えては、勉強をするために考えるのをやめてしまう。
ただ、確かに思い返してみると彼はかっこいいし、とても素敵だ。
そんな彼に最後に抱きしめられた時、胸が高鳴った覚えもある。
あれが好きなのだろうか?
そんなことを考えていると図書館に到着していた。今日も時間切れのようだ。
幸村くんがいなくなった後、季節が変わり寒さが増すように、私の中の光もどんどん小さくなっていった。一緒に勉強していた時の華やかさが嘘のようだ。受験は覚えなければいけないことが山ほどあって終わりが見えない。どんなに参考書をやり込んでも絶対に穴が出てくるし教科書は擦り切れるほど読んだが、それでも解けない応用問題がたくさんあって、早くから勉強を始めた意味を考えてしまうこともあった。正直今は伸び悩んでいて、いや寧ろ前よりできない問題が増えているような気さえしていた。
今までは母の母校に入りたいという思いから一心に食らいついてきたが、あまりにも終わりが見えなくてくじけそうなそうな気持ちと押し問答をしている気分だった。
そんな私が頑張れる理由は、やっぱり幸村くんなんだとメールをしながら改めて思う。
推薦試験で落ち込んだ時も、前を向き直せたのは彼のおかげだった。
今だって、彼が合宿でテニスと真剣に向き合っていると考えると、私もやらなければと身が引き締まる思いになる。幸村くんは私の受験勉強よりももっと長い間、苦しいこともあったはずなのにそれでもなおテニスをしている。ここで諦めたらもう幸村くんと会ってはいけないように思えて、どんなに勉強が嫌な時も机に戻れた。
やっぱり好きなのかもしれない。
そう頭をかすめるも、一度深呼吸をして参考書に没頭し直す。
今はこちらが最優先事項だ。
ー…
2時間くらい経っただろうか。
窓の外は真っ暗になっていて、先ほどより一層寒さが増しているように見えた。時計をみると間もなく18時45分を指そうとしていた。
『まもなく、閉館の時間となります。貸し出しをお考えのお客様は貸し出しカウンターへお越しください。繰り返しますー』
いつも20時45分に流れるはずのアナウンスが聞こえてきた。
あれ、おかしい、今日は平日では?と周りを見ると、12月24日と25日は19時閉館すると掲示がされていた。全く気づいていなかった。
従業員の家族へ配慮と、周りを見渡してもあまり利用者がいなかったことから営業短縮したのであろうと思われた。受験生にクリスマスなんてないのに、なんて少し嫌なことを考えてしまった自分に嫌気がさす。今日はとりわけ疲れているのかもしれない。
仕方ないから家に帰って勉強しよう。おばあちゃんも寂しいだろうし。
そう思って片付けをし、自習室を後にする。
図書館の入り口に向かうほど冷たい空気を感じ、マフラーをぐるりと巻いた。
今日は家に帰ってから幸村くんになんてメールしようかな。
やっぱりクリスマスの話題かななんて思いながら外を見ると、そこには見覚えのある背格好の青年がいた。
少し癖のかかった髪に凛とした横顔のその青年は、紛れもなく幸村くんだった。
「えっ、幸村くん…?」
思わず驚きが口を衝いて出る。
まさか、彼はオーストリアに大会に行っていて日本にはいないはずでは。
疲れて幻覚を見ているのかと思い近づくと、青年はこちらを見て、朗らかに微笑む。
「ただいま玲奈。」
やっぱり幸村くんだった。
その暖かい笑顔に先ほどまでのささくれた感情が溶けていくようだった。
少したくましくなった彼は、依然として、いや思っていた以上にかっこよく、疲れた心が癒されるようだ。
何より、幸村くんはどうしていつも私の辛い時に現れるんだろう。
こんなの好きにならない方が難しいよ。
私は観念するかのように一度息を吐くと、この二ヶ月で一番の笑顔を作って返す。
「おかえり、幸村くん」
私、井崎玲奈はここに住んでもう4年くらい経つ。
もともとはもう少し内陸側に住んでいたが、お母さんの病気があってからはずっとおばあちゃんの家のあるこの地に住んでいる。海からは5キロほど離れているが、それくらいの距離なので静かな夜は波の音が聞こえ、ゆらゆらと揺られているような心地になった。
12月の海は荒々しくて、海風も強かった。磯臭さが辺りには漂い、少しべたりとしているような気さえした。いよいよ寒くなってきたなと思った。
今日も私は図書館へと向かう。
学校の自習スペースはピリピリしすぎてあまり好きじゃないという理由から、家の近くの図書館で行なっていた。同じ制服を着た子が、もしかしたら同じ大学を目指して勉強をしているのかもと思うだけで気が滅入るためだ。
最初はそんな理由から地元の図書館に通い始めた。ちょうど今くらいの一昨年の今くらいの時期だろうか。勉強全般が好き、というわけではないが、行きたい大学があってそこで学びたいことが1年の時点で決まっていたので早くから取り組み始めた、という感じだ。特に部活に入っているわけでもないため、今までは用事がある日以外は図書館で勉強する毎日で、淡々としたものだったと思う。変わるのはその日の天気と、図書館にある新着の図書コーナーくらいだろうか。
なので今になってまさか友達、と言っていいのかはわからないけど、そんな人ができるとは思っていなかった。
私が幸村くんに会ったのは、忘れもしない推薦試験当日だった。
その日は予定通りに家を出たものの、電車が遅延している情報を見つけて慌てて駅に向かった。そしてそこでぶつかってしまったのが幸村くんだった。
カバンを開けたままぶつかったせいで、おばあちゃんがくれたお守りがついた筆箱を落とし、試験会場でそれを知った時は顔面蒼白状態で最悪な試験だった。結果も散々で、その時ほど自分が慌てやすいことを呪った日はない。お守りだって、学業成就で有名なところにわざわざ行って買ってきてくれたもので、落としてしまったなんて口が裂けても言えなかった。
だから必死になって探している時に偶然にも幸村くんが通りかかって渡してくれて、あの時は本当に救われた気分だった。その時はお友達も一緒みたいだったし、うまくお礼もできずにその場を去ってしまったから、図書館で会えたのもとても運がよかったと今思い直しても思う。
それからの毎日はびっくりするくらい楽しかった。
幸村くんはすごく朗らかで、でも何かに一生懸命打ち込んだことのある人だった。そのことがあってか、彼は決して私の勉強を遮ったりすることはなくて、隣に座って勉強をしていても気にならなかった。休憩時間も、今まではスマホを触ったり新刊を見たりするだけだったのが、一緒に話すことで一気に華やいだ。ほとんどは私が喋ってしまうが、たまに聞く彼の家族や友達の話、好きなものはどれも優しくて、聞いていてほっとするものばかりだった。
試験に落ちた時も、当日の出来が悪かったとわかっていながらも落ち込んでしまって、その時も幸村くんに救われた。彼が挫折を幾度となく味わっていたのがわかったから、言葉がすっと入ってきたのだと思う。
友達とはまた違うこの関係は、今までに築いたことのない人間関係だった。
学校の友達にそのことを相談したら、少しうーんと考えて、「それ、好きなんじゃないの?」と言われたっけ。
好きな子なんて小学校の頃にいたけど、あれも正直何で好きだったか覚えてないくらいだし、あてにならなかった。確かに幸村くんのことは好きだ。それは間違いない。
ただ、それがどういう好きかは正直まだわからない。それを自覚する前に幸村くんは合宿に行ってしまったし、そもそも受験生が恋に現を抜かしていいものかとかぐるぐる考えては、勉強をするために考えるのをやめてしまう。
ただ、確かに思い返してみると彼はかっこいいし、とても素敵だ。
そんな彼に最後に抱きしめられた時、胸が高鳴った覚えもある。
あれが好きなのだろうか?
そんなことを考えていると図書館に到着していた。今日も時間切れのようだ。
幸村くんがいなくなった後、季節が変わり寒さが増すように、私の中の光もどんどん小さくなっていった。一緒に勉強していた時の華やかさが嘘のようだ。受験は覚えなければいけないことが山ほどあって終わりが見えない。どんなに参考書をやり込んでも絶対に穴が出てくるし教科書は擦り切れるほど読んだが、それでも解けない応用問題がたくさんあって、早くから勉強を始めた意味を考えてしまうこともあった。正直今は伸び悩んでいて、いや寧ろ前よりできない問題が増えているような気さえしていた。
今までは母の母校に入りたいという思いから一心に食らいついてきたが、あまりにも終わりが見えなくてくじけそうなそうな気持ちと押し問答をしている気分だった。
そんな私が頑張れる理由は、やっぱり幸村くんなんだとメールをしながら改めて思う。
推薦試験で落ち込んだ時も、前を向き直せたのは彼のおかげだった。
今だって、彼が合宿でテニスと真剣に向き合っていると考えると、私もやらなければと身が引き締まる思いになる。幸村くんは私の受験勉強よりももっと長い間、苦しいこともあったはずなのにそれでもなおテニスをしている。ここで諦めたらもう幸村くんと会ってはいけないように思えて、どんなに勉強が嫌な時も机に戻れた。
やっぱり好きなのかもしれない。
そう頭をかすめるも、一度深呼吸をして参考書に没頭し直す。
今はこちらが最優先事項だ。
ー…
2時間くらい経っただろうか。
窓の外は真っ暗になっていて、先ほどより一層寒さが増しているように見えた。時計をみると間もなく18時45分を指そうとしていた。
『まもなく、閉館の時間となります。貸し出しをお考えのお客様は貸し出しカウンターへお越しください。繰り返しますー』
いつも20時45分に流れるはずのアナウンスが聞こえてきた。
あれ、おかしい、今日は平日では?と周りを見ると、12月24日と25日は19時閉館すると掲示がされていた。全く気づいていなかった。
従業員の家族へ配慮と、周りを見渡してもあまり利用者がいなかったことから営業短縮したのであろうと思われた。受験生にクリスマスなんてないのに、なんて少し嫌なことを考えてしまった自分に嫌気がさす。今日はとりわけ疲れているのかもしれない。
仕方ないから家に帰って勉強しよう。おばあちゃんも寂しいだろうし。
そう思って片付けをし、自習室を後にする。
図書館の入り口に向かうほど冷たい空気を感じ、マフラーをぐるりと巻いた。
今日は家に帰ってから幸村くんになんてメールしようかな。
やっぱりクリスマスの話題かななんて思いながら外を見ると、そこには見覚えのある背格好の青年がいた。
少し癖のかかった髪に凛とした横顔のその青年は、紛れもなく幸村くんだった。
「えっ、幸村くん…?」
思わず驚きが口を衝いて出る。
まさか、彼はオーストリアに大会に行っていて日本にはいないはずでは。
疲れて幻覚を見ているのかと思い近づくと、青年はこちらを見て、朗らかに微笑む。
「ただいま玲奈。」
やっぱり幸村くんだった。
その暖かい笑顔に先ほどまでのささくれた感情が溶けていくようだった。
少したくましくなった彼は、依然として、いや思っていた以上にかっこよく、疲れた心が癒されるようだ。
何より、幸村くんはどうしていつも私の辛い時に現れるんだろう。
こんなの好きにならない方が難しいよ。
私は観念するかのように一度息を吐くと、この二ヶ月で一番の笑顔を作って返す。
「おかえり、幸村くん」