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休憩時間以外にも、帰りがけに話す内に色んなことを知った。
好きな食べ物、好きな色、好きな時間の過ごし方。
本が好きなこと。家の近くの海が好きなこと。
図書館には勉強をしに来ているが、元から図書館に本をよく借りにきていたこと。
母親を3年前になくしており、父親は海外に単身赴任中で今はお祖母さんと一緒に住んでいること。お祖母さんが大好きなこと。
普段は幼そうな顔をしているが、時々大人びた顔をするのは色んな経験が彼女をそうさせたのだろう。
そして、それでもまっすぐ素直な彼女は、俺にはとても魅力的に映った。
「幸村くんはお魚が好きなんだねー。」
のんびりそう話す彼女は、さっきまで真剣な面持ちで勉強に取り組んでいたとは思えなかった。
今日は水曜日。勉強を終えた俺たちは帰り道を歩いていた。
「そうだね。焼き魚が特に好きで。」
「わかるなー。うちのおばあちゃんもよくお魚焼いてくれるんだけど、季節によっては酢橘をつけてくれたり、紅葉おろしをつけてくれたりして。さっぱりして美味しいよね。」
「ふふ。それはとても美味しそうだね。」
「そうなの!うちのおばあちゃんの焼き魚は絶品なの!幸村くんに食べさせてあげたいなー。」
そんな風ににこにこ話すこの時間が俺にとっては絶品なんだけど。喉まで出かかって飲み込んだ。
そうこうしているうちにもう別れる場所だ。心地いい時間っていうのはどうしてこうもあっという間なんだろう?
「それじゃあ、またね幸村くん。」
「ああ、井崎さんもまた。」
何とも名残惜しい瞬間だ。
少しだけ彼女の後ろ姿を見送って駅へと向かう。
こうして彼女を見送ることができるのは、あと何回なんだろうか。合宿まであと二週間、テニスは大好きだけれど、ほんの少しだけ残りたいと思ってしまうほどに、俺は彼女が気になっているのだろうか。
***
「で、図書館の君とはその後もよく会うのか?」
「図書館の君って。ふふ、蓮二は面白い表現をするんだね。」
毎日恒例のこの会話。
そろそろ別の話をしたっていいんじゃないか?と思いはするものの、今俺の中で一番気になることでもあるから他のことを話せる自信はない。
「もう合宿まで二週間ないからな。連絡先は聞いたのか?」
そう。それは俺もずっと気になっていた。
「まだ。彼女は受験生だから、あまり連絡をするようにしてしまうのは避けたくて。」
「精市は優しいな。」
「そうかな?でもせっかく図書館にいることを知れたんだから、合宿までには聞こうと思うよ。」
「そうか。」
そう言って優しそうな表情をして自席に戻る蓮二の背に感謝をする。面白がるわけでもなく、真剣に相談に乗ってくれる、本当に心強い参謀だ。
***
金曜日。
その日は少しだけ涼しくて、カーディガンを着ないと登下校が肌寒く感じだ。秋の香りといつもより荒れ模様の海の潮の香りが合間って、少し寂しく思われる。
合宿に向けて体を調整しつつ、いつものように練習を終えて図書館へと向かう。木の葉が少しずつ色づき始めていた。
自習室に到着するが彼女の姿は見当たらなかった。
席を外しているだけなのかと思ったが、荷物も見当たらない。
もしかしたら学校で何かあって遅れているのだろうか、そんなことを思いながらいつものスペースに座り、もう終わりが見えている課題を広げる。
ー…
1時間が経過したが、彼女は図書館に姿を表さなかった。時計は間も無く18時になろうとしていて、外は薄暗くなっている。
もしかしたら今日は図書館には寄らずにまっすぐ帰ったのかも知れない。
こんなことなら連絡先を聞いておけばよかった。
集中力なんかとっくに切れて、何なら集中なんかできたものではなかった。俺は進まない課題を片付けて図書館を後にした。
海沿いを歩いて、駅へと向かう。そこは彼女と一番最初に出会ってぶつかった場所でもあった。
海に落ちた日の光がまだ少しだけ漏れて海辺のシルエットは映し出されていた。
ふと、海の方を見ると、堤防で体育座りをしてうずくまっている姿を見つける。
顔は見えないが、見覚えのある制服と髪の長さ。そして一度触れたことのあるカバンが足元に置かれているのが見えた。
どうしてあんなところに?
そう考えるよりも先に、足が向いていた。
ほどなくして彼女の横にたどり着くと、同じように隣に座る。
ひやりとしたコンクリートの感触が冷たく感じた。
「井崎さん」
近づいていたことに気づかなかったのか彼女はびくっとした後、少しだけ顔をあげてこちらを見た。
「…ーあれ、幸村くん?どうしてここに。」
「姿が見えたから。」
「そっか、ここ通学路だっけ。」
あたりは大分暗くなっていたが、彼女が泣きはらした目をしていたのがぼんやりとわかった。左手にはタオルが握りしめられている。
「あはは、こんなところ見られて恥ずかしいや。」
そう言っていつもの笑顔を作ろうとしていたがぎこちなく、涙を拭うのが精一杯のようだった。
「実は推薦試験落ちちゃって。かっこ悪いでしょ。」
彼女の強がりに胸が締め付けられる思いだった。
「かっこ悪くなんかないよ。」
そう伝えると、彼女はぐっと涙をこらえているようだった。
「何かに一生懸命取り組んで、その結果が伴わないことはかっこ悪くなんかないんだ。…ー俺も全国大会の決勝戦で負けた。今まで苦労してやっと辿り着いた大舞台での負けは、本当に悔しくてたまらなかった。でも、それを井崎さんはかっこ悪いと思うかい?」
彼女は少し驚いた顔をしたのちに、ぶんぶんと頭を横に振る。
「だから、そんな風に思わずに、今は好きなだけ悔しがるといいと思う。そうしてまた次頑張ればいいじゃないか。」
すると彼女は堰を切ったようにわんわんと泣き始める。
俺は手を彼女の背に添えて慰めるくらいしかできなかった。手から伝わる彼女の熱が、横にいるこちらにもじんと伝わって来た。
しばらくして落ち着いた彼女がぽつりぽつりと話す。
「私…お母さんをなくしてから…もう絶対、おばあちゃんを悲しませたくないって…心配…させたくなくて…そう思ってて…」
だからここで一人で泣いていたのだろう。そう思うと彼女のことを見つけられて心底よかったと思った。
一呼吸置いて、さらに彼女は続けた。
「だから…今回落ちたのも…自分に足りないことがあったからだ、って…そんな風に思ってたら、家に帰れなくなっちゃったんだ…」
「でもいつも頑張ってるの、俺は知ってるよ。」
「ありがとう…。そうだね、自分を卑下するのはやめる。でも今は悔しいや。」
そう言って俺に向けた泣き笑顔に、俺は観念することにした。
かわいくて、儚げだけど強い彼女が好きなんだと。
その感情が今までのむず痒さの原因であり、胸が締め付けられる想いのもとであることも全て受け入れることにした。
***
落ち着いたところで、「帰ろっか」と声をかける。
あたりはすっかり日が落ちて暗くなっていた。
二人で連れ立ち歩いていると、彼女が俯きながら話す。
「幸村くん、本当にありがとう…来てくれて凄く心強かった。」
「ふふ。ならよかった。」
そう言うと、彼女は俺をちらりと見て言う。
「後ね、井崎さん、じゃなくて玲奈でいいよ。」
少しだけ面食らって彼女を見ると、かすかに覗く彼女の表情も恥ずかしそうだった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「その方が仲のいい友達っぽいもんね。」
なかなか残酷なことを言うじゃないか。そう言う俺もさっき自分の気持ちに気付いたばかりだけど。
まあいいや、どうやら彼女は鈍感そうだし、少しずつ仲良くなっていこう。
「じゃあまたね幸村くん。」
「またね、玲奈。」
外は寒くなる一方だが、心があつい。
大会以来持てなかった熱気が戻って来た気がした。
とりあえず彼女との距離をどう縮めるか、そう考えると少しワクワクした。
好きな食べ物、好きな色、好きな時間の過ごし方。
本が好きなこと。家の近くの海が好きなこと。
図書館には勉強をしに来ているが、元から図書館に本をよく借りにきていたこと。
母親を3年前になくしており、父親は海外に単身赴任中で今はお祖母さんと一緒に住んでいること。お祖母さんが大好きなこと。
普段は幼そうな顔をしているが、時々大人びた顔をするのは色んな経験が彼女をそうさせたのだろう。
そして、それでもまっすぐ素直な彼女は、俺にはとても魅力的に映った。
「幸村くんはお魚が好きなんだねー。」
のんびりそう話す彼女は、さっきまで真剣な面持ちで勉強に取り組んでいたとは思えなかった。
今日は水曜日。勉強を終えた俺たちは帰り道を歩いていた。
「そうだね。焼き魚が特に好きで。」
「わかるなー。うちのおばあちゃんもよくお魚焼いてくれるんだけど、季節によっては酢橘をつけてくれたり、紅葉おろしをつけてくれたりして。さっぱりして美味しいよね。」
「ふふ。それはとても美味しそうだね。」
「そうなの!うちのおばあちゃんの焼き魚は絶品なの!幸村くんに食べさせてあげたいなー。」
そんな風ににこにこ話すこの時間が俺にとっては絶品なんだけど。喉まで出かかって飲み込んだ。
そうこうしているうちにもう別れる場所だ。心地いい時間っていうのはどうしてこうもあっという間なんだろう?
「それじゃあ、またね幸村くん。」
「ああ、井崎さんもまた。」
何とも名残惜しい瞬間だ。
少しだけ彼女の後ろ姿を見送って駅へと向かう。
こうして彼女を見送ることができるのは、あと何回なんだろうか。合宿まであと二週間、テニスは大好きだけれど、ほんの少しだけ残りたいと思ってしまうほどに、俺は彼女が気になっているのだろうか。
***
「で、図書館の君とはその後もよく会うのか?」
「図書館の君って。ふふ、蓮二は面白い表現をするんだね。」
毎日恒例のこの会話。
そろそろ別の話をしたっていいんじゃないか?と思いはするものの、今俺の中で一番気になることでもあるから他のことを話せる自信はない。
「もう合宿まで二週間ないからな。連絡先は聞いたのか?」
そう。それは俺もずっと気になっていた。
「まだ。彼女は受験生だから、あまり連絡をするようにしてしまうのは避けたくて。」
「精市は優しいな。」
「そうかな?でもせっかく図書館にいることを知れたんだから、合宿までには聞こうと思うよ。」
「そうか。」
そう言って優しそうな表情をして自席に戻る蓮二の背に感謝をする。面白がるわけでもなく、真剣に相談に乗ってくれる、本当に心強い参謀だ。
***
金曜日。
その日は少しだけ涼しくて、カーディガンを着ないと登下校が肌寒く感じだ。秋の香りといつもより荒れ模様の海の潮の香りが合間って、少し寂しく思われる。
合宿に向けて体を調整しつつ、いつものように練習を終えて図書館へと向かう。木の葉が少しずつ色づき始めていた。
自習室に到着するが彼女の姿は見当たらなかった。
席を外しているだけなのかと思ったが、荷物も見当たらない。
もしかしたら学校で何かあって遅れているのだろうか、そんなことを思いながらいつものスペースに座り、もう終わりが見えている課題を広げる。
ー…
1時間が経過したが、彼女は図書館に姿を表さなかった。時計は間も無く18時になろうとしていて、外は薄暗くなっている。
もしかしたら今日は図書館には寄らずにまっすぐ帰ったのかも知れない。
こんなことなら連絡先を聞いておけばよかった。
集中力なんかとっくに切れて、何なら集中なんかできたものではなかった。俺は進まない課題を片付けて図書館を後にした。
海沿いを歩いて、駅へと向かう。そこは彼女と一番最初に出会ってぶつかった場所でもあった。
海に落ちた日の光がまだ少しだけ漏れて海辺のシルエットは映し出されていた。
ふと、海の方を見ると、堤防で体育座りをしてうずくまっている姿を見つける。
顔は見えないが、見覚えのある制服と髪の長さ。そして一度触れたことのあるカバンが足元に置かれているのが見えた。
どうしてあんなところに?
そう考えるよりも先に、足が向いていた。
ほどなくして彼女の横にたどり着くと、同じように隣に座る。
ひやりとしたコンクリートの感触が冷たく感じた。
「井崎さん」
近づいていたことに気づかなかったのか彼女はびくっとした後、少しだけ顔をあげてこちらを見た。
「…ーあれ、幸村くん?どうしてここに。」
「姿が見えたから。」
「そっか、ここ通学路だっけ。」
あたりは大分暗くなっていたが、彼女が泣きはらした目をしていたのがぼんやりとわかった。左手にはタオルが握りしめられている。
「あはは、こんなところ見られて恥ずかしいや。」
そう言っていつもの笑顔を作ろうとしていたがぎこちなく、涙を拭うのが精一杯のようだった。
「実は推薦試験落ちちゃって。かっこ悪いでしょ。」
彼女の強がりに胸が締め付けられる思いだった。
「かっこ悪くなんかないよ。」
そう伝えると、彼女はぐっと涙をこらえているようだった。
「何かに一生懸命取り組んで、その結果が伴わないことはかっこ悪くなんかないんだ。…ー俺も全国大会の決勝戦で負けた。今まで苦労してやっと辿り着いた大舞台での負けは、本当に悔しくてたまらなかった。でも、それを井崎さんはかっこ悪いと思うかい?」
彼女は少し驚いた顔をしたのちに、ぶんぶんと頭を横に振る。
「だから、そんな風に思わずに、今は好きなだけ悔しがるといいと思う。そうしてまた次頑張ればいいじゃないか。」
すると彼女は堰を切ったようにわんわんと泣き始める。
俺は手を彼女の背に添えて慰めるくらいしかできなかった。手から伝わる彼女の熱が、横にいるこちらにもじんと伝わって来た。
しばらくして落ち着いた彼女がぽつりぽつりと話す。
「私…お母さんをなくしてから…もう絶対、おばあちゃんを悲しませたくないって…心配…させたくなくて…そう思ってて…」
だからここで一人で泣いていたのだろう。そう思うと彼女のことを見つけられて心底よかったと思った。
一呼吸置いて、さらに彼女は続けた。
「だから…今回落ちたのも…自分に足りないことがあったからだ、って…そんな風に思ってたら、家に帰れなくなっちゃったんだ…」
「でもいつも頑張ってるの、俺は知ってるよ。」
「ありがとう…。そうだね、自分を卑下するのはやめる。でも今は悔しいや。」
そう言って俺に向けた泣き笑顔に、俺は観念することにした。
かわいくて、儚げだけど強い彼女が好きなんだと。
その感情が今までのむず痒さの原因であり、胸が締め付けられる想いのもとであることも全て受け入れることにした。
***
落ち着いたところで、「帰ろっか」と声をかける。
あたりはすっかり日が落ちて暗くなっていた。
二人で連れ立ち歩いていると、彼女が俯きながら話す。
「幸村くん、本当にありがとう…来てくれて凄く心強かった。」
「ふふ。ならよかった。」
そう言うと、彼女は俺をちらりと見て言う。
「後ね、井崎さん、じゃなくて玲奈でいいよ。」
少しだけ面食らって彼女を見ると、かすかに覗く彼女の表情も恥ずかしそうだった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「その方が仲のいい友達っぽいもんね。」
なかなか残酷なことを言うじゃないか。そう言う俺もさっき自分の気持ちに気付いたばかりだけど。
まあいいや、どうやら彼女は鈍感そうだし、少しずつ仲良くなっていこう。
「じゃあまたね幸村くん。」
「またね、玲奈。」
外は寒くなる一方だが、心があつい。
大会以来持てなかった熱気が戻って来た気がした。
とりあえず彼女との距離をどう縮めるか、そう考えると少しワクワクした。