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世の中にはどうしようもできないことがあると知ったのは、去年のことだ。大病を患って入院を余儀された時、こんな理不尽なことがあるのだろうかと思ったし、それを乗り越えた時には自分ではどうにもできないことがたくさんあるんだと悟った。同時になるべくして起こったことに対して、自分がどうすれば理想に近づけるかも考えられるようになった。だから前へ前へ常に進めるように、進むことが大切だし一番幸せなことだと思ってた。
彼女との関係も前進することが一番望ましいんだって思ってた。前進した先に楽しさがあるんだって。
でも、この前は違った。彼女と過ごしたあの空間が、時間が、全てがあまりにも完璧で、ずっとあのままでいられたらいいのにと思ってしまった。
関係性を進めたくないとかそういうのでなくて、ただただあの時間が幸せで仕方がなかった。
正直今まで感じたことのない気持ちで戸惑ってしまう。
これが恋なのだろうか?
***
時計を見ると時刻は10時50分になろうとしていた。
今日は彼女にお願いを叶えてもらう、約束の日だ。まだ寒い日が続いていたが、天気に恵まれて日向に出れば暖かな日差しを少し感じられる絶好の行楽日和だった。
彼女との待ち合わせ時間まで後10分。
正直とても緊張してしまい、朝は朝練がある日並みに早起きをして、ルーティーンのお花の水やりをいつもより時間をかけて行ってしまった。
そのあとは朝食を済ませて、前日までに決めていた服に袖を通し、持ち物も確認する。
実は展覧会チケットの引き換え券も前もって購入済みだ。あくまでお願いを聞いてもらう立場なのでお金を出させたくなかったのと、最初のデートくらいカッコつけたってバチは当たらないだろう。
待ち合わせ場所は美術館の最寄駅構内の改札口前で、人はそこそこいつつも混雑はしていなかった。
待ち合わせ時間が近づくにつれて心臓の音が早くなるのを感じる。いろんなことを経験してきたつもりだし、肝は座っている方だと思っていたが、どうやらこの緊張感には未対応のようだ。
「幸村くんごめん!お待たせー!」
聞き覚えのある声が彼方から聞こえてドキリと響く。声のする方向を見ると、そこにはこの前ともまた少し違った彼女がいて面食らってしまう。赤みがかったベージュのロングコートにアラン模様の施されたニットのロングワンピース、そこから伸びる綺麗な脚には黒いタイツをきているようだった。足元にはヒールのないパンプスを履いていて、美術館でたくさん歩くことを想定して履いてきたのだろう。髪型もこの前とはまた異なり、ハーフアップの髪は丁寧に編み込まれていて、髪先にかけてくるんとしたカールが施されている。薄く化粧もしているようで、並んだ時に自分が幼く見えてしまうのではないかと逆に不安になるくらいだ。
女性は服装で変わるとはいうけれど、こんなに変わるとは思わず手にじわりと汗を感じた。制服姿の時も、この前の私服姿だって可愛かったのに、さらに輝いて見えるとは思いも寄らなかった。
「幸村くん?」
「ああ、ごめんごめん、この前も思ったけど制服の時と雰囲気変わるんだね。」
はっと我に帰り言葉を紡ぐ。
「そうかな?変?」
「そんなことないよ。可愛いよ。」
さらっと本音を漏らすと彼女が赤くなりながら「ありがとう。」と呟く。
「玲奈は照れ屋さんなんだね。」
「だって幸村くんが恥ずかしい事言うから。」
「そんな事ないよ、本当のことだから。」
そう伝えると彼女も面食らったようでさらに耳まで赤くなる。
「幸村くん、ちょっと面白がってるでしょ?」
「少しだけね。」
「もう。…でもおしゃれしてきてよかった。」
そう彼女が呟いて今度は俺が熱くなるのを感じる。今日のためにおしゃれをしてきてくれたことに胸がじんとなった。そうかな、とは思ったが改めて言われるとくるものがあった。
「フフ、ありがとう。さあ、行こうか。」
このままでは二人して目的地に着く前に茹で蛸になってしまいそうだと判断した俺は、会話を切り上げて歩き出す。
美術館までは歩いて10分ほど。
歩きながら彼女の空いた右手に触れてみたいと思ったのは言うまでもあるまい。
「幸村くんは美術館が好きなの?」
遊歩道を歩きながら彼女が尋ねる。
「そうだね。見たい展覧会があると行くんだけど、月に1回くらいは行ってる気がするな。」
「それって結構な頻度だよね。本当に好きなんだ。」
「うん、美術は描くのも見るのも好きで。そう言う玲奈は美術館ってあんまり行かない?」
「今年は行けなかったけど、それまではおばあちゃんと結構行ってたなー。おばあちゃんが美術館大好きで。あ、でも私は見てるだけだから全然知識はないよ。」
「何も考えずに見れるのも、絵のいいところだからそれでいいと思うよ。それにしても玲奈のお祖母さんとは気が合いそうだ。焼き魚が上手で、美術館が好きだなんて素敵だね。」
「そうかもね。でもそれおばあちゃんに妬いちゃうなあ…じゃなくて!幸村くんに妬いちゃうだ!おばあちゃん取らないで!」
わたわたと答える彼女がまた真っ赤になる。
そんな彼女に思わず笑ってしまって、彼女も一緒になって笑う。
でも今は「そうだね」とだけ返す。
まだまだデートは始まったばかりだし、美味しいところは最後にとっておかないとね。
***
「そういえば今日なんだけど、チケットはあらかじめ買ってあるんだ。」
到着直前に彼女に伝えると彼女が小さく「えっ。」とつぶやく。
「ダメだったかな?」
「ううん、そうじゃなくてこれクリスマスのお返しなのに…幸村くんの分も私が買おうと思ってて…」
上目遣い気味に答える彼女にくらくらしそうになる反面、いい加減慣れたいと思った。
「フフ、ありがとう。気持ちだけもらっておくよ。こう言う時くらいカッコつけたっていいだろう?」
そう言われた彼女が優しく微笑んで「ありがとう」と答えたかと思いきやさらに言葉が続く。
「…でもどこかでお礼ちゃんとさせてね。」
「わかったよ、玲奈。」
***
チケット売り場でチケットを2枚引き換え、1枚を彼女に渡す。
チケットには今回の展覧会で展示されている絵がランダムで印刷されているようで数種類違う絵柄があるようだった。
彼女が半券をしげしげと見ているので、気になって覗き込むとルノワールの『田舎の踊り』が印刷されていた。女性がこちらを微笑みながら踊っている姿は柔らかさが感じられ、なんとなくその優しい雰囲気が玲奈っぽかった。
「この絵素敵ね。」
「俺もその絵が好きなんだ。なんだか楽しそうで見ているこっちも幸せになるんだ。ちなみにこの絵は『都会の踊り』って言う絵画と対になっていて…ちょうど俺のチケットに描かれてるのがそうだ。」
そう言ってチケットを差し出すとそれもゆっくりと見る。
こちらは先ほどの絵と異なり、洗練された雰囲気のある踊りだ。田舎の踊りの女性がカジュアルな暖色っぽい色のワンピースを身にまとっているの対して、こちらは寒色の効いた白いイブニングドレスを着ている。あちらが動的であれば、こちらが静的と言えるだろう。
「なんだかこっちのチケットは洗練された綺麗さがあって幸村くんっぽいね。」
そう真剣な眼差しで絵を見つめながら玲奈が答える。
「そうかな?」
「うん。なんと言うか無駄がなくて美しいところが似てる気がする。」
「そんな風に思ってくれてありがとう。フフ…なんだか照れくさいな。」
そう言って二人で目を合わせて微笑むと共にまたあの時と同じ感覚が呼び覚まされる。
このまま時が止まればいいのに、と。
でも今回はこの前と違って、これは俺だけが持っている感覚なのかが気になった。
彼女も同じことを感じていたらいいな、なんて考えながら、展覧会会場へと向かった。
彼女との関係も前進することが一番望ましいんだって思ってた。前進した先に楽しさがあるんだって。
でも、この前は違った。彼女と過ごしたあの空間が、時間が、全てがあまりにも完璧で、ずっとあのままでいられたらいいのにと思ってしまった。
関係性を進めたくないとかそういうのでなくて、ただただあの時間が幸せで仕方がなかった。
正直今まで感じたことのない気持ちで戸惑ってしまう。
これが恋なのだろうか?
***
時計を見ると時刻は10時50分になろうとしていた。
今日は彼女にお願いを叶えてもらう、約束の日だ。まだ寒い日が続いていたが、天気に恵まれて日向に出れば暖かな日差しを少し感じられる絶好の行楽日和だった。
彼女との待ち合わせ時間まで後10分。
正直とても緊張してしまい、朝は朝練がある日並みに早起きをして、ルーティーンのお花の水やりをいつもより時間をかけて行ってしまった。
そのあとは朝食を済ませて、前日までに決めていた服に袖を通し、持ち物も確認する。
実は展覧会チケットの引き換え券も前もって購入済みだ。あくまでお願いを聞いてもらう立場なのでお金を出させたくなかったのと、最初のデートくらいカッコつけたってバチは当たらないだろう。
待ち合わせ場所は美術館の最寄駅構内の改札口前で、人はそこそこいつつも混雑はしていなかった。
待ち合わせ時間が近づくにつれて心臓の音が早くなるのを感じる。いろんなことを経験してきたつもりだし、肝は座っている方だと思っていたが、どうやらこの緊張感には未対応のようだ。
「幸村くんごめん!お待たせー!」
聞き覚えのある声が彼方から聞こえてドキリと響く。声のする方向を見ると、そこにはこの前ともまた少し違った彼女がいて面食らってしまう。赤みがかったベージュのロングコートにアラン模様の施されたニットのロングワンピース、そこから伸びる綺麗な脚には黒いタイツをきているようだった。足元にはヒールのないパンプスを履いていて、美術館でたくさん歩くことを想定して履いてきたのだろう。髪型もこの前とはまた異なり、ハーフアップの髪は丁寧に編み込まれていて、髪先にかけてくるんとしたカールが施されている。薄く化粧もしているようで、並んだ時に自分が幼く見えてしまうのではないかと逆に不安になるくらいだ。
女性は服装で変わるとはいうけれど、こんなに変わるとは思わず手にじわりと汗を感じた。制服姿の時も、この前の私服姿だって可愛かったのに、さらに輝いて見えるとは思いも寄らなかった。
「幸村くん?」
「ああ、ごめんごめん、この前も思ったけど制服の時と雰囲気変わるんだね。」
はっと我に帰り言葉を紡ぐ。
「そうかな?変?」
「そんなことないよ。可愛いよ。」
さらっと本音を漏らすと彼女が赤くなりながら「ありがとう。」と呟く。
「玲奈は照れ屋さんなんだね。」
「だって幸村くんが恥ずかしい事言うから。」
「そんな事ないよ、本当のことだから。」
そう伝えると彼女も面食らったようでさらに耳まで赤くなる。
「幸村くん、ちょっと面白がってるでしょ?」
「少しだけね。」
「もう。…でもおしゃれしてきてよかった。」
そう彼女が呟いて今度は俺が熱くなるのを感じる。今日のためにおしゃれをしてきてくれたことに胸がじんとなった。そうかな、とは思ったが改めて言われるとくるものがあった。
「フフ、ありがとう。さあ、行こうか。」
このままでは二人して目的地に着く前に茹で蛸になってしまいそうだと判断した俺は、会話を切り上げて歩き出す。
美術館までは歩いて10分ほど。
歩きながら彼女の空いた右手に触れてみたいと思ったのは言うまでもあるまい。
「幸村くんは美術館が好きなの?」
遊歩道を歩きながら彼女が尋ねる。
「そうだね。見たい展覧会があると行くんだけど、月に1回くらいは行ってる気がするな。」
「それって結構な頻度だよね。本当に好きなんだ。」
「うん、美術は描くのも見るのも好きで。そう言う玲奈は美術館ってあんまり行かない?」
「今年は行けなかったけど、それまではおばあちゃんと結構行ってたなー。おばあちゃんが美術館大好きで。あ、でも私は見てるだけだから全然知識はないよ。」
「何も考えずに見れるのも、絵のいいところだからそれでいいと思うよ。それにしても玲奈のお祖母さんとは気が合いそうだ。焼き魚が上手で、美術館が好きだなんて素敵だね。」
「そうかもね。でもそれおばあちゃんに妬いちゃうなあ…じゃなくて!幸村くんに妬いちゃうだ!おばあちゃん取らないで!」
わたわたと答える彼女がまた真っ赤になる。
そんな彼女に思わず笑ってしまって、彼女も一緒になって笑う。
でも今は「そうだね」とだけ返す。
まだまだデートは始まったばかりだし、美味しいところは最後にとっておかないとね。
***
「そういえば今日なんだけど、チケットはあらかじめ買ってあるんだ。」
到着直前に彼女に伝えると彼女が小さく「えっ。」とつぶやく。
「ダメだったかな?」
「ううん、そうじゃなくてこれクリスマスのお返しなのに…幸村くんの分も私が買おうと思ってて…」
上目遣い気味に答える彼女にくらくらしそうになる反面、いい加減慣れたいと思った。
「フフ、ありがとう。気持ちだけもらっておくよ。こう言う時くらいカッコつけたっていいだろう?」
そう言われた彼女が優しく微笑んで「ありがとう」と答えたかと思いきやさらに言葉が続く。
「…でもどこかでお礼ちゃんとさせてね。」
「わかったよ、玲奈。」
***
チケット売り場でチケットを2枚引き換え、1枚を彼女に渡す。
チケットには今回の展覧会で展示されている絵がランダムで印刷されているようで数種類違う絵柄があるようだった。
彼女が半券をしげしげと見ているので、気になって覗き込むとルノワールの『田舎の踊り』が印刷されていた。女性がこちらを微笑みながら踊っている姿は柔らかさが感じられ、なんとなくその優しい雰囲気が玲奈っぽかった。
「この絵素敵ね。」
「俺もその絵が好きなんだ。なんだか楽しそうで見ているこっちも幸せになるんだ。ちなみにこの絵は『都会の踊り』って言う絵画と対になっていて…ちょうど俺のチケットに描かれてるのがそうだ。」
そう言ってチケットを差し出すとそれもゆっくりと見る。
こちらは先ほどの絵と異なり、洗練された雰囲気のある踊りだ。田舎の踊りの女性がカジュアルな暖色っぽい色のワンピースを身にまとっているの対して、こちらは寒色の効いた白いイブニングドレスを着ている。あちらが動的であれば、こちらが静的と言えるだろう。
「なんだかこっちのチケットは洗練された綺麗さがあって幸村くんっぽいね。」
そう真剣な眼差しで絵を見つめながら玲奈が答える。
「そうかな?」
「うん。なんと言うか無駄がなくて美しいところが似てる気がする。」
「そんな風に思ってくれてありがとう。フフ…なんだか照れくさいな。」
そう言って二人で目を合わせて微笑むと共にまたあの時と同じ感覚が呼び覚まされる。
このまま時が止まればいいのに、と。
でも今回はこの前と違って、これは俺だけが持っている感覚なのかが気になった。
彼女も同じことを感じていたらいいな、なんて考えながら、展覧会会場へと向かった。
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