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彼女に連れ立ってしばらく歩くと、オレンジ色のダウンライトが漏れるカフェに到着する。
ガラスの押し扉を押して入ると、暖かい空気と芳醇なコーヒーの香りが鼻腔をかすめた。
街角に位置する店舗は外から見ても暖かそうだったが、想像の通り心地よい温度で、冷たくなった体をじんわりと温める。
店内は夕方ということもあり比較的空いていて、落ち着いた空間になっていた。
「ここ、3年生になるまではよく来てたんだー。落ち着いててなかなか素敵でしょ?」
奥のオーダーカウンターに向かいながら玲奈が言う。飲み物は先に購入して、それを席に持っていくスタイルのようで、だからこそ店内がゆったりとしているのだと感じられた。
ここは紅茶もコーヒーも種類が豊富なんだよーという彼女に助言されながらオーダーをする。彼女はカフェラテ、俺はアールグレイを頼んだ。
飲み物を受け取り、彼女のお気に入りという、ガラスを挟んで道に面したカウンター席に二人並んで座る。
「いいお店だね。」
「でしょ!この時間は特に人も少なくて好きなんだー。あと、こうして日が落ちてくのも見れるし。」
そう言って外を見ると、先ほどよりもさらに日を落とした夕日があった。空は薄紫から濃紺に色を変え始めている。
「フフ、確かにこの時間は贅沢だね。」
「そう、私だけの時間なんだ。」
美味しそうにカフェラテを口にしながら彼女が微笑む。
俺にとっては彼女が隣にいて、幸せそうに話すこの時間こそが贅沢に感じた。
それからいろんなことを話した。
彼女の受験当日のことから勉強中のこと、お父さんが試験日に彼女を心配してわざわざ単身赴任先の海外から帰って来たこと、お祖母さんのこと、俺の部活のこと、オーストラリアでのワールドカップのこと、家族のこと、昨日見かけた花のこと…メールで話題になったこともあったが、直接話すとまた違った内容で新鮮に感じた。どんな些細な話も楽しくって、俺ってこんなにお喋りだったっけ?なんて思うほど話してしまう。
「そういえば、あれから幸村くん図書館に来なかったよね。」
「ん?…ああ、そういえばそうだね。あんまり玲奈の邪魔をしたくなくって。一緒にいたら話さなきゃいけないと思うだろう?」
「やっぱり気遣ってくれてたんだねー。少し寂しかったけど、その反面ちょっとホッとしてたんだ。あんまりペースを乱したくなかったからとっても助かったよ。ありがとう。」
「フフ、どういたしまして。まあ、外から玲奈の様子を見にいったことはあったけど。」
最初は釈然としなかった彼女がみるみる顔を赤くしながら目を丸くする。
「見に来てたの?!なんで?!」
「心配で見に行ったんだ。5回くらいかな。」
「なんで言ってくれないの…しかも5回も…試験前なんて全然気を使えてなかったから酷い顔してたでしょ…なんだか恥ずかしいよ…」
「フフ、言ったら気にするだろう?それに俺が勝手に心配して見に行っただけだから。」
「そうかもしれないけど…」
「…ごめん、嫌だった?」
「そんなことはない!むしろ心配してくれてすごく嬉しい!」
あまりの勢いで答えるので、思わず笑ってしまう。すると彼女も自分が必死だったことに気づき照れながら微笑んだ。
そしてその様子を見てようやくお願いを伝える決心がつく。
「あのさ、お願いのことって覚えてる?」
意を決して言うと、彼女もそうだとばかりに答える。
「もちろん!今日聞こうと思ってたんだー。クリスマスから2ヶ月も経っちゃったけど、私にできることならなんでも言って。あ、欲しいものとかでもいいよ!」
彼女がそうにこやかに答える。
俺は一度小さく息を吸った。
「実は今横浜の美術館でやってるルノワールの展覧会があるんだけど、それに一緒に行って欲しいんだ。」
そう伝えると、彼女はちょっとだけ目を見開く。
「えっ、それでいいの?」
「ずっと行きたかった展覧会なんだ。」
「そうかもしれないけど、それだけでいいのかな、と思って…」
「えっ、じゃあダメかい?」
「全然ダメじゃないよ!いや、なんと言うか、私も楽しめちゃいそうなお願いだったから、それでいいのかなと思っちゃって。」
そう言われて目を見開いたのは、今度は俺の番だった。
「玲奈って本当…素直だね。」
本当に可愛くて仕方がないと言う言葉を押しとどめる。彼女と一緒にいるとこっちまで素直になんでも口にしてしまいそうになるのが困る。
「それ友達にもよく言われる〜。思ったこと言ってるだけなんだけどね。」
へらりと笑いながら答えるものだから、こちらもつられて笑ってしまう。
「そしたら早速日程決めよう!」
彼女がそう言いながらカレンダーアプリを立ち上げる。
その後はトントン拍子で日程や時間、待ち合わせ場所が決まっていき、気づけば19時近くになっていたのでそれでお開きにした。
今日は彼女の合格をお祝いしてお祖母さんがご馳走を用意してくれているらしい。
カフェを出ると、外はすっかり真っ暗になっていた。空気はより一層冷たくなって、息が白い。
「展覧会、楽しみにしてるね。」
彼女がそういつもの笑顔で言う。
「俺も楽しみにしてる。」
そう言って名残惜しくも別れを告げるのかと思いきや、彼女がじっと動かず何かを考えているようだ。
「玲奈?大丈夫?」
何か忘れ物をしてしまったのだろうかと思い、声をかけた次の瞬間、彼女の両の手が俺の右手をぎゅっと握ってくる。
一瞬の内に驚きと緊張と嬉しさといろんな感情がごちゃ混ぜになる俺に、耳を真っ赤にした彼女が言った。
「幸村くん、この数ヶ月間幸村くん無しでは乗り越えられなかったと思う。本当に感謝してるんだ。ありがとう。」
繋いだ手から彼女の暖かな体温とすべすべとした肌の感触が伝わる。初めの電気が走るような感覚はいつの間にか柔らかな感触へと変わっていた。
「こちらこそ、少しでも玲奈の助けになれていたのなら光栄だよ。それに努力したのは玲奈だよ。お疲れさま。」
空いた左手を右手に重なる彼女の手に添えながら伝えると俯いていた彼女がパッと顔を上げる。耳だけではなく頬まで赤くなった彼女の瞳に通りかかった車のライトが反射してきらりと輝く。
この瞬間がずっと続けばいいのに、と初めて思った。
「ありがとう。」
彼女のはにかんだ笑顔がいつもより俺に寄り添うように向けられた気がした。
ガラスの押し扉を押して入ると、暖かい空気と芳醇なコーヒーの香りが鼻腔をかすめた。
街角に位置する店舗は外から見ても暖かそうだったが、想像の通り心地よい温度で、冷たくなった体をじんわりと温める。
店内は夕方ということもあり比較的空いていて、落ち着いた空間になっていた。
「ここ、3年生になるまではよく来てたんだー。落ち着いててなかなか素敵でしょ?」
奥のオーダーカウンターに向かいながら玲奈が言う。飲み物は先に購入して、それを席に持っていくスタイルのようで、だからこそ店内がゆったりとしているのだと感じられた。
ここは紅茶もコーヒーも種類が豊富なんだよーという彼女に助言されながらオーダーをする。彼女はカフェラテ、俺はアールグレイを頼んだ。
飲み物を受け取り、彼女のお気に入りという、ガラスを挟んで道に面したカウンター席に二人並んで座る。
「いいお店だね。」
「でしょ!この時間は特に人も少なくて好きなんだー。あと、こうして日が落ちてくのも見れるし。」
そう言って外を見ると、先ほどよりもさらに日を落とした夕日があった。空は薄紫から濃紺に色を変え始めている。
「フフ、確かにこの時間は贅沢だね。」
「そう、私だけの時間なんだ。」
美味しそうにカフェラテを口にしながら彼女が微笑む。
俺にとっては彼女が隣にいて、幸せそうに話すこの時間こそが贅沢に感じた。
それからいろんなことを話した。
彼女の受験当日のことから勉強中のこと、お父さんが試験日に彼女を心配してわざわざ単身赴任先の海外から帰って来たこと、お祖母さんのこと、俺の部活のこと、オーストラリアでのワールドカップのこと、家族のこと、昨日見かけた花のこと…メールで話題になったこともあったが、直接話すとまた違った内容で新鮮に感じた。どんな些細な話も楽しくって、俺ってこんなにお喋りだったっけ?なんて思うほど話してしまう。
「そういえば、あれから幸村くん図書館に来なかったよね。」
「ん?…ああ、そういえばそうだね。あんまり玲奈の邪魔をしたくなくって。一緒にいたら話さなきゃいけないと思うだろう?」
「やっぱり気遣ってくれてたんだねー。少し寂しかったけど、その反面ちょっとホッとしてたんだ。あんまりペースを乱したくなかったからとっても助かったよ。ありがとう。」
「フフ、どういたしまして。まあ、外から玲奈の様子を見にいったことはあったけど。」
最初は釈然としなかった彼女がみるみる顔を赤くしながら目を丸くする。
「見に来てたの?!なんで?!」
「心配で見に行ったんだ。5回くらいかな。」
「なんで言ってくれないの…しかも5回も…試験前なんて全然気を使えてなかったから酷い顔してたでしょ…なんだか恥ずかしいよ…」
「フフ、言ったら気にするだろう?それに俺が勝手に心配して見に行っただけだから。」
「そうかもしれないけど…」
「…ごめん、嫌だった?」
「そんなことはない!むしろ心配してくれてすごく嬉しい!」
あまりの勢いで答えるので、思わず笑ってしまう。すると彼女も自分が必死だったことに気づき照れながら微笑んだ。
そしてその様子を見てようやくお願いを伝える決心がつく。
「あのさ、お願いのことって覚えてる?」
意を決して言うと、彼女もそうだとばかりに答える。
「もちろん!今日聞こうと思ってたんだー。クリスマスから2ヶ月も経っちゃったけど、私にできることならなんでも言って。あ、欲しいものとかでもいいよ!」
彼女がそうにこやかに答える。
俺は一度小さく息を吸った。
「実は今横浜の美術館でやってるルノワールの展覧会があるんだけど、それに一緒に行って欲しいんだ。」
そう伝えると、彼女はちょっとだけ目を見開く。
「えっ、それでいいの?」
「ずっと行きたかった展覧会なんだ。」
「そうかもしれないけど、それだけでいいのかな、と思って…」
「えっ、じゃあダメかい?」
「全然ダメじゃないよ!いや、なんと言うか、私も楽しめちゃいそうなお願いだったから、それでいいのかなと思っちゃって。」
そう言われて目を見開いたのは、今度は俺の番だった。
「玲奈って本当…素直だね。」
本当に可愛くて仕方がないと言う言葉を押しとどめる。彼女と一緒にいるとこっちまで素直になんでも口にしてしまいそうになるのが困る。
「それ友達にもよく言われる〜。思ったこと言ってるだけなんだけどね。」
へらりと笑いながら答えるものだから、こちらもつられて笑ってしまう。
「そしたら早速日程決めよう!」
彼女がそう言いながらカレンダーアプリを立ち上げる。
その後はトントン拍子で日程や時間、待ち合わせ場所が決まっていき、気づけば19時近くになっていたのでそれでお開きにした。
今日は彼女の合格をお祝いしてお祖母さんがご馳走を用意してくれているらしい。
カフェを出ると、外はすっかり真っ暗になっていた。空気はより一層冷たくなって、息が白い。
「展覧会、楽しみにしてるね。」
彼女がそういつもの笑顔で言う。
「俺も楽しみにしてる。」
そう言って名残惜しくも別れを告げるのかと思いきや、彼女がじっと動かず何かを考えているようだ。
「玲奈?大丈夫?」
何か忘れ物をしてしまったのだろうかと思い、声をかけた次の瞬間、彼女の両の手が俺の右手をぎゅっと握ってくる。
一瞬の内に驚きと緊張と嬉しさといろんな感情がごちゃ混ぜになる俺に、耳を真っ赤にした彼女が言った。
「幸村くん、この数ヶ月間幸村くん無しでは乗り越えられなかったと思う。本当に感謝してるんだ。ありがとう。」
繋いだ手から彼女の暖かな体温とすべすべとした肌の感触が伝わる。初めの電気が走るような感覚はいつの間にか柔らかな感触へと変わっていた。
「こちらこそ、少しでも玲奈の助けになれていたのなら光栄だよ。それに努力したのは玲奈だよ。お疲れさま。」
空いた左手を右手に重なる彼女の手に添えながら伝えると俯いていた彼女がパッと顔を上げる。耳だけではなく頬まで赤くなった彼女の瞳に通りかかった車のライトが反射してきらりと輝く。
この瞬間がずっと続けばいいのに、と初めて思った。
「ありがとう。」
彼女のはにかんだ笑顔がいつもより俺に寄り添うように向けられた気がした。