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俺は一通りの経験をしてきたと思う。
大病を患って入院し、そこから地獄のようなリハビリをこなして全国大会の大舞台に立った。その間に喜びも憎しみも悲しみも、いろんな感情を感じてきたと思うし、その辺の人よりも人生経験が豊富だと自負してる。
まさかこれから半年でさらに感じたことのない気持ちと向き合うことになるとは、思っていなかった。
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朝、いつもの道を歩く時、冷たくて鼻につんと抜ける風を感じる。
まだ日が昇るのも遅くないし、制服だって半袖を着ているが少し肌寒さを感じる9月の下旬。
朝7時には家を出て、潮風を感じる沿岸沿いをみながら学校へと向かっていた。それはいつも通りのことなのだが、この学校で秋の空気を感じるのは最後だと思うと少し寂しくも感じる。
ラケットを入れたテニスバックを担いではいるが、部活はもう自分たちが中心になる場所ではなく、後輩を少しでもサポートするために出席している。今年は全国制覇を逃してしまったのもあり、今からできるだけ後輩たちの力になってあげたいのだ。
そんな風に思いはしているが、この数ヶ月で部長の役職と全国大会という肩の荷が一気に降りてしまったこともあり、正直張り詰めていた緊張の糸が切れてしまっていた。
空が青くて高い。
そんな風にぼんやりと眺めていた時だった。
「…っ!ごめんなさい!」
どん、という音と共に跳ね返されるように制服の女子が転んだ。尻餅をついたようで、なんとか立とうとしている。
俺としたことが、ぼんやりしすぎだ。真田がいたら「たるんどる!」と一括されただろう。
「こちらこそ、すまない。立てるかい?」
手を差し伸べると、彼女は少しうつむきがちに手を取り立ち上がる。セミロングの髪が表情を隠していたが、恥ずかしそうな表情がみて取れた。
「大丈夫です。こちらこそぼーっとしてて、ぶつかってごめんなさい。」
髪を片耳にかけながら、制服についな砂埃を払う。丸い二重まぶたの目と可愛らしい顔立ちに幼さを感じた。年下だろうか。
そんなことを思いながらぶつかった拍子に飛んだ彼女のカバンを拾うと手渡す。カバンにはこの辺ではみない学校のエンブレムが刺繍されていた。
「カバン、ありがとうございます。すいませんでした。」
ぺこりと頭をさげると、一目散に駅の方へと走って行った。どうやら電車の時間が差し迫っていたようだ。
さらに声をかける間も無く走り去って行ってしまったと思いきや、足元には身に覚えのないピンクの筆箱が落ちていた。必勝、と書かれたお守り付きのそれは、おそらく彼女のものであるのは確実だった。砂を払いながら拾い上げ、もう一度駅の方を見るが、すでに彼女の姿はなかった。
悪いことをしてしまった。
自分のものに似ても似つかない筆箱をカバンにしまうと、明日同じ時間に渡そうかなんて考えつつ、再びいつもの道を歩き始める。
いつもと違う新鮮な空気が頰を撫でた気がした。
***
朝練後、軽く汗をぬぐいながら席に着き教科書を取り出そうとカバンを開けると、そこには先に拾った筆箱があった。
もしかしたら連絡先が入っているかもなんて思いながら取り出してみてみる。淡いピンクに水色のジッパーがついており、中には数本のシャーペン、鉛筆とペンに消しゴムが入っていた。残念ながら彼女の手がかりになるものはなかったが、一緒についていた小ぶりのお守りには「必勝祈願」と金字で刺繍されていた。
願掛けでもしているのだろうか。筆箱にお守りってことは受験生か?それとも試合か何かの勝利祈願?
しげしげとそれを見つめていると、見知った声が聞こえる。
「どうした精市」
柳蓮二が不思議そうにこちらをみていた。こんなファンシーな筆箱を持っていれば無理もないだろう。
「登校途中に女の子とぶつかって落としていったんだ。」
「ほう、通りで可愛らしいものを持っているわけだ。」
「返したいけど、手がかりがあまりなくて。」
「まあ、登校途中に会ったということはいつもそこを歩いているということだろう。また会えると思うが。」
「俺もそう思って。とりあえず持ち歩くようにするよ。」
「そうだな、それがいいと思う。」
そんな会話をしながら筆箱をカバンに戻し入れる。
不意に外を見ると、日差しが少し眩しく差し込んでいた。
***
それからいつも通りの1日を送る。授業を受けて、昼ごはんを食べて、また授業を受けて部活の練習をし、特になんの変わりもなかった。
「幸村、帰ろう。」
声の主は真田弦一郎だ。
「ああ、そうしようか。」
真田といつも通り、今日の練習について反省したり意見を言い合いながら学校を出る。真田は少し難しそうな顔をしながら真剣に今日の後輩の様子について考えているようだった。
その姿が少し羨ましく、そして全国大会以来気の抜けてしまった自分に罪悪感を感じながらうんうんと相槌を打つ。もっと向き合いたいんだけどな。
そんなことを考えながら歩いていると、通学路で何かを探している小柄な姿があった。
瞬間、彼女が筆箱の主であることがわかった。
あのセミロングの髪型はきっと朝の彼女だ。
「真田、ちょっとごめん。あの子に用があるんだ。」
真田にそう伝えると、珍しそうな表情を一瞬作るが、すぐにいつもの顔に戻る。
「あの、これ。」
そういってカバンから筆箱を取り出して手渡す。
彼女は少しだけ栗色がかった髪を揺らして、俺をみたと思うと、筆箱を手に取る。すると目を見開き嬉し泣きするかのごとく表情を崩した。
「あ…ありがとうございます!」
目を潤ませながらお礼を言う彼女はとても嬉しそうだ。よっぽど大切なものだったらしい。
「これ、とても大切なものだったんです。ないのがわかった凄く焦って…ここで落としたと思ったのですが、探してもないし、本当に困ってたんです。本当にありがとうございます。」
そう言いながらまっすぐに俺の目を見て再度お礼を述べた。とても必死で、健気で、少し胸がきゅっとなる。
「渡せてよかった。ずっと気になってたんだ。」
「幸村、大丈夫か」
後ろから真田が歩み寄ると俺の隣に並ぶ。
「ああ、大丈夫だ。色々あって彼女の筆箱を返していたんだ。」
そうか、とばかりに真田も彼女を見る。
「本当にありがとうございます。帰宅途中にすみません。」
真田を待たせていたことに気づくと、会釈をその場を去っていった。
目的を達成してるのに、せっかく会えたのに、と言う気持ちが消えきってないからだろう。待って、と引き留めたくなったが、既に数メートル離れてしまった。
「すまん、邪魔をしたか。」
バツが悪そうにそう言う真田を「いや、大丈夫。忘れ物を渡せたし」と微笑みながら答えてやり過ごす。
この後ろ髪引かれる思いを他人に悟られるのだけは、なんとなく嫌だった。
これが全ての始まりだった。
大病を患って入院し、そこから地獄のようなリハビリをこなして全国大会の大舞台に立った。その間に喜びも憎しみも悲しみも、いろんな感情を感じてきたと思うし、その辺の人よりも人生経験が豊富だと自負してる。
まさかこれから半年でさらに感じたことのない気持ちと向き合うことになるとは、思っていなかった。
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朝、いつもの道を歩く時、冷たくて鼻につんと抜ける風を感じる。
まだ日が昇るのも遅くないし、制服だって半袖を着ているが少し肌寒さを感じる9月の下旬。
朝7時には家を出て、潮風を感じる沿岸沿いをみながら学校へと向かっていた。それはいつも通りのことなのだが、この学校で秋の空気を感じるのは最後だと思うと少し寂しくも感じる。
ラケットを入れたテニスバックを担いではいるが、部活はもう自分たちが中心になる場所ではなく、後輩を少しでもサポートするために出席している。今年は全国制覇を逃してしまったのもあり、今からできるだけ後輩たちの力になってあげたいのだ。
そんな風に思いはしているが、この数ヶ月で部長の役職と全国大会という肩の荷が一気に降りてしまったこともあり、正直張り詰めていた緊張の糸が切れてしまっていた。
空が青くて高い。
そんな風にぼんやりと眺めていた時だった。
「…っ!ごめんなさい!」
どん、という音と共に跳ね返されるように制服の女子が転んだ。尻餅をついたようで、なんとか立とうとしている。
俺としたことが、ぼんやりしすぎだ。真田がいたら「たるんどる!」と一括されただろう。
「こちらこそ、すまない。立てるかい?」
手を差し伸べると、彼女は少しうつむきがちに手を取り立ち上がる。セミロングの髪が表情を隠していたが、恥ずかしそうな表情がみて取れた。
「大丈夫です。こちらこそぼーっとしてて、ぶつかってごめんなさい。」
髪を片耳にかけながら、制服についな砂埃を払う。丸い二重まぶたの目と可愛らしい顔立ちに幼さを感じた。年下だろうか。
そんなことを思いながらぶつかった拍子に飛んだ彼女のカバンを拾うと手渡す。カバンにはこの辺ではみない学校のエンブレムが刺繍されていた。
「カバン、ありがとうございます。すいませんでした。」
ぺこりと頭をさげると、一目散に駅の方へと走って行った。どうやら電車の時間が差し迫っていたようだ。
さらに声をかける間も無く走り去って行ってしまったと思いきや、足元には身に覚えのないピンクの筆箱が落ちていた。必勝、と書かれたお守り付きのそれは、おそらく彼女のものであるのは確実だった。砂を払いながら拾い上げ、もう一度駅の方を見るが、すでに彼女の姿はなかった。
悪いことをしてしまった。
自分のものに似ても似つかない筆箱をカバンにしまうと、明日同じ時間に渡そうかなんて考えつつ、再びいつもの道を歩き始める。
いつもと違う新鮮な空気が頰を撫でた気がした。
***
朝練後、軽く汗をぬぐいながら席に着き教科書を取り出そうとカバンを開けると、そこには先に拾った筆箱があった。
もしかしたら連絡先が入っているかもなんて思いながら取り出してみてみる。淡いピンクに水色のジッパーがついており、中には数本のシャーペン、鉛筆とペンに消しゴムが入っていた。残念ながら彼女の手がかりになるものはなかったが、一緒についていた小ぶりのお守りには「必勝祈願」と金字で刺繍されていた。
願掛けでもしているのだろうか。筆箱にお守りってことは受験生か?それとも試合か何かの勝利祈願?
しげしげとそれを見つめていると、見知った声が聞こえる。
「どうした精市」
柳蓮二が不思議そうにこちらをみていた。こんなファンシーな筆箱を持っていれば無理もないだろう。
「登校途中に女の子とぶつかって落としていったんだ。」
「ほう、通りで可愛らしいものを持っているわけだ。」
「返したいけど、手がかりがあまりなくて。」
「まあ、登校途中に会ったということはいつもそこを歩いているということだろう。また会えると思うが。」
「俺もそう思って。とりあえず持ち歩くようにするよ。」
「そうだな、それがいいと思う。」
そんな会話をしながら筆箱をカバンに戻し入れる。
不意に外を見ると、日差しが少し眩しく差し込んでいた。
***
それからいつも通りの1日を送る。授業を受けて、昼ごはんを食べて、また授業を受けて部活の練習をし、特になんの変わりもなかった。
「幸村、帰ろう。」
声の主は真田弦一郎だ。
「ああ、そうしようか。」
真田といつも通り、今日の練習について反省したり意見を言い合いながら学校を出る。真田は少し難しそうな顔をしながら真剣に今日の後輩の様子について考えているようだった。
その姿が少し羨ましく、そして全国大会以来気の抜けてしまった自分に罪悪感を感じながらうんうんと相槌を打つ。もっと向き合いたいんだけどな。
そんなことを考えながら歩いていると、通学路で何かを探している小柄な姿があった。
瞬間、彼女が筆箱の主であることがわかった。
あのセミロングの髪型はきっと朝の彼女だ。
「真田、ちょっとごめん。あの子に用があるんだ。」
真田にそう伝えると、珍しそうな表情を一瞬作るが、すぐにいつもの顔に戻る。
「あの、これ。」
そういってカバンから筆箱を取り出して手渡す。
彼女は少しだけ栗色がかった髪を揺らして、俺をみたと思うと、筆箱を手に取る。すると目を見開き嬉し泣きするかのごとく表情を崩した。
「あ…ありがとうございます!」
目を潤ませながらお礼を言う彼女はとても嬉しそうだ。よっぽど大切なものだったらしい。
「これ、とても大切なものだったんです。ないのがわかった凄く焦って…ここで落としたと思ったのですが、探してもないし、本当に困ってたんです。本当にありがとうございます。」
そう言いながらまっすぐに俺の目を見て再度お礼を述べた。とても必死で、健気で、少し胸がきゅっとなる。
「渡せてよかった。ずっと気になってたんだ。」
「幸村、大丈夫か」
後ろから真田が歩み寄ると俺の隣に並ぶ。
「ああ、大丈夫だ。色々あって彼女の筆箱を返していたんだ。」
そうか、とばかりに真田も彼女を見る。
「本当にありがとうございます。帰宅途中にすみません。」
真田を待たせていたことに気づくと、会釈をその場を去っていった。
目的を達成してるのに、せっかく会えたのに、と言う気持ちが消えきってないからだろう。待って、と引き留めたくなったが、既に数メートル離れてしまった。
「すまん、邪魔をしたか。」
バツが悪そうにそう言う真田を「いや、大丈夫。忘れ物を渡せたし」と微笑みながら答えてやり過ごす。
この後ろ髪引かれる思いを他人に悟られるのだけは、なんとなく嫌だった。
これが全ての始まりだった。
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