花火
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「花火大会……か」
まぁ、私には何の縁もないイベントだ。
目の前にあるポスターを見つめる。
今日は、八月の末日。
ESビルにて花火大会が開催されるという事もあり、外は近所の人やアイドルを見る為に来たであろう人達で賑わっているのを横目に事務所内へと戻った。
花火大会であろうが休みではないし、今日も見事に残業だ。
「はぁ……」
自分のデスクに座るなり、勝手に溜め息が出た。
デートとかしてみたかったなぁ、という心残りは多少なりともある。学生時代から卒業した今も、沢山の男の子達と接していると気になる相手が出来たりその相手を好きだと自覚してしまったりして。
勿論、この想いは胸に秘めている。
伝えるなんて事はしない。
出来る訳がない。
相手はアイドルで、私はプロデューサーなのだから。
この関係性が既に恋の行方を結論付けていた。
けれども……
「花火くらいは一緒に見たかったかもなぁ」
ぽろり、と無意識に溢れ落ちた独り言は消えた。
「あら、誰と?」
消えたはずの独り言が、問い掛けられた声によって戻される。その声が、今しがた一緒に花火を見る事を望んだ相手のものである事は振り返らなくても分かった。
「あ、お姉ちゃん。お疲れ様です」
どきどき、と自分の意思とは関係なく高鳴っていく鼓動を悟られまいと振り返って冷静に努めようと作り慣れた笑いを浮かべた。
「なまえちゃんもお疲れ様……とは言っても、まだ仕事中よね」
「うん、今日は残業」
「今日も、じゃなくて?」
「ゔっ……」
「もう……無理しちゃ駄目っていつも言ってるでしょ」
隣に立って、私の両頬をむにゅっと痛くない加減で伸ばす。
「頑張るのは良い事だけど、なまえちゃんはとことん自分を追い詰めている事に気付かないくらい頑張っちゃうでしょ?だから本当に心配なのよ。また倒れちゃうんじゃないかって」
「ごめんなさい。でも、無理はしてないから」
「そう言う人に限って無理するのよ。急ぎじゃないのなら少し休憩しましょ」
ね?と、私の両頬を離して「飲み物用意してくるわ。何が良い?」と、いつもの笑顔。
「あ、私が用意するよ。Knights様に飲み物用意させたなんて知られたらファンの人達に怒られちゃうだろうから」
「やぁね。お姫様達はそんな事で怒る程許容は狭くないわ。じゃあ、一緒に行きましょ?」
「ダメダメダメ!お姉ちゃん、仕事終わったばかりでしょ?」
「そうだけど、なまえちゃんこそ……」
何か言い掛けてるところを「ゆっくりしてて!」と遮って オフィスを逃げるように出た。あのまま一緒に居たら、言わなくていい事を口にしてしまいそうだったから。
絶対に知られてはいけない。
自分だけが知っていればいいんだ、この気持ちは。
「好き過ぎるのも困ったものだわ……早く会いたかったからって気遣いを忘れちゃうなんてダメね……」
ペットボトルのお水と、自分用に缶のアイスミルクティーを買ってオフィスへ戻ればお姉ちゃんの声が聞こえた。独り言にしては大きい声だな、と思いながら中を覗き込むと、お姉ちゃんが私のデスクに座って誰かと電話している。
「ホント、泉ちゃんには感謝してるわよ。そうね、頑張ってみようかしら。可能性はゼロだけど」
相手は瀬名先輩のようだ。
ありがとう、と言ったあとに耳からスマホを離して操作をしたかと思えばこちらに振り返った。
「何してるの?そんなところに突っ立ってないで、早くいらっしゃいな」
そう言いながら、笑顔で手招きをしつつキャスター付きの椅子から腰を上げる。
「お水で良かったかな?」
「えぇ、ありがとう」
お水のペットボトルを渡して、今度は私が座るとすかさずお姉ちゃんは隣のデスクの椅子に座った。
「こーら、なまえちゃん。今からカフェインなんて摂取したら眠れなくなるって言ってるじゃないの。夜更かしはダメよ」
「ご、ごめんなさい、つい癖で」
「癖で……?」
「あっ……」
日頃から、言われている。
午後はカフェイン摂取しないように、カフェイン自体あまり摂取しないように、カフェインで眠れなくなったら夜更しする事になるし、ビタミンCを破壊するからお肌ボロボロにはなるけど脂肪燃焼効果もあるから適度にね、と。
怒られる!とお説教されるのを覚悟して目をきつく閉じるも、はぁ……という呆れたような溜め息が聞こえて、ゆっくり目を開くと片手で頬杖をつき、こちらを見ていた。
「もう買ってしまったのは仕方ないわよね……明日は休みなんでしょ?飲んじゃいなさい」
「う、うん」
良かった、怒られずに済んだと胸を撫で下ろす。
お姉ちゃんは瀬名先輩に比べるとかなり優しいけど、言う時ははっきりと言われるから少しだけ怖い時もある。
「ミルクティー、好きなの?」
「うん、何だか落ち着くから」
ぷしゅっ、とプルタブを開けながらお姉ちゃんを見ると「そう……」と視線を私の手元へ落とした。
「お姉ちゃんは、どうしてここに?」
「勿論、花火を見る為よ」
「誰かと約束してるの?」
花火大会が始まるのは、まだ先だから時間潰すがてら来たのだろう。
しかし、私はご覧の通り残業。
時間潰しの相手に選んで貰えたのは嬉しいけど、このミルクティーを飲んだら取り掛からなくちゃいけない。
「約束はしてないの。誘ったんだけど、忙しいみたいでメッセージも返信どころか既読にすらならないから来たのよ」
「そっかぁ」
ミルクティーを一口飲むと、程良い甘さが体に染みてく。
はぁ……疲れも吹っ飛ぶようだ。
「その仕事、どれくらいで終わりそう?」
「うーん……多分、花火が始まる頃くらいかな」
「じゃあ、それまで待っていようかしら」
「あまりお話出来ないかもしれないけど……」
「良いわよ。頑張ってる子を見てるの好きだから。なまえちゃんの仕事っぷり、見届けさせて貰うわ」
にっこり、微笑んだお姉ちゃんはペットボトルの蓋を開けて水を飲んだ。喉が乾いてたのか、お姉ちゃんにしちゃあ珍しくごくごくと音を鳴らして流し込むかのように飲む姿にびっくりしたのだけれども、上下する喉仏にドキドキする。
まるで、本当の女の子みたいなお姉ちゃん。
だけど、体付きや手や肩幅は適度にしっかりしてて男らしさを感じてしまうものだから心臓はあまり保ってない。
極力、2人にならないようにしていたのになんで今日に限ってオフィスには誰もいないんだ。
「おっ、終わっ……たぁ!」
ノートパソコンを閉じ、天井に向かって「んーっ」と腕と体を思いっ切り伸ばしたあと外を見ればすっかり夜色に染まっていた。さっきお姉ちゃんに伝えた通り、花火大会が始まろうとしている時間に何とか終わらせる事が出来た。
ん……?そういえば、お姉ちゃんどうしたんだろ?
残業に取り掛かって直ぐは他愛のない話をしていたのだけど、次第に会話が途切れていき、最後は物音すらしなくなっていた。
そのおかげで集中出来たのだけど、待っていようかしらと言ったお姉ちゃんは暇を持て余していたかもしれない。時間潰しにここへ来てくれたのに、時間潰しどころか会話すらもなかったのなら、相当暇だったろうから申し訳ない。
「ご、ごめんねっ、お姉ちゃ……」
隣を見ると、こちらを向いて机に突っ伏しているお姉ちゃんは両腕を重ねて枕にして寝ていた。
そりゃあ、寝ちゃうか。
毎日、お仕事で休みなんて殆どないんだから。
寝かせておきたいけど起こさないとって思うのに、起こしたくないとも思ってしまう。
花火大会に誘った相手は仲の良い人の誰かかもしれないし、どこかの事務所の女の人かもしれない。
でも、私だってお姉ちゃんと居たいの。
少しだけでいいから一緒に居させて欲しい。
疲れていた、という事にしてこのまま一緒に寝ようかとも考えてしまうけれども、同じ体勢になり顔を近付ける。
「……あと、ちょっとだけ」
こうさせていて欲しい。
ごめんね、お姉ちゃん。
多分、きっともうこんな距離で顔を見る事もないだろうな。
普段より少し幼く見える寝顔は、何だか可愛く思えて自然と口角が緩むのを感じながらゆっくりと瞼が降りてく。
お姉ちゃんの好きな相手ってどんな人なんだろ。
好き過ぎるのも、なんて言っていたからとてもベタ惚れじゃないか。凄く素敵な人なんだろうなぁ、お姉ちゃんが惚れるくらいだし。
「……人の寝顔見て笑うなんて失礼なコね、なまえちゃんってば」
閉じかけていた視界が一気に広がり、腕に顔を乗せたまま楽しげに微笑んでるお姉ちゃんが見えた。
「っあ、起こしてごめんなさい」
「良いのよ、起こしてくれきゃ困るから。それより、なんで笑ってたの?」
「お姉ちゃんの寝顔が可愛かったから」
「あら、やだ。嬉しい事言ってくれるじゃない。そういうなまえちゃんだって頑張ってる姿可愛くてとても素敵よ」
お姉ちゃんは、よく私を可愛いと言ってくれて嬉しいのだけど……
実際には、そんなに可愛くないから言われ慣れてなくて凄く恥ずかしい。それにきっと妹として可愛いって意味であって、一人の異性としては見て貰えてないのは分かってる。けれども、私は異性としてしか見てないから……
「お姉ちゃんの方が可愛いし、格好良くてドキドキしちゃうくらい素敵だから」
これくらいの事は言ってもいいいんじゃないかなって。
「……それ、ホント?」
姿勢を正し、真剣な顔でこちらを見ている。
お互い、向き合って目線を合わせた。
「アタシの事、格好良いと思ってくれてるの?ドキドキしてくれているの?」
「……うん、いつも思ってるよ。なんだったら、お姉ちゃんから花火大会に誘われた人が男の人でも女の人でも羨ましいくらいだし……こうやって2人で居るときは特にドキドキしちゃう」
「えっ……?」
「あ、ほらっ、もう直ぐ花火始まるね」
「……なまえちゃん、お願いだから今すぐアタシからのメッセージ確認してちょうだい」
「メッセージ?分かった。ちょっと待ってね」
急に言われてお姉ちゃんからメッセージなんて来てただろうか?と急いで確認すると、未読状態なままのメッセージが5件もあった。
ど、どういう事!?
メッセージは1通足りとも読み逃さぬようマメに確認してるというのに、どうして?
タップして開けば《花火大会があるんですって!》や《一緒に見ない?》というお誘いの内容から《忙しいのかしら?気付いたら連絡ちょうだいね》や《また頑張ってるの?》や《無理だけはしないでね》と、心配してくれているメッセージが一気に表示された。
「お、お姉ちゃん……ごめん、わざと無視してた訳では……」
「やっぱりね。そうじゃないかしらとは思っていたけれど」
「怒ってる、よね……?」
消え入りそうな自分の声。
お姉ちゃんから笑みが無くなった。
どうしよう、お姉ちゃんが怒ってる。
意図的ではないにしろ、無視していたのは事実だから怒るに決まってるだろう。
なんで気付かなかったのか。
色々と想定してみるけれど、結局は何を説明しようとしたとしても、どんな理由であろうと言い訳にしかならなさそうで。
「そうねぇ……すっごーーーく怒ってるわよ。メッセージも今もアタシのことなんて放ったらかしだったし」
「ゔっ」
「連絡にも気付かないくらいお仕事に集中してるのかしらって。だから、直接誘ってみようと思って来たのに来たら来たで放置ですもの。やんなっちゃう」
「本当にごめんなさい……お詫びになるか分からないけど、お姉ちゃんの言う事何でも聞くから許して?」
「……今の言葉にウソは?」
「ありません!お姉ちゃんが納得するまで従います!」
私の言葉を聞いたお姉ちゃんは「だったら、許してあげる……というか怒ってないわよ」と、優しい笑顔。
良かった、と胸を撫で下ろすも自分の発言があんな事になるとは露知らず呑気にミルクティーの残りを飲む。
「先ずは、一緒に花火を見て貰おうかしら」
「えっ?」
「あら、アタシの言う事何でも聞いてくれるんじゃなかったの?」
「うん、聞くけど……」
「下だと人が沢山居るし、ここでいい?」
「だったら、屋上は?誰も居ないからゆっくり出来るし、特等席だよ」
「屋上は暑いから止めておきましょ」
スパンッ、と私の意見は跳ね除けられてオフィス内で見る事に。誘ってくれたのは嬉しいけれど、一緒に見る相手が私でいいんだろうか?
そもそもなんで私?
多分、好きな人に断わられたか何かで私を誘ってくれたんだと思うけれど。
「本当に誘いたかった人を呼んでみたらどうかな?私みたいに仕事が忙しくてお姉ちゃんからの連絡に気付いてないのかもしれないし」
「へ?」
「その方がいいよ、もし相手と連絡が着いて来て貰えるなら代わりの私は消えるし」
名案だと思ったのに、お姉ちゃんは眉間を軽く寄せた怖い顔で私を見つめ……いや、軽く睨んで来る。
まずい、また怒らせてしまったか。
「お、お姉ちゃん……?」
オドオドする私に「そんなにアタシと見るのがイヤなのね」と顔を覗かせる。
「本当に誘いたかったってなによ。アタシが、一緒に花火を見たいのはなまえちゃんなのに……イヤなら正直に言ってちょうだい。帰るから」
ふいっ、と背けられた顔。
「……花火くらいは一緒に見たい相手が居るのよね。誰とって聞いたのにはぐらかされちゃったけど。アナタこそ、その人を誘えばいいじゃない。邪魔者のアタシは消えるわ」
振り返る事なく、スタスタと歩いてくお姉ちゃん。
呼び止めたくても、どうしてもその勇気が出せない。
一緒に見たいと思ったのはお姉ちゃんだよ、って。
そう言うだけなのに……
どんどん離れてく後ろ姿。
「安心してちょうだい。もう誘わないし、仕事のこと以外では一切連絡もしないから」
ぴたり、と足を止めて振り返る事なく感情のない声でそれだけを告げると事務所を出て行った。
どうしよう。
お姉ちゃんが行っちゃう。
なのに、体が動こうとしない。
どうして言えないの。
どうして行動に出せないの。
いつもそうだ。
肝心な時に、一歩を踏み出せないでいる。
そうやって、何事も諦めて来た。
恋だってそう。
なにも、お姉ちゃんが初恋ってわけじゃない。
今までに何回か恋はしている。
でも、全部一方通行。どうせ私なんか相手にされる訳ないって諦めて来た。
この恋も諦めるしかないの。
好きになった相手はアイドルだ。恋愛なんてご法度。
それにお姉ちゃんの恋愛対象は同性。
ましてや、私は妹としか思われていない。
望みなんてないのは分かっていた事なのに。
それでもどんどん好きになってしまった。
多分、男の人に対して免疫というものがあまりなくて緊張してばかりだった中でお姉ちゃんは男の人って感じがしなかった。
けれども、接していく内にやっぱり体つきとかしっかりしていて男の人だなって思う場面もあって、そういうのが重なって意識するようになった。
折角、誘ってくれたのに。
忙しい中、わざわざ来てくれたのに。
でも、これでいいんだ。
アイドルとプロデューサーなんだから。
そう思う反面、今までみたいに仲良くして貰えないというのが分かって。それはそれで仕方ないな、とどこかで割り切るようにはして行くけれども怒らせてしまったし……
嫌われただろうな。
連絡もしないって言ってたから。
ちゃんと切り替えなきゃ。
もうこの恋も、たった今終わった。
私はプロデューサーだ。
恋だの愛だのに現を抜かしている場合じゃない。
さっさと帰って、企画書を練るか。
気持ちを切り替える為に深呼吸をして、荷物を取りに行こうとしたところで隣のデスクの上にスマホが置いてある事に気付いた。言わずもがな私のではない。
今、走って追い掛ければ渡せると思う。
だけど、行かない方がいい。
行ったところで迷惑だろうし。
忘れた事に気付いて取りに来るだろうから。
スマホは見なかった事にして、事務所を出ようとすればブーンブーンという音。目線をやれば着信画面。よく知ってる人の名前が映し出されている。人様のスマホを見るのは駄目なのに、これは見たくて見た訳じゃない。不可抗力だ、なんて言い訳してると着信が止まった。
ほっ、としてると今度は自分のスマホが鳴って。
まさかなぁと思いつつ画面を確認すると、今しがたデスクの上にあるスマホを鳴らしていた相手だった。
そのまさかが的中していて、何か問題でも起きたのか?急ぎの用でもあるのだろうか?と慌てて着信に出ると『あ、なまえ?』と特に焦った様子もない通常のトーンで拍子抜けした。
「何かあったんですか?瀬名先輩」
『何かあったんですか?じゃない。邪魔しちゃあ悪いなとは思ったけど、とりあえずどうなったのかお兄ちゃんとしては気になるからさ』
瀬名先輩が何を言ってるのか分からなくて黙ってると『なるくん、居るんでしょ?着信に出なよって伝えて』と。
「居ませんよ」
『へっ……?』
「ついさっき帰りました」
『……はぁ!?嘘でしょ!?何してんの、アイツ!!』
「瀬名先輩……どうしましょう……」
自分が思っていたよりも相当堪えてたみたいで。
勝手に涙が流れ出して「嫌われちゃいました……」って私がお姉ちゃんを好きな事なんて知らない瀬名先輩に零してしまった。
『嫌われたって……それはないでしょ。ってか、何。アンタ、なるくんの事泣くくらい好きなの?』
「……好きです、黙ってましたけど」
『ふーん……まぁ、知ってたけどね。アンタ、学生時代から全然隠せてなかったよ。なるくんが居ると目がハートになってて好きなの丸出しで、馬鹿だなぁって思いながら見てた』
「酷い……瀬名先輩……」
『あれで隠してたつもり?あんなの本人も気付いてるよ』
絶対、なんて言う瀬名先輩に言葉が詰まる。
本人も気付いてるよって、そんな……
「嘘だぁ……」
『嘘じゃない。今日だって急ぎで仕事終わらせたんだよ。あんたと花火が見たいからって。なのに、帰ったってどういう事?スマホにも出ないし、ほんと何してんの?あのクソオカマ。ただじゃあおかないんだから』
「スマホは忘れて行っちゃってるので許してあげてください」
『甘いね。許さないよ。俺の大事な妹を泣かせたんだから』
さらっと当たり前のように大事な妹って。
きっと、お姉ちゃんも妹と花火見たかっただけなんだろうなぁ。
「ありがとうございます、瀬名先輩……大好きです」
『ちょっと……それは言う相手が違うでしょ。大好きはなるくんに言ってあげなよ。まぁ、別に悪い気はしないからいいけど』
瀬名先輩の性格上、それは嬉しいって意味だと分かるから何だか可愛らしいツンデレなお兄ちゃんのおかげでちょっと笑ってしまい、涙が止まる。
『何笑ってんの。こんな呑気にしてる場合じゃないでしょ……ほんとどこまで俺に世話焼かせるつもり?手が掛かるね、あんた達は』
「ずっとお世話になるかと。よろしくお願いします」
『考えといてあげる。で、これからなるくんとどうして行きたいの?』
瀬名先輩の問い掛けに黙り込むしかなかった。
どうして行きたいのかなんて、そんなの考えた事もなかったから。見てるだけでいい、妹でいい、傍に居られるのなら、と諦めていた。
「……特に、ないです」
『はぁ!?あるでしょ!?彼女になりたいだとか!!』
信じらんない!と言わんばかりの怒号がスマホからスピーカーみたいな音量で飛んで来る。
彼女になりたい、だなんて……
「なれる訳ないじゃないですか」
『そんなの伝えてみなきゃ分かんないでしょ?言ってもないくせに自分で勝手に決めるのはあんたの悪いとこだよね』
「だっ、だって、私なんて……相手にされるわけな、」
「ちょっと貸して」
言い切れなかった。
後ろから誰かにスマホを取り上げられたから。
「……泉ちゃん?悪いけどちょっと切るわ」
そう言ってスマホ画面を見つめて操作する、その横顔はもう会えないと思ってた相手。なんで?どうして?と疑問だらけな私に向いて「ごめんなさいね、邪魔して」とスマホを手渡したあと、直ぐにそのままデスクの上に置かれたスマホを取りに行った。
一切、目を合わせてくれない。
触れないように手渡された。
あぁ、駄目だ。もう駄目だ。
完全に嫌われてしまったみたい。
またもや溢れて来る涙。
これからどうすればいいんだろう。
ちゃんとプロデューサーとして接していく事は出来るのかな。出来ればKnights関連の仕事からは外して貰って、それから……
「っ……」
あれこれ考えれば考える程に、どうしてこんな事を考えなくちゃいけないのかなんて思い始めて。ただ私はお姉ちゃんが……好きなだけなのに。伝える気なんて最初からなかったし、どうにかなりたいなんて考えてもなかった。
だから、妹で良かった。
傍に居られるのなら。
なのに、花火くらいは一緒に見たいって思ってしまったんだろう……
「……ごめんな、さい」
「えっ……?」
「もう我儘な事は思わないから嫌いにならないで……っ……」
こんな事言う事自体が我儘だって分かってるけれど、嫌われたくない。好きな人に冷たくされる事が、こんなにも辛くて悲しいなんて知らなかったから。
「どうしたのよ、急に。別に嫌いになんか……」
「……お姉ちゃんだから」
「アタシ……?」
「花火くらいは一緒に見たい相手っていうのは……花火大会が開催されるって聞いた時、直ぐにお姉ちゃんを誘ってみようって思ったけど……お姉ちゃん忙しいし、もしかしたら好きな人が居て、その人と一緒に見るかもしれないと思って誘うの止めたの……」
目も合わせてくれないのが怖くて俯いたままでしかいられない。こんな事を言えば、嫌われてくだけなのについ溢してしまった。
「お姉ちゃんが好きだった、から……」
自分が矛盾してる事も分かってる。
どうせ、もう嫌われてるのだから最後の悪足掻きに想いを告げた途端、爆発したような大きい音が響いて窓の向こうへ顔を上げると色鮮やかに明るくなった。
花火大会が始まったみたい。
お姉ちゃんは姉妹として私と花火を見たいだけ。
それはちゃんと分かってる。何にせよ、これで一緒に花火を見る事は出来たのだからこれだけで充分に幸せだ。
「……どうして、過去形なのかしら」
近くで声がして振り向くと、いつの間にか私の正面にお姉ちゃんが立っていて。一瞬、目が合ったのだけれど逸らされるのが怖くて自分から目線を外した。
「泉ちゃんの方が良かったからよね……」
「えっ……?」
「ごめんなさいね。さっきの会話聞いちゃったのよ」
「さっきの会話……?」
「泉ちゃんに大好きって言ってたでしょ」
思わず顔を上げると、何故か悲しそうに私を見ていた。
「ちがっ、あれはそういう意味で言ったんじゃなくて……」
「アタシは現在進行系なのに」
「えっ……?」
何の話か分からなくて見つめていると、ゆっくりとお姉ちゃんの顔が近付いてきて。目は逸らされる事なく、良かったと安心していると一瞬だけ唇を塞がれてしまう。
「貴女が好きなのよ、なまえちゃん」
また唇が塞がれ、何も返答させないと言わんばかりに角度を変えながら何度もキスをされる。花火の音が遠のいてくようだった。
私、お姉ちゃんとキスしてる。
おまけに好きだと言ってくれた。
どうしよう……嬉しい……
「だから、アタシがなまえちゃんを嫌いになる事はないわ」
はぁっ、と熱の篭った吐息がようやく離れたお互いの唇に触れる。
「逆はあるかもしれないけれど」
「……ないもん」
「さぁ、どうかしらね。こんな事されたら嫌いになるでしょ」
「ならないよ」
「それは、アタシの都合の良いように捉えていいの?」
ちゅ、と触れてまた離れた唇。
両頬を包むお姉ちゃんの手は温かい。
「うん、いいよ。お姉ちゃんの事大好きだからキスして貰えて嬉しい」
「アタシも嬉しいわ。ずっと、なまえちゃんに触れたかった」
丁寧に扱うように優しく口付けられていく。
何度目かの啄むキスのあと、目が合うとなんだか気恥ずかしくなって照れ笑いを浮かべるとお姉ちゃんも同じように微笑んで、見つめ合いながらどちらからともなく顔を寄せてまた唇を重ねた。
お姉ちゃんとのキスはとても気持ちが良くて、時間も花火の事も忘れてしまいそうだったけれど、急にキスを止めたお姉ちゃんが私の肩に顔を埋め、はぁ……と溜息をつく。
「どうしようかしら……連れて帰りたくなっちゃったわ」
「いいよ、連れて帰っても」
「そんな事軽々しく言っちゃあダメよ。自分を大事にしなきゃ」
「お姉ちゃんと一緒に居たいもん……」
私の言葉を聞いて、肩から上げたお姉ちゃんの真剣な顔が外からの何色もの明かりに彩られる。
「……だったら、連れて帰るわよ。その変わり、今までのアタシの想いを全部受け止めて貰うから」
覚悟してね、と触れるだけの優しい口付けをしたあと私の荷物を持ち、私の手を取りオフィスを後にした。
エレベーターを待ってる間、さっきの甘い空気はどこへやら?と思うくらい特に会話もなくて、下に居る人達に見られないように時間差でESビルを出た。
先に乗って待ってくれていたタクシー内でもお互いに口を開く事はなく、でも手はしっかり繋がれていた。
このあと、今までのお姉ちゃんの想いを全部しっかりと受け取って。私も私で包み隠さずに全部を捧げて受け入れて貰った上に「来年こそは最後まで一緒に花火見ましょ」と約束をしたのだった。
終わり。
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