続かない
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じめじめ、纏わり付くような湿気を含んだ空気は不快で。灰色の雲が敷き詰められた空から、バケツをひっくり返したかのような雨。
いつ降るか分からないからって折り畳みの傘を持ち歩くなんて事は正直面倒くさいと、傘を持って来なかった時に限って雨は降るもの。
今日は降らないでしょう、という天気予報のお姉さんの言葉を丸々鵜呑みしてしまったとは言えど雨が降る季節なのだから持って来なかったのが悪い。
校舎の玄関口は、雨で足止めを食らってる人達の声で賑わっていて少し煩く感じる。その横を通り過ぎて傘を差して雨の中を歩いてく人達の背を見送りながら空を見上げた。
止む気配は今のところなさそう。
そう長くは降らないだろうし、友人達と教室でお喋りでもしながら待ちたかったけれど委員会へ行ってしまった。
待つなら静かな場所が良いなと思い図書館へ行こうとしたところで、向かいから顔見知りの人達がやって来た。その人達は素行があまり宜しくない、と評判で他の人達からは距離を取られている。それを示すかのように、その人達の周りだけ道が開いてく。
「ちょっと、ちょっと!歩きにくいんっすけど!」
「……だったら、おぶれよ」
「嫌っすよ!蒸し暑い時に、引っ付いて来ないで欲しいっす!しかも、重い!」
「うるせーな……キャンキャン騒ぐなってーの。頭に響くっつってんだろ……」
その人達は周りの目線も気にせず進む。
鮮やかな赤髪の先輩が気怠そうに、灰色の髪を後ろで一つに纏めて括ってる先輩の背中へのしかかっている。その二人の少し後ろを水色とピンク色の髪色の人達が我関せずというような表情で、前の二人に着いて歩いている。
「あっ!!」
急に声を発した灰色の髪の先輩は、私を見るなり足を止めて肩を揺らし、背中にくっついてる赤髪の先輩を呼んだ。
「んだよ……急に止まるなっつーの。あぶねぇだろ」
赤髪の男が、のっそりと体を起こしながら「おっ」と声を上げる。
「よぉ、真面目ちゃんじゃねぇか。どうした?帰らねーの?」
怠そうにしながらも、ズボンのポケットに両手を入れて私の真横に立ち顔を覗き込んで来た。
第ニボタンまで開かれた制服のシャツ、そこから覗く細身のチェーンネックレス、両耳に開けられた非対称の数のピアス、指に嵌められたいくつかのリング。もう見るからにヤンチャだと分かる三年の天城燐音先輩。友達のお兄さんで、友達がきっかけで話をするように。
「雨が止むまで図書館に居ようかと」
「流石、真面目ちゃんなだけあんな。時間潰しに図書館とは」
「一緒に行きますか?」
「んまぁ、帰ってもヒマだしよ……いいぜ、真面目ちゃんの時間潰しになってやっても」
「という事なので、天城先輩をお借りしますね」
後ろに居る灰色の髪の椎名先輩と水色の髪のヒメル先輩、同じクラスの桜河くんに声を掛ける。
「どーぞ、どーぞ!全然、持って行っちゃって下さいっす!何だったら、ずっと借りててくれた方が都合良いんで!」
「天城を相手にするのは大変でしょうけど、よろしくお願いしますね」
「面倒くさいやろうけど頼むわ」
そう言いながら外へと出ていく三人の手にはしっかりと傘が。
「こんな大雨の中を帰る気かよ、アイツら……」
話をしながら歩く三人の後ろ姿を見て、マジかよと怠そうに隣で呟く。雨が苦手だとかで歩くのも億劫に感じる時があるらしい先輩は、まるで猫のようだ。
「先輩、歩けますか?」
「んー……真面目ちゃんが手繋いでくれんなら歩けるかもな」
「じゃあ、ちゃんと歩いてくださいね」
先輩の手を取って、その場から歩き出す。
椎名先輩の代わりに今から私が天城先輩のお世話係となる。
「真面目ちゃんの手、冷え過ぎっしょ……」
「教室のエアコンが効きすぎて寒かったんです」
「女子は大変だよな。仕方ねぇから俺っちの体温分けてやるよ」
「ワーイ、アリガトウゴザイマース」
「せめて、言葉と表情は一致させようぜ」
天城先輩は私を真面目ちゃんと呼ぶ。
初めて会った時に本を読んでいたから、眼鏡を掛けているからという理由で。真面目なのは見た目だけで私自身は、そんなに真面目ではないのだけど特に嫌というわけでもなく、困ることもないからその呼ばれ方を受け入れていた。
「はぁ……まさに天国だな、ここは」
色んな視線を浴びながらも図書館へ着くと、館内はしっかりとエアコンが効いていて寒いくらいだった。外に蔓延る湿気もなく、先輩にとっては涼しくて天国なのかもしれないけど私には極寒の地に居るみたいだ。
温めてやるよ、と言った割には手を離して我先にと中へ入って行く先輩。先行く背中を特に追い掛ける事はせず、読みたい本を取りに行ってから席へ向かうと、四人くらいが座れそうなベンチタイプの椅子の背に凭れている先輩が早く来るよう急かす。
「今日もまた分厚いな。どれくらい居座るつもりなんだ?」
「止むまでって言いました」
「まっ、俺っちは寝られたら何でもいいんだけどよ」
隣へ座った私の足に頭を乗せて、所謂膝枕をさせられる。これも嫌ではないからこの行為も受け入れて、本を開いた。
「足も冷えてんな」
剥き出しの膝小僧をひと撫でした先輩の手が、そのまま膝を包む。暫くすると、先輩の手のひらから貰った体温で膝が温くなっていった。触れ合うそこが同じ温さになると、今度は反対側の膝小僧へと先輩の手が移動する。
と、思いきやスカートの中へと指を侵入させた。
「……それ以上、奥に進むなら一彩くんに言いますよ」
「別に構わないぜ?弟くんに知られたところで痛くとも痒くともねぇからな」
「……じゃあ、ヒメル先輩に報告しますね」
「それは止めてくれ」
くくっ、と笑う振動が太腿に伝わる。
「ほら、手貸せよ」
「本読むので無理です」
「良いから貸せって」
何も良くないのに。
下から伸びて来た先輩の手が、遠慮なく私の手を机の下へと引き摺り込む。
「これじゃあ、読めませんが」
「別に本が読めなくても死にゃあしないから大丈夫っしょ。真面目ちゃんには、俺っちを寝かせるという義務があるのを忘れたとは言わせねぇぜ?」
「いつから義務に……」
「真面目ちゃんが俺専用の膝枕になった時からだな」
最初からじゃないか。
そう、私は先輩専用の膝枕なのだ。
まさか、初対面で専用膝枕させられるなんて思いもしなかった。
今日から俺っち専用の膝枕な、と有無を言わせない辺りとんでもなく俺様だとも思ったのだけど、この時以外は別に俺様にありがちな特有の圧を感じる事もないから今も専用膝枕でいる事を受け入れている。
今のところ、先輩の言動に対して嫌だと感じた事が何一つないから何されても構わないとすら思っていたりも。
嫌だと感じた事は、止めてと言えば先輩はして来ない気がするから。何かしらしてくる時に、先輩は必ず私の様子を伺う。先程のセクハラ紛いな事をする時も、手を一瞬だけ止めて目線を寄越して来たのだ。
寧ろ、膝枕を誰かにする事はこの先ないと思うから良い経験が出来てありがたいのかどうかは分からないけれど、とにかく私自身は大丈夫。問題はない。
だって、私は天城先輩が好きだから。
好きだから受け入れてしまえるのだろう。
「読み終わったら起こしてくれ」
手の甲が包み込まれて、指の間が先輩の指で埋まり、そのまま先輩の顔の前まで持って行かれたかと思えば、晴れた空のような色の瞳がゆっくりと瞼の中へ消えていくのを見て一気に肩の力が抜ける。
平然としているように見せかけているだけで、本当は緊張していて心拍数も凄いことに。
緊張しないはずがない。
だけど、今よりも最初の頃の方がもっと緊張していたと思う。ほんの少しだけ慣れたのかもしれない、好きな人に膝枕をするという状況に。
天城先輩は知るはずもないだろうな。
弟の友達だから可愛がってるだけの後輩が想いを寄せている、なんてことは。
好きになるのに時間はかからなかった。
こんなに近過ぎる距離感で毎日構われていたら、誰だって好きになってしまうと思う。ならない人が居るなら、目の前に連れて来て欲しい。
この想いを伝える気はない。
私なんかに好かれても嬉しくないだろうし、迷惑だと分かってるから。一方通行な恋だってことも。多分、嫌われているということだけはないと思うけども。
暫くすると、小さな寝息が聞こえて来た。
いつも思うけど先輩は寝るのが早い。
膝枕を始めて一分も経たない内に、大概は寝てしまう。今日も、相当しんどかったのかもしれない。椎名先輩の背中に寄り掛かっていたくらいだし、寝にくそうな膝枕で眠れるのだから。
今日は全然大人しく寝てくれた方だ。
前に、眠さのピークを過ぎて逆に眠れないけど眠たいという状況で緩やかにハイな気分になる時があって、その時の先輩はかなり面倒くさかった。我儘、駄々っ子なお子様になる上にやたらめったら絡まれるから。
にしても。
読み終わったら起こしてくれって、利き手が使えなかったら読むのも難しいんですが。
すっかり寝入ってしまった先輩の横顔と、その横で大きな手にしっかりと握られてる自分の手を見つめる。
読ませる気ないよね。
これじゃあ、何の為に図書館へ来たのか分からない。時間潰しの相手になってくれるんじゃなかったのか。
先輩が寝てしまったから、本を読みに来たのにその本すらも読めなくてどう時間を潰せば良いんですか。今すぐにでも起こしてみようと思ったけど、しんどい時に起こされたら余計に疲れるだろうからこのままでいることにした。
しん、と静まり返った館内。
雨が打ちつけられる音と、微かに聞こえる寝息。
スカート越しの温もりが太腿全体を温めてく。
先輩って体温高いなぁ……
エアコンが効いてる図書館でだからいいけど、暑い場所だとキツいかも。
図書館以外で先輩と二人になった事はない。
移動教室へ向かう時の廊下で在ったり、桜河くんに会いに来たり、弟と話す序に声をかけてくるくらい。
「……ん」
くぐもった声と一緒に赤い前髪がさらりと揺れて、瞼の奥に隠されていた晴れた空の色が、ゆっくりと現れる。のっそり起き上がって、隣へ座り直すと眠そうな顔でくわぁ~と欠伸。
「めちゃくちゃ寝た気がすんだけど……」
「二十分くらい寝てましたよ」
「やべぇ……今日の夜は眠れなくなるかもしんねぇ」
目を擦りながら言う先輩に笑ってしまった。
「変な事言ったか?」
「や、眠れなくなるって……」
「昼寝しちまったら眠れなくなるだろ?そしたら、夜更かしする事になって次の日めちゃくちゃしんどくなるじゃねぇか。真面目ちゃんはなんねぇのかよ」
「なりますけど……先輩は寝る時間とか気にしなさそうですし、夜更かしとか平気そうなんで意外だなぁって」
「偏見はよくねぇな。燐音くんは日付が変わる前には寝るイイコちゃんなんだぜ」
「イイコですね、それは」
「信じてねぇだろ」
こんにゃろう、と悪戯っ子な笑顔で私の両頬を摘み、むにぃと伸ばした。
「見るからにもちもちしてっからさ、どれだけ柔らかいのか気になってたんだけどよ……想像以上だな」
むにむにむにむに、と真顔で揉まれる。
微妙に痛いから、ちょっと優しくお願いしますって訴えても「何言ってんのか分かんねぇよ」と笑いながらずっと同じ強さで揉んでるから気の済むまでして貰う事にした。
「昔の一彩も相当柔らかかったけど、真面目ちゃんもなかなか……」
むにむにむにむにむにむにむにむに……
何時まで揉まれるのか。
されるがままで待っていると、パッと指が離れて揉まれた両頬が軽くジンジンしてる。赤くなってないかな。
「これでちょっとは血行良くなって、顔も温まるっしょ」
やってやったぜ!と満足気な表情。
マ、マッサージだったのか……?
言われてみれば、ジンジン痛む頬からポカポカはして来てるような……?
「エアコンばかりは、どうしようもねぇからな……寒い時とか言えよ?温めてやるから」
「寒いんですけど」
「いきなりだなぁ。ワリィけど、今日はもう温め屋さんの営業は終わってっから。また今度にしてくれ」
なんだそれ、と思ってると頭に手が置かれてくしゃくしゃとされる。いつも思うけど、先輩はやっぱり距離感がおかしい。初めて会った日から、ずっとこうだ。
「んじゃ、帰りますか」
一眠りしたからか元気な先輩は、一度も読む事のなかった本や自分の鞄を持って立ち上がる。私も自分の鞄を持って立ち上がれば「それ、貸せ」と手が差し出される。
何を出せばいいのだろう。
もしかして、カツアゲ……とか?
思い当たる節がそれしかなくて、財布を出そうと鞄を開けようとしたら「ちげぇよ、それごと貸せって」と鞄が持って行かれた。
「実質のカツアゲですね」
「あ?」
「鞄に財布が入ってるので」
「女の子から金巻き上げるなんて事はしねぇよ。まぁ、ニキのならするけど」
「椎名先輩のでもダメなのでは」
「いーんだよ、アイツは」
そんな会話をしもって本を棚へ戻して図書館を出ると、雨はすっかり止んでいた。
むわっとした熱気が、エアコンですっかり冷えた体温を戻してくれるようで心地良い。
玄関口へ着くと、足止めを食らってた人達や椎名先輩達もそこにはもう居なくて、埋め尽くしていた暗い雲も消え、空は赤と橙で一面が染まっていた。
「じゃあな、気を付けて帰れよ」
図書館から正門までの僅かな距離。
図書館ではあんなに喋っていたのが嘘のように、一言も交わす事がなかった。先を少し歩く先輩の後ろを着いていっただけ。
正門へ着くと鞄が返されて、背中を向けられた。
どんどん開いてく先輩との距離。
帰る方向が違うから仕方ないとはいえ、これが彼氏彼女の関係だったらもう少し一緒に居られたのかな。
離れていった後ろ姿が見えなくなるまで見送り、家へと帰った。
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