夏といえば肝試し
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霧の森に夏の季節がやってきた。外に出るとじっとりと暑く、ひぐらしの涼しげな鳴き声が聴こえてくる。去年の夏には何もなかったけれど、今年はエンティティが夏専用のイベントを用意してくれた。それは肝試しと花火大会らしい。まさに夏を連想させるイベントに私は当日までずっと浮かれっぱなしだった。
夏イベント当日。私はヘアアレンジを済まし、予め買っておいた浴衣に着替える。白地に淡紫色のあやめが描かれた浴衣に、柄と同じ色の帯を結ぶ。何とか一人で着付けができて良かった。何度かおかしなところがないか鏡で確認して、いつもの待ち合わせの場所に向かった。
外はすっかり暗くなり、飾りの提灯には明かりが灯っていた。お祭りの雰囲気を目の当たりにして更に気分が高揚してくる。いつもの切り株がある場所。そこに彼は座っていない。まだ、来てないのかなと思いながら、切り株に近づく。座ると浴衣が汚れてしまうだろうから、立って待っていようかと思ったとき。わっ!と後ろから肩を叩かれて私は小さく悲鳴を上げた。
「ひゃあ!?…びっ、びっくりしました!本当に急に脅かすのはやめて下さい!」
「あはは、つい後ろ姿見たら脅かしたくなっちゃった」
ゴスフェさんは全く悪気がなさそうに謝ると、久しぶりと続けた。私もそれ以上は彼を責めることはせずに挨拶だけ返すと、じっくりと彼を凝視してしまった。
「…何?そんなに無言で俺のこと見つめて」
「え、…だって…ゴスフェさん、浴衣…」
そう、私が凝視してしまったのは彼の格好のせいだ。彼は今日珍しく、というより初めて普段とは全く違う服装をしてきた。いつものマスクはしているもの、シンプルで真っ黒な浴衣を着ている。普段は肌を一切見せない服装に見慣れているせいか、足や手、首元などが見える服を着ているのが新鮮だった。そして、その格好がとても彼に似合っていて、妙に大人の男性の色気を感じた。私は途端にドキドキしてきてしまって、彼から目線を逸した。
「ああ、これね。着付け、面倒だったけど、たまにはこういうのもいいかなって思ってさ」
「そ、そうだったんですね。…あの、よく似合ってます…!すごく、…すごく、格好良いです…!」
「…どこ見て言ってんの?」
恥ずかしくて下を向いたまま精一杯、褒めていたら彼に突っ込まれる。そう言われても格好良すぎて直視していると緊張してくるから中々、彼の方を見れそうになかった。そんな私の気持ちをよそに、彼は私の顎を掴んで上を向かせた。マスクをしているから、目が合うことはないけれど、やっぱり妙に恥ずかしくなる。
「華紗音の方こそ、その淡い色の浴衣よく似合ってるよ。色っぽくてすごく綺麗だ」
「…、…あ、ありがとうございます…!」
耳元で囁かれたストレートな褒め言葉にまたしても、照れてしまって、顔が熱い。どうしよう、幸せすぎて死んでしまいそうだ。熱くなった頬を必死に自分の手で包んで冷まそうとするけれど、自分の手自体、すでに熱いから何の意味も成さない。
「…照れてるのもすごく可愛い。キスしたくなる」
「えっ、…い、今?」
「……いや、やっぱりやめとく。今したら色々と我慢できなくなりそうだし」
「…それはちょっと困りますね…」
「ちょっと?…ちょっとってことは今からここでしても、そこまで困らないってこと?」
「…キ、キスだけだったら、私は…」
「今の流れでキスだけで収まる訳ないでしょ」
「じゃあ、今はだめです!」
「…いまは、ね?」
私が言った『今』という言葉をわざと強調してゴスフェさんは愉しそうに言う。彼にとって今はダメでも後でなら、何をしてもいいという意味に捉えられてしまったのだろう。肝試しの場所に行く道中も彼は「後で浴衣脱がすの楽しみだなあ」と無邪気にそんな恥ずかしくなることを言っていた。
それから私達は他愛のない話をしながら、肝試しが行なわれると言われていた場所についた。会場には私達以外、誰も居ない。
「…本当にここで肝試しやるんですかね?」
「ね?…俺達以外、参加者いなかったりして」
「流石にそれはないと思いますけどね。ミリ達も参加するって言ってましたし、サバイバーのみんなは乗り気な感じでしたよ」
「ああ、そうなんだ。まあ、キラー達は恋人いる奴等しか来ないだろうけど」
そんなことを話しつつ、よくお祭りで使われているようなテントがある場所に近づく。そこには誰も居らず、長机にはライトが一つ、簡易マップ、カードが置かれていた。このライト、私達がキラーを目眩ましするのに使っているライトと全く同じだと内心思って手に取る。ゴスフェさんはカードを手に取り、そこに書かれた文字を読み上げる。
「『身の毛もよだつ肝試しにようこそ。二人一組でライトを一つ持ち、肝試しに参加してもらう。ルールは簡単。マップの通りに進み、途中にある呪われた石を5個集めて戻ってくるだけ。…ただ、生きて帰れるかはお前たち次第だ』だって」
「え、何ですか、最後の不穏な文は…」
「さあ?ただのエンティティの脅し文句だと思うけどね」
「うーん、良くないことがなければいいですけど…」
「まあ、とりあえず行ってみようよ」
私は頷くとライトの電源を入れてマップを照らした。簡易マップは本当に簡単に描かれていて詳しい情報は分かりそうにない。迷わない為の手掛かり程度にしかならなそうだ。隣でマップを見ていたゴスフェさんはある場所を指差す。
「マップだと少し歩いた先に扉があるみたいだね」
「はい。そこが肝試しの始まりの場所なんですねかね」
その通りに進んでみると草木の茂みに隠された扉を見つけた。ライトで照らさないと見落としてしまうような場所には似つかわしくない綺麗で真黒な扉。その扉を見て私とゴスフェさんは顔を見合わせた。