しきうつり、紡ぐ。24
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「お久しぶりです。…なんて意外と早く会えましたね」
相変わらず心底嬉しそうにしながら華紗音は微笑んだ。彼女と儀式で会ったのはあれから三ヶ月後。華紗音にとってはそんなに長い時間に感じなかったらしい。俺からすれば早く会いたいと思いながら儀式に挑んでいた為に気の遠くなるような時間に感じていた。
「そう?俺はわりと長く感じたけど、まさか手を抜いててレート下がってたんじゃない?」
「そんな訳ないじゃないですか。もしかしたら私の方がゴスフェさんよりレートが上で会わなかっただけかもしれないですよ?」
俺の挑発に対して更に強気な態度で返してくる華紗音。会う度にお互いに挑発するのは最早お決まりの挨拶となっていた。彼女と同じ儀式になったとわかった瞬間から華紗音を最後まで残して他のサバイバーはさっさと処刑してやろうと考えていた。勿論、彼女はあまり自己犠牲をし過ぎずにそれを阻止しようとしてきたが、普段よりも厳しめの立ち回りで何とか通電と同時に彼女以外のサバイバーを処刑することに成功した。
ハッチを閉めずにゲートに向かえば、俺の気配に気付いた華紗音はチェイスポジションに移動してお互いが睨み会う形になる。どうやって彼女を仕留めようか考える。
「…あっ、ゴスフェさん、後ろ!何か落とし物してません!?」
すると、不意に彼女は大きめのわざとらしい声で俺の後ろを指差した。急に何だと思いながら華紗音の指差した方を確認したが何も落ちていない。彼女の方を振り返れば、いつの間にか目の前から消えて全速力で駆けていく背中だけが見えた。
「…やられた」
珍しくらしくないことするなと思いながらも僅かに口角が上がるのがわかった。その背中を急いで追うと、固有の建物に入って行った彼女の息遣いが聴こえて身を潜めた。気配を消してパレットの近くに隠れていた彼女に斬りかかると彼女の腕にナイフの刃が滑り込み、浅い傷を作る。華紗音が慌てて倒したパレットを避けて、ナイフの血を拭う。
「…うっ、痛いです…」
「そりゃあ痛いよ、斬ったんだから。殺されれば痛みは無くなるから大人しく殺されな?」
「嫌ですよ。…ふふ、でも相変わらずゴスフェさんはゴスフェさんなんですね」
少し呼吸が乱れた華紗音は血が流れる腕を押さえながらおかしそうに笑う。こんな状況で一体何だと思いながらも俺と彼女の間にあるパレットは壊さなかった。
「…何急に?」
「…ゴスフェさんはちゃんと私を殺しに来てくれるから安心出来るなあって」
「…意味がわからないんだけど」
ほんの少し考える素振りを見せた後、華紗音は再び口を開いた。
「私は例え恋人関係になろうとも、儀式中はキラーとサバイバーという関係でいたいんです。情を持って殺さない、殺させるという状況は望みません。だから、それを言わずとも徹底してるゴスフェさんが好きです。それが私にとっての理想の関係だから」
きっと常人には理解出来ない感覚なんだろうけど、彼女の言ってることが俺にはよく理解できた。
それは俺にとっても彼女にとってもポリシーみたいなものだった。相手を好きだと想いながらも俺達がキラーとサバイバーという関係はどうやっても変わらない。儀式外は兎も角、儀式中は敵対関係である限り、どんな理由があれ情は捨てるべきだ。それは俺の中でも彼女の中でも暗黙の了解のようなもので、そうあるべきだと感じていた。
「…理想の関係ね…。まあ、その考えはよくわかるよ。俺にとって儀式で君を殺すことはエンティティにやらされているだけじゃなくて自らの意思でやりたくてやってることだから当たり前なんだけどね」
「ですよねぇ。儀式中のゴスフェさんからは私を殺してやるって執着のような殺気をすごく感じてます。…でも、ゴスフェさんが全力でそうやって私を殺しに来てくれるからこそ、私もこうやって全力で抗ってやろうって思えるんです。あなたがいるから、私はいくらだってここまで頑張って這い上がってこられるんです。あなたが何度だって私を殺しに来てくれるから明日を望めるんです」
「それは俺も同じだよ。君が俺の生きる目標になる」
彼女の真っ直ぐな瞳は初めて会ったときから変わっていない。変わったのは俺の彼女に対する想いだけだ。
エンティティが追加した同じレート同士を儀式で当たらせるというシステムは俺達の意識を互いに高め合う結果になった。それがなかったらいずれ自分は魂の抜けたただの人を殺すだけの機械に成り果てていたかもしれない。それは決して大袈裟なことではない。この世界にはほぼ自分の意識を失くして人を殺すだけになっている殺人鬼も存在するからだ。自分にもいつかそんな日がくるのかもしれないと考えては恐怖を覚えたこともあった。だけど、彼女がそのマンネリ化してしまいそうなつまらない世界を変えてくれた。
「それはすごく嬉しいことです」
「…ただ、俺が君を殺せるのはこの世界だからこそだよ」
「…それはどういう意味ですか?」
「君を殺せるのはこの世界では君を殺したとしても、死なない保証があるから。…もし、君がその目を二度と覚まさないのなら、俺は君を殺せなくなる」
殺人鬼、失格かもしれないね。と付け足して自嘲気味に笑った。シリアルキラーである自分にとって殺せない人間がいるなんて思いもしなかった。それも計画が失敗したり仕留め損ねた訳でもなく、感情なんてものに縛られて殺せないなんて。自分に殺せない人間なんていると思いたくなかったから、好きになっても何が何でも殺そうと必死だったのかもしれない。殺しても生き返るという条件付きでの世界だからこそ、殺せているだけなのに。
「……もし、この世界がたった一度の命しかない人生だとしても、私はそれでもあなたに殺しに来てほしいと思ってしまいます」
「…無茶言うなよ」
少しだけ哀しそうに微笑んだ華紗音を見て、何故か少しだけ胸が痛む。彼女が本当に死んでしまう瞬間を想像してしまったからだろうか?それとも、自分を殺しに来てくれない俺(殺人鬼)に価値がないと言われた気分になったからだろうか。彼女が自ら殺されに来る気はないだろうとしても、絶対に自分は殺すことを躊躇ってしまう。もし、そんな日が来たとしてもその願いだけは聞く気はない。…それにしても先程、彼女が言ってたことが引っ掛かっていた。