しきうつり、紡ぐ。22
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大好きな彼と会えなくなって約三ヶ月が経った。儀式の反省をノートに綴ることが日課になっている為に明確にその間の日数がわかる。三ヶ月は短いようで長い。想い人に会えない日数をカウントしていれば長く感じて当然だ。彼に会いたい。自分達の恋愛を代償に他の人達の恋愛自由の条件を呑んだけど、やっぱりそう思う気持ちは誤魔化せない。みんなが幸せそうにしているのは私も見てて嬉しいし、自分で望んで頼んだことだから後悔はしていないけれど、そう思ってしまう。
一方的な片想いをしていると思っていたことが、あの日、崩された。いつから彼が私を好いてくれていたのかわからないけれど、その事実を知れたことが何より嬉しかった。こんな世界にいて、あれほど生きてて良かったなんて思った日はきっとない。あんなに平気で嘘を吐いてきたような人の言葉を信じられた。本心で話してくれているときちんと伝わってきた。きっと人に対して共感したり、同情をしたりすることが苦手だろうに必死で私に対して優しくしようとしていたのも感じれた。
今の私はその幸せな事実を噛み締めて、必死で生きている。それが私の生きる糧だった。
それも今は過去のことになり、気紛れな彼が今でも私に対して同じ気持ちを抱いてくれているかはわからない。
そう思っては寂しさが込み上げてきて、それでも前を向いて生きていかなければいけないと自分に言い聞かせた。
「最近どう?」
「とくに変わりはないです。ゴスフェさんこそ、気持ちが冷めてしまったのでは?」
「もし君に対する気持ちが冷めていたとするなら、こうやってわざわざ呼び出したりしないよ」
「…ふふ、そっか。そうやって言って貰えるのが何より嬉しいです」
暖かく心地好い感覚がした。彼に抱き締められているこの瞬間が何よりも恐いものなんてないと思える。こんなに恐ろしい世界なのに、彼は殺人鬼なのに安心してしまう。ずっと、こんな時間が続けばいいのに。そうありきたりな願いを込めて彼の背中に腕を回した瞬間、空を掴んだ。そこに彼は居なかった。
ぼんやりとした頭でこれは夢だったんだと理解した。頬を伝った涙を拭うと、私はすぐにベッドから抜け出した。一人で夢の余韻に浸る時間が私を感傷的にさせるからそんな隙を与えたくなかった。寝巻きから普段着に着替えていつもの焚き火の前に向かう。まだ外は暗い。時間帯的にはきっと24時頃だろうか。
誰も居ない焚き火の前に置かれた丸太に腰を下ろす。少しだけ肌寒く感じて身を丸めて、焚き火の炎をじっと見つめる。
誰でもいいから誰か居れば良かったのに。それか儀式にでも参加したい。こんな時間となれば、儀式に出てる人以外は寝てる人がほとんどだろうから誰かの部屋を訪ねる気も起きなかった。考えたくないことを一人鬱々と考えそうになって膝をぎゅっと抱えて、顔を埋めた。
何も考えずに頭を空っぽにしてしばらくぼーっとしていれば、肩にポンポンと軽い衝撃があった。驚いて顔を上げると、ジェイクが心配そうに此方を見ていた。
「具合でも悪いのか?」
「ううん、平気だよ。少しぼーっとしてただけ」
私がそう答えれば安心したように頬を緩めたジェイクは隣にすとんと座った。こんな時間に誰かがここに来るとも思っていなかったけど、話し相手が欲しかったから助かった。思えば、彼はいつも何故かいいタイミングで現れてくれる。儀式のときも、少し困っていたときも然り気無く助けてくれる。
「…ありがとう、ジェイク」
「急に何だ?」
「いつもジェイクには助けられてるなあって染々思ってさ」
「…そうか?別に大したことしてないだろう」
「ジェイクはそう思ってるかもしれないけど、日々、小さなことが積み重なっていくと大したことになるの。君から受けた優しさは全て私が記憶してるよ」
回りくどい言い方をしてトントンと自分の頭を指差して笑ってみせた。ジェイクは一瞬、少し驚いた表情をした後、そうかと柔らかく笑った。炎の中に薪を数本、放り込むと彼が口を開く。
「…華紗音が少しだけ、元気がないように見えたんだ」
その言葉に一瞬、目を見開いた。極力、人にはマイナスな面を見せたくないと思っている私は無理に明るく振る舞う癖がついていた。さっきの夢からどうしよもなく寂しい気持ちになり、そこから他にもどんどん暗い感情が込み上げてきていた。彼が来たことにより、それを咄嗟に隠したつもりだったけど、鋭い彼の直感は誤魔化せなかったらしい。私は小さくふっと笑うと、たまには弱音を吐いてみようかと思った。
「…鋭いね、ジェイクは。…少しだけ、話してもいい?」
彼の瞳をじっと見つめて尋ねれば、勿論と彼は頷いた。
「…ずっと会いたいんだけどもう二度会えない人がいるんだ。会えないってわかってるのに、その人のことばかり考えちゃって、挙げ句の果てにはどんどんマイナス思考に堕ちてく。ポジティブでいなきゃいけないのに、自分がダメになってるなあって余計に落ち込んじゃった」
「……その人はもう居ないのか?」
「…ううん、生きてはいるよ。本当は同じ世界で生きてるだけでも贅沢なのに、私って我が儘だよね」
私は自嘲気味に笑った。ちゃんと彼と約束したはずなのに、私が守れてないんじゃ意味がない。少しして呆れたような小さなため息が横から聴こえてきた。ちらりと彼の様子を窺うと困ったように笑っていた。
「前よりは頼ってくれるようになったけど、根本的にお前は他人に甘く、自分には厳しい性格なんだな」
「…そうかな?」
「ああ。…誰かに相談したり、人に甘えたり、頼ったりするの苦手だろ?」
「…はい」
ズバリと私の性格を言い当てられて否定出来ずに私は素直に認めた。…これはまた彼のお説教モードに入ってしまったかもと思った。私はわりとジェイクには何かと怒られることが多い。だけど、それは私が気に入らないから言ってるというよりは私の良くないところだからこそ言ってくれてることしかない。それがわかっているからこそ、私は素直に聞く耳が持てるのだ。
「マイナスなことを考えたり弱音吐いたりするのなんて当たり前だ。人間なんだから。むしろ、こんな世界でそんな感情が一切ない方がおかしい。現実世界でさえ、そんなことばっかり考えるのに」
「…うん」
「…それを隠そうとしたり、無理に明るく振る舞ったりする必要なんてない。弱音なんていくらだって聞くし、泣いたって構わない。我が儘だってたくさん言っていい。むしろ、俺はそこまで全てひた隠しにされると、頼りないのかとか、役不足なのかとか、心を開けてないのかと悲しくなる」
ジェイクがここまで私のことを考えて思ってくれているなんて知らなかった。彼の言葉は的確で不器用な言い方だけど、いつも思いやりが溢れている。私がずっと心の奥底で一人抱え込んでいることを言い当てて、もっと素直に生きやすいように言葉をくれる。こうやって、いつでも味方でいて叱ってくれる人の存在は大きい。
涙腺がじわっと緩んで視界に映る彼がぼやけていく。
「…泣いてもいいんだよ」
その一言で等々、涙が溢れて頬を滑っていく。そんなぐずぐずと泣いている私の頭をポンポンと優しく撫でると、ジェイクは私を抱き寄せた。
それからしばらく、私は彼の腕の中で子供みたいに泣いた。