しきうつり、紡ぐ。19
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朝、いつもと同じように起きてベッドから出る。寝惚けながら、冷たい水でパシャパシャと顔を洗い、頬の傷痕を刺激しないようにタオルで優しく顔を拭く。そのとき妙な違和感があり、まじまじと鏡で自分の顔を見た。鏡にはいつもと同じ自分の顔が映っている。だけど、いつもとは違う部分があった。
「……傷、無くなってる…?」
前にキラーとサバイバーの恋愛を許可してほしくてエンティティに頼みに行ったときに彼女の逆鱗に触れて私の頬には三つの爪痕が刻まれた。エンティティはあの時、とても怒っていた訳ではなかったけれど、私のしつこいお願いにうんざりして馬鹿にしたように見下して傷痕を残した。"もう、こんな痕をつけられたくないのなら馬鹿なことは言うな"と釘を刺して。傷痕は焼けるように痛かったし、次は何をされるかわからない恐怖があったのにあの後も何度も私は彼女にその願いを頼みに行った。三つの傷痕をつけられて、等々エンティティも私と会ってくれなくなり、結果的にどうしようも出来なくなったところ、ゴスフェさんが頼んでくれたのだ。
その傷痕は儀式外で負った為に二度と消えないし、傷が治ったとしても痕はどうやっても目立つように残った。
少しだけみすぼらしくて嫌だったけど、自分がいけないのはわかっていたし、その傷があることにも慣れていった。つい昨日まであった傷痕が急に消えるなんてどういうことなのかはわからない。わからないけど、手で傷痕があったところに触れても痕がある訳でもなければ、痛みも完全に消えていた。
ある日の儀式のとき、私の頬の傷に触れて気に入らないと言っていたゴスフェさんがふと思い出された。彼がいつ、エンティティに許可を貰いに行ったのかはわからないが、そういう話をして別れた後に昨日の今日で傷が消えた。偶然、消えたにしてはタイミングが良すぎるように思う。今となってはその事実を確かめる術もないけれど。
「 華紗音ー!起きてるー?」
ノックもそこそこに返事を待つこともなく部屋に入ってきたのはミリだ。危うく着替えようとしてたときに扉を開けるなんて、もう少し良いタイミングに来てほしいと思いつつ着替えをベッドに置いた。
「おはよう、慌ててどうかした?」
「あ、おはよう!聞いて、聞いて!」
言いながら彼女は嬉しそうに私に抱き付いた。私は驚いて慌ててミリを支えながら聞き返す。
「何、何?」
「昨日、ジウンから聞いたんだけどキラーとサバイバーの恋愛が正式に許可されたんだって!良かったね!」
「そうなんだ、それは良かったね」
満面の笑みでそんなことを言われ、やっと彼女たちが幸せになれることを知った私も微笑んだ。やっぱり昨日、ゴスフェさんはあの後すぐにエンティティに頼みに行ってくれたんだ。もう会えなくなってしまった大好きな彼に心から感謝をした。やっぱりとても寂しいけれど、これで良かったんだ。
「そしたら 華紗音もゴスフェとちゃんと付き合えるんだよ?もっと喜ぼうよ?」
キラーとサバイバー達の恋愛が許可された裏には私と彼がもう会えなくなるという条件付きであることをミリは知らない。だからこそ、彼女は何も知らずにこんなことを言ってくる。私は何でもないふりをして笑って喜べばいい。それを知ったらミリはまた悲しむだろうから。
「そうだね!すごく嬉しいなあ」
「……本当にそう、思ってる?何か変じゃない?」
だけど、すぐに彼女は私の嘘に気付いた。自分でも自覚してるけど、嘘を吐くのはとても苦手だ。わざと喜んでいるように振る舞えば余計に不自然になってしまう為に、長く一緒にいるミリには気付かれてしまうときもある。私は咄嗟にどうやって誤魔化そうか考えた。ミリに詰め寄られたらどうやっても嘘を突き通すのは無理になる。
「そんなことないよ。すごく喜んでるよ。…ただ、今は何て言うか…まだ実感できてないっていうか…」
そうなんとか言葉を並べる私をミリは何も言わずにじっと見つめる。そんな風にまじまじと見られると本当に辛い。何も気付かないでほしい。私は前も言ったようにミリが幸せになってくれればそれで良かった。その気持ちは変わらない。
ややあってミリは大きなため息を吐いた。
「… 華紗音、本当に嘘が下手だよね。何か喜べない理由があるんでしょ?」
「…いや、そんなことないよ?ちょっと色々、不安があるだけで」
「……やめてよ、そうやって嘘吐くの。どうして本当のこと言ってくれないの?私達、友達でしょ?… 華紗音はあの時の怪我のことだって…あれ?傷が消えてる…?」
不満そうにしていたミリははっとして私の頬に触れた。
彼女にはこの傷が出来たときも無理矢理、誤魔化した。だって本当のことを言ったら絶対に怒られると思っていたし。あの時ミリは渋々、納得したけど、やっぱりずっと不自然に思っていたのだろう。そのことで何とか上手く話を逸らせないだろうか。私はまた嘘を重ねる為に口を開く。
「これはなぜか今日、起きたら治ってたの。だからこのことは気にしないで大丈夫。それよりさ…」
「だからやめてよ。…私、 華紗音のことは大好きだよ。可愛くて、優しくて、しっかりしてるし、頼りになるし、真っ直ぐですごく尊敬してる」
ミリは私の言葉を強めの口調で遮った。普段の彼女からは想像もつかない怒りと哀しみの滲んだ声に私は何も言えずに驚いて彼女を見つめる。
「…だけど、そうやって人のことばっかりで自分のことを大切にしないいところは好きじゃない」
「…え?」
「…… 華紗音は気付いてないかもしれないけど、いつだって自分より人の為に生きてるよ。自分の気持ちを押し殺して、嘘吐くときはいつも、自分を犠牲にしてるとき。…傷が治ったのは良かったけど、この傷だって本当は、……私のせいだったんじゃないかってずっと思ってたよ」
ミリの言葉、ひとつひとつが胸に突き刺さっていく。違うよってすぐにそう言いたかった。だけど、ぽろっと彼女の頬を涙が伝ったのを見たとき、喉に何かがつっかえたみたいに声が出なかった。苦しかった。私は彼女を泣かせたかった訳じゃなくて、ずっと喜んでほしかったからそうしてきたつもりだった。彼女になら上手く言えばきっと隠し通せると思ってた。だけど、ミリはそれを知ってて知らないふりをして我慢していただけだったんだ。私がそれを深く追求されることを嫌がったから。
「…確かに私は華紗音みたいにしっかりしてないし、頼りにならないし、馬鹿だよ。華紗音が優しいから甘えちゃうところもある。…だけど、私だって華紗音の為に何かしてあげたいし、ずっとそうやって自分の気持ちを犠牲にしてるの見たくないよ。我慢しないで話してよ、友達でしょ…?」
ついにミリは耐えきれなくなって大粒の涙を溢しながらしゃくりあげる。ぼんやりと彼女の涙を見ながら、私はやっぱりいつも独りよがりなんだと悟った。