しきうつり、紡ぐ。17
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儀式を終えてシャワーを浴びる。約束の時間まで少し時間があった為、しまってあったナイフを取り出し磨いていく。
さっき彼女に詰めよったのは、儀式中にサバイバー達が話していた華紗音に恋人がいるという会話がたまたま耳に入ったからだ。それが事実かどうか確かめようと本人に聞いた訳だが、彼女の返答はあまりにもはっきりとしていた。ほんの出来心であんな発言をした為にキスは拒まれてしまったが、彼女が嘘を言っている感じはしなかった。元々、疑っていたというよりは反応を見る為に聞いただけだからその話が事実だとは思っていなかったが。…だけど、もし少しでも動揺していたり、見え透いた嘘を吐いていたなら彼女のことを許せなかったかもしれない。それくらいに自分は彼女のことを信用していたのだ。…いや、信用していたというより信用したかったの方が正しいのかもしれない。
気が付けばいつの間にか部屋が暗くなっていた。窓の外には暗闇が広がっていて、月がぼんやりと覗いていた。ナイフをナイフシースにしまうと、立ち上がってカーテンを閉め、約束の場所に向かった。
いつもみたいにギリギリになって儀式の呼び出しがかかりそうだと思っていたが、今日はその心配はなさそうだ。華紗音がいつも座っている切り株にはその姿はない。たまには待つのも悪くないと座って月を眺めていたが、ふと悪知恵が働いて直ぐ様、切り株の後ろにある大きな木の後ろにしゃがんで身を隠した。こういうときでも本業も遊び心も忘れられない。きっと警戒心の強い彼女のことだからすぐに自分の気配に気付くかもしれないが、やってみる価値はある。木の後ろに隠れて儀式の時と同じように息を殺して様子を窺っていれば、間もなくして彼女はやってきた。
彼女はとくに辺りを確認することもなく、切り株に座って俺に背を向けている。今は儀式外だから彼女が無警戒なのは当然だ。無防備なその背中にナイフを突き刺したいなんて一瞬、考えては頭を振る。自分の目的を思い出して後ろから思い切り飛び出した。
「わっ!」
「ひゃああ!?」
思っていた以上に華紗音はいい反応した。驚いて悲鳴を上げると、飛び上がった。あまりにもその様子が普段の彼女とはかけ離れていて、可笑しくて思わず笑う。
「アハハ!すっごくいい反応だね」
「…びっ、びっくりしました…!もう、儀式外でそんなことしてくるの卑怯ですよ!」
「ごめん、いつもみたいにすぐに俺の気配に気付くかと思ってたんだけど意外と無防備だったからさ」
「儀式外では無警戒なんです。…全く、ゴスフェさんらしいですね」
少しムッとしていた華紗音はすぐに表情を崩してクスッと笑った。そんな彼女の様子を見て頬を緩めると、彼女の隣に座る。自分から大事な話があるから、なんて呼び出しておいて何て話出そうか今になって考える。だけど彼女もそのことが気になっていたのか先に話を切り出してきた。
「…今日は大事な話があるって言ってましたよね?」
「…そうだね。…その話なんだけど、エンティティに君が叶えて欲しかった願いをまた頼みに行こうと思ってるんだけど、本当に頼んでもいい?きっと今回は聞き入れてくれると思うんだけど」
「えっ、本当ですか!?是非、お願いします!」
彼女は俺の話を聞くや否や、嬉しそうに即答した。
だけど少しして俺の話の聞き方や空気感で何かを感じたのか、すぐに華紗音の表情は心配そうに曇っていく。
「……たださ、例えばその願いを叶えるのに代償が必要だとして、…それが俺と君が一生会えなくなるっていう条件だとしても呑める?」
「……一生?…それって儀式外でも会えなくなるってことですよね?」
「…そうだね」
「…それ以外の条件では叶えないと?」
「恐らくそう言うと思うよ」
俺の例え話に驚くと意味を理解した華紗音は辛そうな表情をしながら聞き返す。彼女もそれがただの例え話ではないことぐらいわかったんだろう。
エンティティが脅しでわざとそんなことを言った可能性はある。だけどサバイバーどころかキラーをいたぶることさえ、喜んでやるエンティティならそれを実行する可能性は高い。それを先に聞かずに願いが叶ったとしても彼女が悲しむだけだ。俺からしてもこんな条件では願いが叶ったとしても意味がない気がする。ただ、彼女が彼女以外の人の為に叶えたいと言うのなら意味のあることになる。
うつむいてしまった華紗音の表情は窺うことが出来ない。それでも、しばらくの間、言葉をひとことも発することさえしなかった彼女の様子を見ていればどんな表情をしているのかぐらいは容易にわかる。やがて、華紗音はゆっくりと頷いた。
「……呑みます。…私達は、一緒になれないと最初からわかっていました。だけど、こうやってゴスフェさんと仲良くなれてたくさんお話出来ただけで私は、…とても幸せでした。…ミリと相手のキラーさん、これからもこの世界に来る人達が自由に恋愛出来るようになったら、…とっても素敵ですよね」
そう言いながら顔を上げた華紗音は笑って涙を流していた。泣くほど辛いと思ってるのにどうして、笑ってそんなことを言えるのだろう。自分さえ良ければいいと考える俺には絶対にそんな選択は出来ないから理解が出来なかった。他人事みたいにぼんやりと泣いている彼女を眺めているのに、他人事には出来ない寂しさが込み上げてくる。
「……そっか。俺はそんな簡単にその選択をしてほしくなかったけど、君がそう言うんじゃ仕方ないね」
「……私はいいんです。もう、充分ですから」
涙をポロポロ溢しながら強がって必死に笑っている彼女は何もわかってない。辛いのは自分だけだからそれでいいと、また自分を大事にしない選択をしているつもりで、きっと目の前に居る俺の気持ちなんか考えてない。
「……じゃあ、君と会えるのも今日で最後だね」
今の気持ちに追い討ちをかけるようにわざと辛い言葉を口にした。こんな言葉を言って苦しむのは彼女だけじゃなく、俺自身もそうだ。
その言葉を聞いて頷いた彼女はもう俺に泣き顔を見せることさえ辛く感じたのか、背を向けて声を殺して泣いていた。俺にはもうどうすることも出来ない。今更、気持ちを伝えたとしても余計に華紗音が辛くなるだけだろう。彼女は何を言ってもこの選択を変えたりはしないはずだから。
だけど、そのか細く震えている背中をただ黙って見ているのも苦しかった。最後くらい、お互いがどんなに苦しくなったとしても、正直でいるべきかもしれない。華紗音はあんなに何度も何度も傷付いても真っ直ぐに気持ちを伝えてきてくれたんだから。
俺は泣いている華紗音を自分の胸に引き寄せて抱き締めた。
「……っ、ゴスフェさんっ、…」
「……俺、最低だから、もっと辛くなること言ってもいい…?」
彼女は「嫌だ、聞きたくない」と首を横に振って拒んだ。だけど今更、引く気なんてなくて今言わなかったら一生、後悔するような気がして言葉を続ける。
「……本当はいつの間にか華紗音のこと、好きになってたんだ。どうせ俺たちは結ばれないってわかってたから、そんなこと言ったら余計に辛くなるかなって思って、ずっと言えなかった。ごめんね」
「……っ、ずるいです、…ゴスフェさんは、最低ですっ…」
「…本当にね。可哀想に嫌な男のこと好きになっちゃったね」
せめてもの慰めに頭を撫でて、抱き締めてあげることだけしか出来ない。ずっと一緒に居ることなんて出来ないし、俺はいつも自分のことばかりだから。優しさなんて上部だけしか繕えない。華紗音みたいに強くて、温かくて、真っ直ぐに誰かを思って行動出来る優しさを持ち合わせていない。でも彼女の側にいるときくらいは、こんな殺人鬼でも最低限の人の心を持っていたい。