赤ずきんと殺人鬼
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母親に伯母のお見舞いに行ってきてほしいと頼まれた。美味しい木苺と温かいミルクをきちんと届けてあげてだって。私はそんなの自分で行けばいいと思ったものの、口には出さずにわかったわ、と良い子の返事をした。
叔母の家へ行く道中、森の中には恐ろしい殺人鬼が出ると噂されてるから気を付けてとも言われた。そんなこと言っておいてどうせ、殺人鬼にでも殺されて帰ってこなければいいと思ってるに決まってる。
赤いフードを揺らしながら憂鬱な気持ちで伯母の家に向かう。そのせいか、その足取りは重く、いくらも進まない内に私は足を止めた。もう少し歩けば殺人鬼が出ると噂されてる森に入る。
一体、どんな殺人鬼なのだろうか?
斧を持つものか、はたまたチェーンソーを使うのか、銃を使うのか、好奇心から色々、連想してみる。まあ、本当にいるかも怪しいけれど、この森で帰って来なかった人の死体が何体も見付かっているらしいから噂は本当かも。
そうこう考えていたらいつの間にかその噂の森の前まで辿り着いていた。不思議なものだ。伯母の家に行くのは憂鬱だったはずなのに、殺人鬼のことを考えてたら少しわくわくしてきてしまった。恐いはずなのに。
森に足を踏み入れるとまだ昼だというのにも関わらず、少し薄暗い。確かに噂通りに不気味なところだ。小鳥や野うさぎのような小動物さえいない。
そんな状況だというのに、呑気にくぅ~とお腹がなった。今日はご飯を食べてなかったので、お昼になり、歩き続ければお腹も空くはずだ。手に持つバスケットに目が行く。これは伯母のお見舞いのものだけど、少しくらい木苺を食べてもバレないのではと考えに至る。少し考えた挙げ句、3つぐらいならいいかと思い、木苺を口に運ぶ。甘酸っぱい味が口の中に広がる。
美味しい。これは癖になってしまいそう。また、ひとつ、手に取り口に運ぶ。また、ひとつ…手に取ろうとした瞬間、ガサッと背後の茂みから物音がして手が止まった。
「……」
驚いて音のした方に目を向けると、木の後ろからちょこんと顔を出す、不思議な生き物がいた。…まあ、不思議な生き物と言っても形的には私と一緒だから人間なんだろうけど。少し驚いたのはその人物が付けている怪しいマスクのせいだ。あの有名な画家の絵を思い出させる。
「…あなたが噂の殺人鬼さんね?」
「…偉く冷静だな、君は」
「まあ、良く言われるわ。…私を殺しに?」
あんまり想像していた殺人鬼よりひ弱そうだったものだから疑っていたけど間違いなさそうだ。もっと恐いのを想像してたんだけどなあ。近付いてくる殺人鬼に物怖じせずに私は彼をじっと見つめた。
「……うーん、そうしようと思ってたけどどうしようかなあ」
何故か殺人鬼は顎に手を当てて、迷っているような仕草をする。何を迷っているのだろうか。
「…どういうこと?」
「だって君、俺のこと恐がってくれないじゃん」
彼の発言にさらに疑問が深まる。恐がってくれないことと迷う理由が一致しない。それから正確には恐がってない訳ではない。覚悟しているから冷静なだけで、恐いには恐い。
「…一応、恐いとは思ってるけど、何の関係があるの?」
「一応って…悲しいなあ。…だって、恐怖に怯えて逃げ戸惑う姿を見るのが好きなんだもん。君、全然、俺に殺されますか、みたいな空気だしさ」
あながち間違いではないけど、そんな理由でがっかりしてるのか。殺人鬼には殺人鬼の理由があるのね。抵抗せずに殺される気、満々だったけどそこまで言うのなら空気を読もう。
「わかった。怯えてみる」
「いいよ!そんな残酷な気遣いしなくても!それになんか萎えちゃったよ」
「そう、残念だわ。せっかく、あんな伯母の家に行かなくてもいいし、家にも帰らなくて済むと思っていたのにね」
私のその言葉を聞いて殺人鬼は何だか意外だとでも言いたげで不思議そうに私を眺めてきた。
「嫌いなのかい?」
「うん、大嫌い」
「…君は変わってるな」
「あなたもね」
「俺はまあ、確かにそうかもしれないけど。嫌いな相手を殺そうとするんじゃなくて自分が死のうとするなんて」
「それは殺人鬼さんからすればそう思うかもしれないけれど、普通はみんなそう思うものよ。わざわざ自分の手を汚すくらいなら自分が死んだ方がましだもん」
「…それなら俺がそいつらを殺してあげるよ」
殺人鬼の妙な提案に一瞬、嫌いな人たちが殺された光景を想像してしまい、はっとした。確かにそれなら自分の手を汚さずに済む。そしたら、私はこの世界を自由に生きたいと思えるのだろうか。