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物陰から女を覗き見る。
真剣な表情で黙々と発電機を修理する横顔。長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳はどこか不安そうだった。発電機の修理が完了してライトが点灯すると、真っ黒の髪が光に照らされて艶々と輝いていた。その瞬間にほんの少しだけ安堵したように強張っていた表情が緩む。
決めた。あのサバイバーにしよう。
まずはどう追い詰めてやろうかと理想を頭の中に思い描く。じわじわ仲間を削っていって不安にさせるのがいいだろうか。それか通電して油断したところを仕留めるのもいいかもしれない。兎に角、あの女を仕留めるのは最後だ。
3人目のサバイバーを吊らずに這いずり放置にすると、最後のサバイバーを探しにいく。発電機は残り1台。残りの発電機を巡回すれば後少しで発電機がつきそうというところで、発電機の修理がストップしていた。サバイバーの姿は見えない。発電機がつくと居場所がバレるから修理を止めたのか、俺が近づいてきたから慌てて隠れたのか。もしくは裏をかいて仲間を起こしに行ったのか。辺りを見回しながら、あのサバイバーの行動パターンを考えると、仲間を助けに行った可能性が高いと考えた。気配を消して建物の影から近づくと案の定、あの女は仲間を助け起こそうとしていた。音もなく近付いて仲間を起こす前に女を斬りつける。驚いて逃げていく女の背中を追った。エンティティは喜ばないだろうが、3人目のサバイバーは出血死でも構わない。俺にとって今一番、大事なことはあの女をいたぶって殺すことだ。
どれだけ建物の中に隠れようが、障害物で身を隠そうが、血の跡とうめき声が俺に女の居場所を教えてくれる。馬鹿なことに女は建物の2階に上がり、行き止まりの場所に身を隠した。縮こまって斬られた肩を押さえていた女にゆっくりと近付く。ナイフを見せると女の顔が青ざめていき、身体がガタガタと震え出す。
その様子があまりにもホラー映画で殺される役にぴったりで思わず可笑しくなってしまった。
「……、して…」
女が何かを言っている。しかし、恐怖で震えた声はあまりにも弱々しくてはっきりとは聞き取れずに俺は首を傾げてみせた。
「……み、みのがして…、おねがい…」
しっかりと耳に届いた言葉は殺人鬼に対しての命乞い。見事なまでに完璧な役だと感心する。感情が高ぶりすぎないように、ふーっと息を吐くと女と目線を合わせる為にしゃがむ。
「今、恐怖を感じてるの?」
「……っ、…」
自分から話し掛けておいて俺が喋った途端に、驚いて声が出なくなるなんて面白い。内心、笑いたいのをぐっと我慢する。こういうシーンは演出が大事だ。今、笑ったりしたら台無しになる。
血がついた手袋越しに女の頬に触れると、真っ白な肌にべったりと血がついて汚れる。女の顔は更に恐怖で引き攣る。目には涙が浮かび、気を抜いたら今にも溢れてしまいそうだ。
「可哀想だね。痛いのも、恐いのも嫌だよね」
他人事で上辺だけの同情の言葉を口にすれば、何か希望を感じたのか女はゆっくりと頷いた。逃がしてもらえると一瞬でも思ったのかもしれない。思わず愉しくなってマスク越しに口角が上がるのがわかった。女の頬をするりと撫でるように手を滑らせ、手を掴むとナイフでスパッと手首を浅く斬った。
「…ああっ、…やだっ、…やめて、…」
先程、同情の言葉をかけたせいで逃がしてくれると淡い希望を抱いていた女はどうして?と言わんばかりの反応を見せた。気付けば頬には涙が伝っている。次は手のひらを返すと思い切りナイフを突き立てる。ぶしゃっと血が噴き出す。女は悲痛な声を上げる。
「あああッ…!…た、たすけて…!」
「君は仲間のことなんて本当はどうでもいいんだよね?仲間の命なんかより、真っ先に命乞いするくらいだし」
「……そっ、そんなこと、…」
「見てればわかるよ。…君が最後まで生き残ったのも、仲間を守る行動より自分を守ることばかり優先したからだ」
「…っ、…ちがう!…わたしは、…」
必死に言い訳を口にする女の太ももにナイフを刺した。何度も何度も同じ個所を刺すとグチャッグチャッと肉が刻まれる小気味良い音が響く。
「ぐっ、あ゙あ゙あ゙っ!!…も、やめて…!!」
「みんな痛い思いをして死んだんだよ?それなのに、君は殺人鬼なんかに媚びて自分だけ助かろうとするなんてどれだけ都合が良いこと言ってるかわかってる?」
「…っ、…ごめ、なさいっ、…」
「俺に謝られてもね。君みたいな子はきっと仲間からも嫌われてるだろうね。八方美人の卑しい女ってさ」
本人が一番言われたくないだろう言葉を突き付けて責め続けると、女はただ泣きながら譫言のように何度も謝った。別に俺にとっては仲間を見捨てたとか自己保身が強いからとかは本当はどうでもいい。この女のメンタルを追い込めるなら何だって良かった。
「君は仲間に必要とされてるのかな?君の存在意義って何?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「どうして、君が生きてるの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、…もう、殺していいから許してください…」
ひたすら謝り続けているのは、悪いと思っているからじゃなくて、きっと、この俺の嫌な言葉を掻き消す為に吐き出されている。全て都合の良いように、悲劇に浸って嫌なことから逃げる為に。
自己保身が強い彼女から、殺してなんて言われると思ってもいなかった。それだけ精神的にも肉体的にも追い込まれてきたのだろう。そろそろ、もういいかもしれない。
「…殺してほしい?」
尋ねると女は迷わずに何度も頷いた。その様子に堪らず口元が歪んだ。俺の応えはもう決まっている。
「…やっぱり、気が変わったよ。殺してあげない」
「……どうして…?なんで、殺してくれないの…!?」
やっと殺してもらえる。やっとこの地獄のような時間が終わると思っていたのだろう。俺の予想外な返事に彼女の悲痛な声が訴えかけてくる。その予想通りの応えが返ってくるのが愉しくてやめられない。一度、希望を見せつけてから絶望を突きつけると人間は本当に良い顔をするものだ。
「…君は確かに自分勝手だからサバイバーのみんなから嫌われているかもしれない。だけど、俺はそんな君が嫌いじゃないんだ」
「……」
「完璧な人間なんていないし、自己保身が強くてもそれが人間の生存本能だから当然だ」
「……何で、急に…さっきは…」
「さっきのはほんの冗談だよ。君の仲間はそう思ってるかもしれないけれど、俺からすれば、そんなことどうだっていい」
「……っ、もう、何もわかんないっ、…」
彼女の情緒はぐちゃぐちゃに掻き乱されたようで、とうとう自分の顔を覆って泣き出してしまった。さっきまで、いたぶって精神を追い詰めていたと思ったら、今度は急に同情して優しくしてくる。そんなことをされたら、そうなっても可笑しくはない。というか、彼女の情緒をめちゃくちゃにしたいが為に虐めたんだから当然の結果だ。
せっかくの素敵な泣き顔を隠してしまうなんて勿体ないと思い、彼女の血だらけの手を掴むと、表情を窺う。見事なまでに涙と血でぐちゃぐちゃになった表情が悲劇のヒロインっぽくて唆る。
マスクをはずすして彼女の唇に口付けた。そのままガリッと唇を噛めば彼女の血の味がした。ゆっくりと唇を離すと脅えた瞳が此方を見ていた。
「……っ、…」
「…君の名前を教えて?」
戸惑った表情を浮かべていた彼女は、しばらくして震える声でゆっくりと呟くように答えた。
「……雪葉…」
「よく言えたね。いい子だ」
素直に名前を伝えた彼女の頭を撫でると、その唇の端に垂れていた血をぺろりと舐める。満足して微笑むとマスクをつけて彼女に背を向けた。
彼女は俺の望む物語の悲劇のヒロインに相応しい。