彼の冷たい眼と私の熱い心臓
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彼の部屋に訪れるのは今日で10回目になる。
サバイバーでありながらキラーの彼と関係を持ったのは私が彼にお願いしてのことだった。
私が一方的に彼に惹かれて、恋人じゃなくてもいいから側に置いてほしいと頼んだら彼は身体だけの関係なら構わないと言った。私も彼と一緒になれるならとその関係を望んだ。
彼との性行為はとても淡泊なものだった。キスもなければ上部だけ愛の言葉すら囁いてはくれない。行為だけを済ませれば、早く帰ってと素っ気なくあしらわれた。
だけど、それでも私は幸せだった。たった一時の時間だけど大好きな彼と一つになれる。普段はお互いが対立した関係で容赦なく私を殺してくるのに、裏では私を抱いている血濡れた殺人鬼という秘密の関係性に特別な背徳感を覚えたからかもしれない。例え自分が気持ち良くなれるからというだけの理由で抱かれているとわかっていたって彼をもっともっと好きになってしまうのだ。
「…はぁ、…あっ、んっ、…もっと、…」
私はこんなにいっぱい喘いで顔を快楽に歪めているのに、彼は声も出さなければ、表情はマスクで隠されて何ひとつ見えない。私は裸なのに対して彼はいつも服を来たまま行為をするし、それどころか私は彼の名前すら知らないのだ。彼の好きなものも、嫌いなものも、趣味だって何も知らない。全部、彼だけ一方的に私のことを知っている。…とはいっても私の名前ぐらいで他は興味ないらしいけれど。だけど、それだって私は良かった。彼のことを何も知らなくたって彼のセックスは知ってるから。
いつものように行為を終えたら彼はシャワーを浴びに行ってその間には私に帰るように言うけど、今日は違った。今日の行為はいつもより時間をかけてくれたし、いつもより丁寧に扱ってくれて優しさを感じた。不思議に思いながらも私はそれが嬉しかったから詳しくは聞かなかった。だけど、彼はすぐにその疑問の答え合わせをしてくれた。
「君、飽きたからもういらない」
いつものようにマスクで隠れた表情はどんな顔をしているのかわからない。だけど、その一言と冷たい声の感じからどんな表情をしているのか簡単に想像できた。私の役目がついに終わってしまったことを知る。
私には彼に何かを意見することなんて出来ないから、にこっと表情を作って頷いた。
「わかった。…今までありがとう、ゴーストフェイス」
「…何か他に言うことある?」
「…それなら、ひとつだけ。…最期にキスして」
私のわがままなお願いに彼は一呼吸置いて、仕方無いなと言った後、ゆっくりとマスクを外した。真っ暗な部屋で月明かりだけに照らされた彼の素顔を初めて見て息を呑む。…思ったより、ずっと普通の人の顔だった。
だけど、それよりも印象的だったのがその私を見ていた眼だ。別れを惜しむ眼でも、優しい眼でも愛する者を見る眼でもなく、紛れもなくそれは私を蔑んでいる冷たい眼だった。こんな眼を隠して彼はずっと私を抱いていてくれたのだろうか。…もしかしたら私のことが嫌いだったのかもしれない。それでも利用してたとしても私を抱いてくれていたならなんて優しい人なんだろう。
私はそれを知って心臓が締め付けられたような感覚に陥って、もっと彼のことを好きになってしまう。
頬を緩めて目を瞑ればほんの一瞬、短いキスをされた。惜しむ間もなく、気付いたら離れていた唇。それを実感してぼんやりと眺めていたら心臓が熱くなった。
熱いと感じて自分の胸を見てみれば、心臓に彼が刺したナイフがしっかりと刺さっていた。それを脳が理解すると熱さが激痛に変わった。口から血が溢れる。
「バイバイ、雪葉。暇潰しには悪くなかったよ」
「…そっか、…それなら、よかった…」
口許を歪めて彼は私に手を振っていた。
これがゴーストフェスという殺人鬼を好きになった人間の哀れな末路。それでも私は満たされた気分で幸せだったと笑う。