ガラスの靴を脱ぎ捨てたシンデレラ
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「シンデレラ、庭を綺麗にしておいて」
「私の靴を磨いて服の解れも直しておいて」
「アンタには休む暇なんてないわ。掃除と洗濯が終わったら早く私達のご飯を作りなさい」
継母とその連れ子である姉達は毎日、毎日休む間を与えることはなく、私に仕事を押し付けた。私は文句も言わずにそれをこなす。どんなに疲れていたって休まずに不遇な扱いを受け入れた。それでも継母も姉達も私に優しくしてくれるなんてことは一切なかった。
ご飯の味付けが少しでも気に入らなければ、それを私に投げつける継母。不満や嫌なことがあれば私に八つ当たりをしてくる姉達。
頑張っていればいつか良いことがある。ずっとそう夢物語みたいなことを信じて頑張ってきた。
「今日はお城で舞踏会があるから行ってくるわ。勿論、アンタは留守番だから家を綺麗にしておくことね」
「あ~あ、可哀想なシンデレラ。そんなみすぼらしい格好じゃ舞踏会に行っても笑われてしまうものね」
「私達が存分に楽しんでくるから心配しないで」
そう笑いながら彼女達は私が休む間もなく何日もかけて作ったドレスで着飾って舞踏会へと向かった。
バタンと乱暴に扉が閉じられた瞬間、操り人形の糸が切れたみたいにふっと気持ちが軽くなってため息を吐く。
「馬鹿みたい」
舞踏会なんて私は興味は無い。美味しいご馳走だってダンスだって王子様だってどうでもいい。
私はあの人達から解放されて自由に生きていけるなら、他には何も要らないのだ。
「あんな奴ら生きてる価値なんて無い。死ねばいいのに」
自分の口から出たとは思えないくらい汚くて残酷な言葉。いつからか綺麗で純粋だった私の心は日々のストレスのせいで荒んだ。幼い頃に『どんなに辛くても信じて頑張っていればいつか救われる日がくる』と私にそう言い聞かせていた優しい母が病死した日、全てが狂った。
心無い人達と暮らすことになってから、ずっと辛い日々を耐えてきたけれど、何ひとつ良いことは訪れない。それどころか、心が壊れてしまいそうになる。
こんな家も全て捨てて出て行ってしまえばいいと思うのに、母と共に暮らしてきた大事な家をあんな人達にあげたくはないと思うとそんな選択はできなかった。
「お母様の嘘つき。信じて頑張っていたって何も報われないじゃない、…」
心を殺して泣くのもずっと我慢していたのに、目頭が熱くなって頬に涙が伝うのがわかった。
あの人達が死ぬより、きっと私が死んだ方が早い。そう頭で理解したとき、私の手にはナイフが握られていた。死んでしまえばいい。そうすればもう苦しまなくて済む。
「……ごめんなさいっ、…お母様、…」
悪いことだとわかっていたってそれを越える苦しみが存在する。心が死んでいくのなら、生きているとは言えないから。目を瞑ってナイフを自分自身に向けた。
そして息を吸うと、そのナイフを心臓に。
……突き刺そうとしたのに刺さらなかった。それを遮るモノがいたからだ。
目を開けてみると、ナイフと私の胸の間に不気味で真っ黒な長い爪があった。見たこともないような禍々しいモノ。その爪は目の前に立つ、ローブに身を包んだ人物のもののようだった。急に目の前に現れた人物にも、この鋭い爪のようなものにも驚いて言葉を失って、ただ、じっとその人物を見つめてしまった。顔はフードで隠れていて見えない。男か女か…いや、人間じゃない可能性の方が高いかもしれない。
"お前は何故、死のうとした?"
目の前の人物から獣のような唸り声がした。声と呼ぶにはあまりにも不自然で、この世の者とは思えないような音。だけど、不思議と何と言っているかは聞き取れた。
私は自分に問い掛けられていると気付き、遅れて答える。
「…生きてても辛いだけだから。だから、死のうとした」
私の答えを聞くと、私の胸の前にあった鋭い爪はスッと目の前の人物のローブの中に消えた。
理由を聞いたから止める必要が無くなったということだろうか?だけど、それにしてはそれだけの為にこの人物が私の目の前に現れたのは不自然だ。
"お前が死ぬ前にひとつだけ、願いを叶えてやると言ったら?"
しばしの沈黙の後、ローブの人物はそう尋ねた。色々、気にはなるし、謎しかないけれど私は聞かれたことだけに集中して答えることにした。少しだけ考えた後、私の頭の中に浮かんだ願いを口にする。
「…それなら、あの意地悪な継母と姉達を殺してくれる人が現れてくれたらいいな」
なんて、少し冗談っぽく、それでも迷いなく私の口から出たのは残酷な願いだった。自分が自由になれることが一番の願いじゃなかった。だって、どうせ私も死ぬのならそう願ったっていいじゃない。私の心を殺してきたあの人達が死んだって罪にはならないでしょう?その人達が死ぬ想像をするくらい可愛いものだ。…こんな願い叶う訳ないんだから。
"…その願い、叶えてやろう"
「……え?」
何を言い出すかと思えば、目の前の人物はそう呟いた。私は思わず、間抜けな声を出してしまった。この謎の人物は意外とそういうブラックジョークが通じる相手なのだろうか。
"……それなら、舞踏会に行くといい。用意はわたしがしてやる"
「……え?舞踏会…?あの、わたし、そういうのは…」
急な流れに理解できず混乱していると、ローブの中からまた長い爪が出てきた。そして、その爪が私の目の前でクイッと動くと、その瞬間、爪が光った。眩しくて思わず目を閉じて、少ししてからそっと開く。
辺りを見渡しても特に何も変わっていない。ローブの人物も変わらずに目の前にいる。
「……?」
"…お前に素敵なドレスを与えてやった。これでお前も舞踏会に行けるだろう"
そう言われて自分の身体を見ると、確かに先ほどまでのボロボロの服とは違って豪華なドレスが着せられていた。驚いて鏡を確認すると、綺麗な漆黒のドレスを纏っている自分が映っている。まるで自分じゃないみたいだ。
「……あの、これ、どういう理屈かわからないけれど、凄く素敵ね。…ただ、私、舞踏会なんて…」
"ああ、そうだ。舞踏会に行く為の乗り物が無くては行けないな"
私の言葉を遮ってローブの人物は辺りを見渡してからぴたりと止まると、また長い爪を動かした。すると、近くにあった小さなカボチャはみるみる大きくなっていき、それはカボチャの馬車へと早変わりした。一体、何が起きているのか脳の理解が追い付かなくて瞬きを繰り返す。
"ほら、これに乗って舞踏会に行くといい"
「……あの、本当に夢みたいなことばかりで凄いとは思うんだけど、私、舞踏会は…」
"ああ、その魔法は24時になると解けるから鐘が鳴り終わるまでには戻ってくるように"
「…えっ、あの、ちょっと待って…!」
半ば無理矢理、カボチャの馬車に乗せられた私はどうしても言いたいことがあった。私は舞踏会に行きたいなんて一言も言ってないのだ。むしろ行きたくないのに。何でこんな流れになってしまったかもわからない。
だけど、ローブの人物に説明する前にカボチャの馬車は走り出してしまった。慌てて窓から顔を出して、ローブの人物の方を振り返れば、表情は一切見えないはずなのにローブの人物が嗤っているように見えた。
不思議な能力を使っているときはまるで魔法使いみたいだなんて思ったけれど、改めてみると死神みたいだった。