愛執
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疲れて仕事から帰ってくれば、彼女が温かく迎えてくれて幸せを噛み締めるように男は微笑む。彼女との生活の全てを共有し、辛いときは寄り添える。
そんな風に彼女に求められて彼女を独り占めできる権利がある男が許せなかった。そんな権利を俺が与え続ける訳がない。
惚れっぽい彼女が恋人を失った傷痕を埋める為に新しい恋人を作る度、俺はひたすらその男達を殺した。彼女はその度に酷くショックを受けては愚かなことに寂しさから人を求めることをやめなかった。
そして最も愚かなことは彼女の愛した男どもを次々と殺しているゴーストフェイスの存在に気付けなかったことだ。いつか俺の存在に気付いてくれるだろうと思っていたのに。
彼女にもう少しで届く。後少しといったとき、彼女は忽然と姿を消した。原因不明の失踪だった。何とかして失踪した彼女を探しだそうと必死に調べまわった。
しかし、何一つとして彼女が失踪した手掛かりを掴めずに途方にくれていた俺は幸か不幸か未知の世界に引きずり込まれた。
そして、やっとみつけた。
サバイバーの仲間と共に協力して儀式から生還しようと足掻いている彼女を。見間違えるはずもなく、何年も探していた彼女だった。
この日ほど、神に感謝した日は無い。この世界の神は何年も叶わない恋をしていた殺人鬼にチャンスを与えてくれたのだ。彼女に気付かれなかった俺が彼女に認識してもらい、触れ合える日がきた。
「ああ、やっと俺に気付いてくれたね」
その瞳には恐るべき殺人鬼のマスクをつけたゴーストフェイスが映し出される。やっと彼女の意中に俺がいると思うと興奮してゾクゾクと胸が躍った。俺が両手を広げて近付けば、恐怖で顔を歪めて彼女は後退りする。
「……あなたは、誰…?」
「君の側でずっと君を見てた者だよ」
「……あなたなんか、知らない。…近寄らないで、…」
目尻に涙を溜めて必死に未知の恐怖に怯える心を抑えつけようと強い言葉を使っても逆効果だ。その涙をそっと掬いあげて口付けて、震える身体を抱き締めてやりたい。そんなことをしたって俺が彼女に与えてあげられるのは安心ではなく、恐怖心だけだとわかっていたとしても。
「恐がらないで、君を傷付けたりしないって約束する」
傷付けたりしないなんて、今まで彼女の恋人を殺し続けて彼女の心を崩壊させていた自分が言ってると思うと笑いが込み上げてくる。笑わないように必死で堪えているけど、こんなに面白いことってあるだろうか。
「雪葉!!」
彼女に逢えたことに感極まって儀式なんて放ったらかしにしてたせいで余計な邪魔が入った。通電してもいつまでもたってもゲートにこなかった彼女を心配して男が迎えに来たらしい。
「…ジェイク、…」
「雪葉から離れろ!」
ジェイクと呼ばれた男を見た途端、彼女は安堵の表情を浮かべた。そして、あろうことか俺から離れると男に抱き付いたのだ。
……ああ、またか。
先ほどまで高揚していた気持ちは今の一瞬で吹き飛んだ。かわりに溢れだした感情は怒りではなく、氷よりも冷たく鋭いものだった。冷めた眼を向ける。
この女はどうやらまだ、学習していないらしい。自分が愛した男は全て俺の手によって殺されると。寧ろ学習しないからこそ殺されているというのに。
そんなにお望みなら目の前で殺してやる。
自分の罪を知るべきだ。
ゴーストフェイスという殺人鬼に愛された罪を。
逃げていった二人を今は敢えて追わずに黙って見つめる。優しい俺は最後に二人で過ごせる猶予を与えてやった。その期間が終わったとき、目の前で全てを教えて絶望を植え付けるだけだ。そこから先はハッピーエンドのみ。
『二人でこの世界から逃げよう』なんて馬鹿な会話を彼女とあの男がしていたときは笑いを堪えるのが大変だった。ここから出られる訳なんてないのに。お前らをこの世界に引きずり込んだ神はそんなことを赦す優しいお方だったか?まあ、俺からすればこの出口のない狭い世界に愛する女と共に閉じ込めてくれた訳だからとんでもなく優しいお方に感じるが。
ついに明日、ずっと待ち望んでいた日がやってくる。